気まぐれな狩人

おこぼれ

気まぐれだった日々

ある森の、誰も近寄らないほど奥深くに狩人が住んでいた。

狩人は強かった。とっても強かった。


しかし狩人は気まぐれで、自分のためだというのに獲物を選ぶ。


ある日は大熊を仕留め、その肉をがつがつと頬張った。


またある日はバッタ、蜂の子を採り、少しゲテモノな料理を作った。でも味は天下一品だ。


そのまたある日は、なんと何も捕らずに帰ってきてしまったのだ。

気まぐれにも程がある。


その日暮らしで、狩人は生きていたのだ。

こんな自由な暮らしはない。

狩人もそう思っていた。


「はぁ…」


それでも、狩人の心は満たされなかった。


狩人は、少しぼろい木造の家に住んでいた。

部屋には女性の写真が何枚も飾られている。


「どうして先に行ってしまったんだ…」


狩人には妻がいた。

二人はとても仲良く暮らしていた。

しかし、妻は結婚して間もない頃、亡くなってしまっていた。


狩人の心には、今もぽっかりと大きな穴が空いているようだった。


「毎日君のことを夢に見るよ。しかし、起きてもそこに君はいない。悲しいけれど、それが全てだ…」


そう呟いて、狩人は眠りに着いた。



今日も狩人は狩りに出る。

しかし、いつもと違うことがあった。


がさがさと茂みから音が鳴っている。

そこは狩人が罠を仕掛けていた場所だった。

獲物はかなり暴れている。


「でかいのが捕れたか…」


狩人は猟銃を構えながら、茂みに歩み寄る…

しかし、捕えた獲物を見て呆気にとられた狩人は急いで猟銃を下ろした。


「うう、うう!」


なんと、捕えた獲物は幼い子どもだったのだ。


(どうしてこんな山奥に子どもがいるんだ?)


そう疑問に思った狩人だったが、とにかく急いで罠のロープをほどいてやった。

ほどいてやると、子どもは狩人から


「おい小僧、大丈夫か?」


子どもは狩人に恐怖を感じているようで、蛇のように鋭い目で睨み付けながら後ずさる。


ここで逃げられたらまた罠に捕まりかねない。


そう思った狩人は、猟銃を下ろし手を差し伸べ

て…


「小僧、何でこんなところに来たのかは知らないが…町まで連れてってやるから、こっちに来い。」


そう言った。

しかし、その言葉を聞くと子どもは更に後ずさり、森中に響き渡るほど大きい声でこういい放った。


嫌だ!!」


それを聞いた狩人は、町でこの子の心を抉る何かがあったのだろうと悟る。


よく見れば骨が浮き出るほど痩せ細り、ボロボロの布を腰に巻いただけの装いであった。


町にトラウマがあることを知った狩人は、言い方を変え…


「わかった、町には連れていかない。だが、その身なりじゃいつ死んだってわからねえぞ。ひとまず家にこい。」


そう言い、猟銃を背負いながらゆっくりと家へと歩き出した。


ザッザッザッザッ…


落ち葉を踏み歩く音が森にこだまする。

狩人はたまに後ろを振り向くと、木に隠れながらついてくる子どもの姿を確認した。


しばらく歩くと、狩人の家にたどり着いた。


その頃には、子どもも狩人が悪人ではないとわかったようで狩人の後ろにぴったりとくっついていた。


「ここがわしの家だ。行く宛がないなら、しばらく置いてやってもいい。だから、森には勝手に入るんじゃねえぞ。」


狩人の不器用な優しさを、子どもは少し疑うように話しかけた。


「おじさんは何で僕を助けたの。こんなに気味が悪い目をしてるのに。」


狩人を見上げながらそう言って、自分の目を指差した。


(目が気味悪いって虐待されてたのか?わしらが親だったら、もっと愛してやったのに)


そう思ってしまい、否定するようにぶんぶんと首をふる。

その様子を見ていた子どもが不思議そうに首を傾げているのを見て、あわてて返答した。


「小僧の目は綺麗だぞ。わしは気味が悪いなんて思わん。ほら、早く中入れ。」


急いで家の中に入る子どもの目は、少し潤んでいた。


狩人は中に入ると、まず湯を温め始める。

凍えきった子どもを暖めるために。


「ほら。ただの湯で悪いが、暖まるぞ。」


手作りのコップを受け取り、熱々の湯を啜る。

あまりにも湯が熱かったのか、舌を出してぎゅっと目を瞑っている子どもを見て、狩人は妻の死後初めて笑った。


「くっくっくっ…ところで小僧、腹は減ってないか。」


すると、待ってましたと言わんばかりに子どもは強く頷いた。

自身も腹が減っていた狩人は、貯蔵庫から野菜を取ってきて料理を始めた。


湯を飲み干した子どもは、壁にかかった写真に目をやった。

そして狩人にたずねた。


「写真の女の人は奥さんなの。」


そう聞かれ、狩人は料理をする手を止める。

答えようとしたが、喉に詰まっているかのように声が出なかった。


逃げ続けてきた妻の死。

それに向き合えと言われているようで、とても辛かった。


大事な人の死は、いつかは誰にでも訪れる。

でも、とても受け入れがたいものだ。

どれだけ苦しみ、悲しんだとしてもその人は二度と帰ってこない。


それが、死というもの。


「ああ、ずいぶんと前に…いなくなっちまったがな…」


狩人がそう言うと、子どもは少し申し訳なさそうな顔をして椅子に座った。


しかし、しばらくすると子どもは狩人の足にしがみつきこう言った。


「これからは僕がいるよ。だからおじさんも僕も、一人じゃないよ。」


自分にも、とても辛いことがあっただろうに…小さい子どもの大きな優しさに、狩人は涙した。


狩人はしゃがみ、子どもは背伸びをして、お互いを強く抱き締めた。


家の中には、すすり泣く声が響いていた。

でも、悲しんでいるものはいなかった。


「ありがとなぁ…小僧…こんな偏屈なじいさんでも、一緒にいてくれるか…?」


そう言うと、子どもは強く頷き狩人の頭を撫でた。


「僕も…こんな気味が悪い目なのに、おじさんの家にいてもいいの…?」


この言葉に、狩人も強く頷き子どもの頭を優しく撫でた。


その夜、二人は大きなベッドに二人で寝た。

二人とも、とても心地よさそうな顔で眠った。


今日も、狩人は狩りに行く。

でも、いつもとは違った。

なぜなら…


「自分の帰りを待つ人がいてくれるから。」

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