episode 3 王子の妹と婚約者

 稲垣理一郎原作、Boichi作画の漫画『Dr.STONE』の主人公みたいに暗闇で何千年も時を数えていたわけではないが、僕も完全な暗闇の世界に閉じ込められて〝意識〟を失わず、くり返される研究者の点検に飽きたころにこの声を聞いた。

「こ、これがお兄ちゃんの忌むべき複製……」

 ぱたぱたばたばた子供のような足音が大きくなっていき、どう聞きつけてきたのか妹の瑠璃姫るりひめではないか。いや、王子の妹か。声や息が誰かと重なり、続いて「本当にそっくり」と驚くのは僕の――ではなく彼の婚約者の霧島きりしまれいだ。瑠璃姫はまだ十七歳、同じ学校に通った怜は誕生日が来れば彼に並ぶ二十三である。

「ちょっと怜、じゃましないで!」

 がさごそ何かを探す気配のあと、不機嫌な声とともにばしっと引っぱたく音。どっちがたたいたんだ?

瑠璃るりちゃんは私が結婚したら妹になるんだから、私に命令するのはやめなさい」

 最近は特に仲が悪くて引っかき合いもある二人、またけんかかと胸を痛める僕にかまわず瑠璃姫が言う。

「残念でした、出身の差は死ぬまで変わらないもーん。ねえもう、偽物への点滴なんかいらないよ。はずしちゃっていいじゃん!」

 ここは人に見つかる心配がないのか、声を抑えない彼女。

「何言ってんの、だめだって」

 怜が止めに入り、なるほど自分は点滴で生きているんだと知った僕は――え、えっ、まさかその大切な点滴をはずそうとしてる? 待ってくれ瑠璃姫! くそっ、怜の抵抗じゃ瑠璃姫が従うわけがない。

「さっき怜は元が同じ龍弥お兄ちゃんなら本物でも複製でもどっちでもいいって言ったじゃん。だったら本物がいればいいはず。うちは血を分けた妹として、本物以外お兄ちゃんとは認めないの!」

「で、でも、本物の龍弥くんが戦争で死んじゃったら困るじゃないっ」

 怜まで大声になってきた。その前に王子と複製のどちらでもいいって結婚相手のことだよね。僕は彼にもしものことがあったら、たとえ記憶データを上書きしても複製とは結婚したがらないと思っていたので驚きだった。あくまで同じなのは生物学上の話にすぎない。

「その……だからぁ、うちはお兄ちゃんが天に召されたらしかたないと思ってるの。すごくつらくなるけど、こんな、忌まわしい複製した偽物なんか最悪だし――、誰かさんの妹にもならなくてすむし?」

 瑠璃姫が怜の反論を跳ね返し、嫌味まで口にした。言われた彼女は「何よ、高校生のくせに生意気なんだから。私がこの龍弥くんを見つけて教えてあげたのに」と低い声を吐き捨て、何かをったような鈍い音。彼女の暴力にぎょっとしたら彼女は「痛いじゃない!」と怒っている。暴力は我が妹のほうだった。

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