第2話「不思議な石畳の路地で」



気がついた時、私の足元には見慣れない石畳が広がっていた。


「...ここは?」


声に出してみても、状況は変わらない。むしろ、自分の声が少し空々しく響いて、より一層の違和感を覚えた。


石畳の通りを見上げると、まるでヨーロッパの古い街並みのような景色が広がっている。レンガ造りの建物が立ち並び、街灯が温かな明かりを灯している。でも、何かが違う。


「あ...」


空を見上げた瞬間、私は息を呑んだ。そこには、二つの月が浮かんでいた。一つは私たちの世界と同じような白い月。もう一つは、ほんのりと紫がかった、小さな月。


慌てて周りを見回す。けれど、通りには誰もいない。風が吹き抜けていく音だけが聞こえる。


「落ち着いて、美咲...こんな状況、ペットカフェで突然の保護犬が来た時と同じ。 まずは周りをよく観察して、それから次の行動を考えればいい」


自分に言い聞かせるように呟く。不思議なことに、パニックにはならなかった。むしろ、この状況を冷静に受け止められている自分に驚きを感じた。


ゆっくりと歩き始める。石畳を踏む足音が、静かな夜の路地に響く。両脇には、閉まった店のショーウィンドウが並んでいる。洋服屋、パン屋、そして...これは薬屋だろうか。瓶に入った不思議な色の液体が並んでいる。


「あれ?」


足が自然と止まった場所があった。こじんまりとした二階建ての建物。一階の大きな窓は埃で曇っているけれど、どことなく温かみのある佇まい。錆びついたドアノブに目が留まる。


「触れてみてもいいのかな...変だな。怖いはずなのに、どこか懐かしい気がする。 まるで、待っていていた場所に来たみたいな」


恐る恐る手を伸ばすと、不思議なことにドアノブは温かかった。まるで、誰かの体温が残っているみたい。


その時、背後で小さな足音がした。


振り向くと、そこには一匹の黒猫が座っていた。月明かりに照らされた姿は、どことなく神秘的だ。でも、一番驚いたのはその尻尾。なんと、炎のように揺らめいているのだ。


「...こんばんは?」


思わずそう声をかけてしまった。六年間のペットカフェでの経験か、動物を前にすると自然と言葉が出る。


黒猫はじっとこちらを見つめ、そしてゆっくりとまばたきをした。その仕草は、まるで「よく来たわね」と言っているようだった。


私は、もう一度ドアノブに目を向けた。この扉の向こうには、一体何が...。


黒猫が、小さく鳴いた。その声は、どことなく背中を押されているような気がした。

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