【第一章】第一話
【第一章】第一話
「この辺りの盗賊は・・・全然、お金にならないですね」
それが自警団事務所を出た直後に発した、リイロイクス・リロイクスの第一声だった。
相棒の至極率直な感想にガッシュガード・南雲・ラグモンは苦笑を禁じ得ない。
黒髪長身の剣士と銀髪美形の魔法使士の冒険者二人組が、ポティートンという街道沿いにある宿場町に辿り着いた時、傾いた太陽は間もなく防壁の向こうへと消えようとしていた。
途中捕まえた盗賊を引き渡すべく、二人はその足で自警団事務所へと足を運んだのだが、そこでの用事が終わった頃には夜の帳もすっかりと降り、辺りは暗く闇に沈んでしまっていた。
無闇に長い待ち時間に、煩雑な手続きというお役所仕事との死闘を制し、ようやく手にしたのは僅かばかりの懸賞金。仕事量に見合わない小さな布袋を手に二人は、ため息混じりに自警団事務所を後にしたところだった。
「それにしても気の毒ですね、連中」
「なんでだ?」
「だって、スライムより懸賞金が低かったんですよ。このことを知ったら連中はきっとは盗賊を廃業してしまうでしょう」
「それは・・・それでいいことじゃないか?」
「・・・言われてみればそうですね。自警団の目的はひょっとしてそれでしょうか?」
「いや、それは絶対にないと思うが・・・それにしても凄い人出だな」
時刻はまだ宵の口。堅気の村人ならいざ知らず、根無し草の冒険者達がベッドに潜り込むにはまだ早すぎる。
ある者は食事や酒に興じ、ある者は冒険者ギルドで仕事の獲得に余念がない。もちろん危険を承知で夜の街道へと旅立つ者もいる。
街道沿いの宿場町から活気がなくなるには、まだしばらくの時間が必要だった。
普通ならば・・・
しかし、周囲を見回してみると明らかに冒険者でも村人でもない毛色の違う者達の姿が目立つ。宿場町という場所柄、旅人が立ち寄ること自体は珍しくはない。冒険者に商人、巡礼者に吟遊詩人など様々な種類の人々が足を運ぶ。
特にここは聖道で有名なレルダ山の麓にある宿場町。年間を通して巡礼者が大勢が立ち寄ることに何ら不思議はない。
だが、観光客となると話は違ってくる。この辺りには、とりたてて観るものがない。そんな場所へ、ただならぬ数の観光客が文字どおり押し寄せてきているのだ。ガッシュガードとリイロイクスは、期せず大都市の雑踏に足を踏み入れたかのような錯覚を覚えたほどである。
何にせよ、街道沿いとはいえそんな宿場町には不似合いな光景だった。
「妙に盗賊が多いのは、きっとこの観光客が目当てなんだろうな。で、連中に対する懸賞金が異常に安いのは自警団のキャパシティーが限界か、すでに越えてしまっているからだろう」
「監房が定員オーバーというわけですか?」
「捕まえても捕まえてもキリがない、そんなところだろう。これ以上連れて来られても対処できないんで、暗に冒険者への依頼を取り下げようって訳だ」
「ひどい話です。しかし・・・この分だと宿を見つけるのは難しそうですね」
「だな。よしんば部屋があっても、プレミア価格で俺達には手が出ない」
ポティートンの人口密度はガッシュガード達が到着した時より、さらに上がった感がある。そして、それは今後も上昇する事はあっても、下降する事はなさそうだった。
通常の宿がすでに満室なのは言うに及ばず、町外れの安宿もこの機に便乗して大幅な値上げを断行、日頃はただの民家もここぞとばかりににわか宿屋に変貌を遂げるなど、町を挙げてのお出迎えだが、それでも全ての旅人を受け入れるには全然足りない。
その為、宿が確保できない者達は防壁の外で野宿を始めていた。テント持参の者達も少なくなく、それらが立ち並び始めると、すぐに小さな集落を形成し始める。小さな宿場町の変化は、今やその人口のみならず、街の規模や形すら大きく変わる勢いだった。
「こんなことなら到着した時、真っ先に宿の手配をしておくべきでしたね。あの時ならまだ何とかなったかもしれません」
「まったくだ」
小さくため息を吐くリイロイクスに、こちらは盛大に嘆息してガッシュガードは同意する。
「が、今となっては後の祭りだな」
嘆いていても仕方がない。気を取り直すと、ガッシュガードはリイロイクスに向き直った。
「何にせよ、まずは飯にしようぜ。腹ぺこだ」
「良いですね。例の冒険者ギルドで遅い夕食と洒落込みましょう。魔竜に関する最新の情報収集もできるでしょうしね。宿は・・・そこで見つかればラッキーくらいで考えますか。当座の仕事に関しては、この分だとおそらく事欠かないでしょう。この賑わいは追加資金獲得の好機です。いい仕事が見つかるといいですね」
「西へと向かう商隊の護衛なんかが見つかると最高なんだがな」
この宿場町ポティートンに例の冒険者ギルドが臨時出張所を開いていることは事前に調べがついている。
ガッシュガードとリイロイクスは中心部の息の詰まるような人混みを抜けると、街外れにあるそこへと急いだ。
「ところで・・・」
「はい?」
「この人出の多さの原因は何なんだ?」
「詳しくは分かりませんが、近くの村でお祭りがあるそうですよ」
「村の祭りにこれだけ大勢の人間が?」
にわかには信じがたい話しにガッシュガードは眉を顰める。
「ええ、大陸全土から人が集まってきているとか。この分だと近くの宿場町はどこもここと似たような状況でしょうね」
「こっちはレイドラン王国内ですら思うように旅できないでいるのに、大陸全土から・・・優雅な連中もいるもんだ。旅費も危険も高くつくだろうに」
「それだけの価値があるということなのでしょうね。何でも、さる筋の人達の間では有名なお祭りだそうです」
リイロイクスの言うさる筋がどの筋を指すのかガッシュガードには見当もつかなかったが、それも冒険者ギルドに着けば判明するだろう。
雑踏を掻き分けメインストリートを離れ、二人がめっきり人通りの減った裏通りを進むことしばらく、ようやく辿り着いた冒険者ギルドは古い家屋が肩を寄せ合う様に立ち並ぶ裏通りの地下にあった。
急なイベントに対応すべく急いで設置された臨時出張所なので、空き家を借りた急ごしらえといったところらしい。
看板は見つかったが、肝心のギルドがすぐには見つからない。
「上・・・じゃないよな」
「ええ、そうですね」
あかりの灯った家屋はどう見ても民家だ。静かに夜のひと時を過ごす家族の気配はあるが、冒険者達がいるそれは感じられない。
「となると・・・」
「こちら、地下ですね」
踏み石の中央がすり減った狭い階段を下り、鉄の枠を錨で打ち付け補強した扉を抜けると、粗野な喧噪と濃密な酒気があふれ出す。そんな活気ある空気の向こうに広がるギルドは思ったとおり賑わっていたが、中は思ったよりも広く息苦しい混雑した印象はない。
ガッシュガードとリイロイクスは躊躇なく室内に足を踏み入れると、壁際に見つけた空テーブルの一つに陣取った。
「よう、アンタらもこの賑わいに便乗して一稼ぎしに来た口かい?」
タイミングを見計らって男が声を掛けてきたのは、二人が食事を終え一息吐いた時のことである。
長身のガッシュガードすら見上げる大男だった。逆三角形の発達した筋肉と日に焼けた赤銅色の肌、眉まで剃り上げた禿頭の容貌魁偉な人物で、戦斧の似合う凄腕の戦士といった風情だが、今は現役を引退してギルドを仕切る支配人をしている、というどこかで見たことのある人物である。
先頃、隣国アネモスとの国境に近い町アモの冒険者ギルド支配人と同じに見えるが、良く見ると姿形が微妙に違ったりした。
そう本当に微妙に・・・
強いて大きな違いを挙げるなら、表情や口調、仕草だろうか。厳めしい風貌は変わらないが、どこか頼りになる年配者らしい落ち着きがこの男にはあった。
「今なら割の良い仕事が選り取りみどりだぜ」
「いや、せっかくだが俺達は西へと向かう旅の途中に立ち寄っただけなんだ」
「西へ、ということは、アンタらの旅の目的は魔竜討伐ってところかい?」
流石というべきか、あっさりとギルド支配人は図星を指してみせる。
「ええ、そのとおりです。魔竜について何か目新しい情報はありませんか?」
「いや、特にはないな。シュラペルガンは相変わらずメリフェリア平原の上空を旋回しているらしいぜ」
「少しでも早くメリフェリア平原へ着きたいんだ。噂じゃ目の前にあるレルダ山には大陸聖教会の巡礼者が使う聖道があるとか。そして、それを記した地図もあると聞いたんだが、この町か近隣のどこか売ってるところを知らないかな?」
「・・・いや、知らないな。あの手の地図は時間が経つと自然崩壊する特別な紙に印刷されてるんだ。保存箱から出して一度外気に触れた次の瞬間から崩壊は始まる。保管も難しいし売り物として店に置いておくのは難しいな。運良く手に入ったそれを、すぐ譲り受け、尚且つ、すぐに使うくらいのタイミングじゃないと使えないぜ。賞味期限も一日とか二日とか短いらしい」
「それは初耳ですね。聖道の地図には少し期待してたんのですが・・・その話を聞く限り入手しても使用は現実的ではありませんね」
「あと、書き写した地図が売ってることもあるが、そういうのはやめておいた方が良い。その手のは大概粗悪品だから遭難するのがオチだ。そもそも聖道ってのは道と言いつつ、実際は道じゃないらしい。視覚に頼っていては絶対に通れない。道なき道をひたすら地図と信仰を頼りに歩き続ける。しかも、一度でも道を外れたら効力が切れる。信仰が試される、そういう道らしい。地図があれば良いというわけじゃないんだよ」
「それでも、俺達は少しでも早くメリフェリア平原に着きたいんだ。ここからそこへと向かう最短のルートを教えて欲しえてもらえないか?」
「少しでもお金のかからない方法をお願いします」
考え顔になった支配人は、しばし黙考の後口を開く。
「腕に自信があり危険を顧みないなら、レルダ山越えをするのがやっぱり一番早いな。今でも街道が整備される前に使われていた旧道が残ってるんだ。
こっちは石畳で舗装されたれっきとした道だぜ。また、ここは旧聖道でもあるから大陸聖教会の聖職士が施した加護の効力がまだ少し残ってる。道を外れなければ、今でも比較的安全に旅ができる。
しかも、無料だ。
ただ、使われなくなって久しいから、石畳が土に埋まって見えなくなったり、緑に飲み込まれりして道が分からなくなっているところがかなり多いらしい。少しでも道を外れると、とたんに山の中は危険になる。迷ったりしたら最悪だぜ。凶暴な魔物や大型の肉食動物がウヨウヨいるからな。
実際、ここ最近は遭難者が続出していてな、ウチはここに出張所を開設してまだ日が浅いが、既に何度も捜索隊を募って派遣してる。
パーティーに優秀な地図士がいるなら別だが、そうじゃないなら俺としてはやはりやめておくことをお勧めするね」
「こちらのギルドで地図士を手配することは可能ですか?」
「残念ながら今は無理だな。支店や営業所ならともかく、ここは臨時の出張所だ。人材のストックがないからすぐ引き合わせるってわけにはいかないんだ。もちろん募集はかけられるが、このお祭り騒ぎだ。いつになるか分からないし、結構な報酬を要求されると思うから、アンタらの希望に叶った地図士の確保は聖道の地図を入手するのと同じくらい難しいと思うぜ。というか、無理!」
ガッシュガードとリイロイクスは顔を見合わせると深く嘆息する。
「それでは、参考までに訊くのですが、徒歩以外の方法には、どんなものが?」
「それは金次第で選り取り見取りだ。ここからでも乗り合い馬車が使えるし、この先にあるブライジまで行けばさらに選択肢は増える。金に余裕があればあるほど足の速い乗り物が使えるのは間違いないな。遊興も兼ねるのなら一角竜に乗ってのフライトが個人的なオススメだ。料金は片道三百万ワークス。一生の思い出になるぜ」
「それはちょっと・・・どころか全然予算が合いません。それ以前に我々の求めているものとは全然異なります」
真面目に困るリイロイクスを見て、支配人は楽しげに笑う。
「提案のひとつだよ。選ぶのはもちろんアンタらさ。でも、どうだい?せっかくだから、ここで一稼ぎしていくってのは?
徒歩で行くにせよ、何か乗り物を使うにせよ、旅の資金は必要だ。街の様子を見ただろう。間違いなく稼ぎ時だぜ。
正直、こっちも人手不足で困ってるんだ。無理聞いてもらえるなら割増料金も弾むぜ」
「そうだな、西へ向かう隊商か何かの護衛の仕事はないかな。それ以外にも西へと旅を続けながら仕事ができるなら別に何でも構わないんだが」
期待を込めてのガッシュガードの問いかけだったが、返答は残念ながら彼の意に添うものではなかった。
「悪いな。今そういうのはないんだ。祭り目当てに集まる連中ばかりで、去る奴らはほとんどいないんだよ」
「なるほど。言われてみればそうだな」
嘆息するガッシュガードと入れ違いに今度はリイロイクスが質問をする。
「そもそも、これを最初に訊くべきでしたが、お祭りというのは何のそれなんです?特定の方々には有名だと聞きましたが」
盗賊に襲われた旅人を何人も助け、都度同じ質問をくりかえしたが、皆一様に返事をはぐらかされて今に至っている。
何やら他人に話すとご利益がなくなるらしい。
「秘法石って知ってるかい?」
聞き慣れない言葉にガッシュガードは頭を振る。しかし、リイロイクスは知っていたようだ。
「魔力を秘めた輝石のひとつですね。百年ほど前までは山に入ると小さなものなら簡単に入手できましたが、最近はほとんど採れなくなりました。今となっては奇石と言うべきかもしれません」
「へえ、詳しいな」
「魔法の触媒として使用するのに便利なのですよ。力は余り強くありませんが、手軽に手に入り使い勝手も良かったので重宝していました。今はもう昔の話ですがね」
「このあたりは昔、秘法石の産地として栄えていてな。当時見つかった中でも最も大きな秘法石が今も村の宝として祀られているんだ。いつもは祠の奥に納められているその秘法石だが、五年に一度だけ一般に公開される。それがちょうど今日から3日後のことだ。で、そいつを拝みに大陸中から商人やら富豪やらが集まって来てるるって訳だ」
「分からないな。魔力を秘めているとはいえ所詮は石だろう。そんなものを拝みに何で大陸全土から大勢が集まるんだ?」
ガッシュガードの至極当然な質問に、支配人は苦笑して肩を竦める。
「そりゃあ、ご利益があるからだよ。金運に恵まれるんだと」
この口ぶりだと、どうやら支配人は秘法石のご利益を信じてはいないようだ。
「どんなに大きくても、秘法石に人の運を左右する程の力があるとは思えませんが、これだけ大勢の人が集まるということは、少なからず効果があるということなのでしょうか?」
「さて、どうかな?でも、噂じゃどこぞの国の国王や首相もお忍びで毎回来ているとかいないとか。国王や首相はともかく、大臣や役人クラスはけっこうな数が観光客に混じって来ているし、実際、連中はなにかと羽振りが良い。あながち嘘ではないかもしれん。もっとも・・・俺の一族は毎回欠かさず来てるが、今のところ特に金運に恵まれるようなことはないがな」
「祭りが始まるのは三日後なんですよね。終わるのはいつです?」
「三十日後だ。そして、この祭りに来た連中はほとんど例外なく期間中、最初から最後までここにいる」
「随分と長いな」
「近くに長くいればいるほどご利益があるらしい」
「金運に恵まれるのは祭りを開催する側に思えるのは私だけでしょうか?」
皮肉たっぷりのリイロイクスの口調に、支配人は苦笑を禁じ得ない。
「まあ、そう言うな。昔はともかく、このあたりは今、特にこれといった産業がないんだ。これも生きていく為の知恵だよ」
「それが事実なら・・・」
ここまで言ってガッシュガードは溜息を吐く。後を引き継いでリイロイクスが続けた。
「西への帰還者は一ヶ月後にしか発生しない、というわけですね」
落胆した顔をガッシュガードとリイロイクスは見合わせる。旅を急ぐ二人には一ヶ月も待つことはできない。
そんな二人に支配人は追い打ちをかける様に言う。
「いや、一ヶ月経ってもアンタらまで仕事は回らんと思うぞ」
「どうしてです?」
「同じことを考えている連中が他にも大勢いるからさ」
「なるほど。先約がいるってわけですね。しかも大勢」
ある考えが脳裏をよぎってリイロイクスは息を呑む。
「ひょっとして、既に顧客の獲得競争は始まっている・・・どころか、もう終わっている、とか?」
「正解だ。帰路の護衛関係の仕事の依頼はもう片付いちまってる」
歓迎せざる深刻な状況にガッシュガード達は苦い表情になる。
「どうする、リイロ?」
「正直なところ・・・この町に我々がこれ以上留まる理由はなさそうですね」
二人は決して金銭的に余裕があるわけではない。支配人が勧めてきたように稼ぎ時なのは間違いない。だが、かといってここでのんびり資金稼ぎをしている時間的な余裕もなかった。
既に討伐隊の募集が始まっているという噂が出回り始めている。噂の真偽はともかく、募集人員が限られている以上、ガッシュガード達には他の何よりも、今は先を急ぐという選択肢が優先された、
魔竜シュラペルガンのメリフェリア平原での目撃例は日増しに増え続けている。レイドラン王国の戦場予報士の予報の件もある。
それら情報もガッシュガードとリイロイクスに先を急がせるには十分だった。
「支配人の話では、地図士のいない我々には山越えは難しそうです。明日の朝一番に発ってブライジへと急ぐのが妥当でしょう。あそこなら大きな街ですし、西へ向かう我々向きの仕事が見つかるかもしれません。いっそのこと・・・今すぐにでも発ちましょうか?この様子では宿も見つからないでしょうし、盗賊が多数跋扈する中で野宿する気にも到底なれません。夜を徹して旅を続けた方がマシだと思いますが、どうです?」
「同感だ。そうと決まれば・・・」
方針が決まれば二人の行動は早かった。ガッシュガードとリイロイクスは同時に席を立つ。
それを見てギルド支配人は大いに慌てた。血相を変えると、大急ぎで二人の前に立ちはだかる。
怪訝な表情を見合わせる冒険者二人組に、ギルド支配人は早口にまくし立てる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。じ、実は折入ってアンタらに話があるんだ。悪い話じゃない。アンタら向けの仕事があるんだ。特にアンタじゃなきゃできない」
「私・・・ですか」
ゴツイ指に指差されたリイロイクスは、その形の良い眉をひそめる。相棒に意見を求めるように戸惑った視線を送るが、こちらも理由は分からないらしい。ガッシュガードは無言で肩を竦めることで返答とした。
「と、とにかく・・・もう一度座らないか。少し長い話になる。気に入らないなら断って貰っても構わない。とにもかくにも、まずは話だけでも聞いてくれ。あんたらにとっても決して悪い話じゃないと思うぜ!」
ここまで言われては、ガッシュガードにもリイロイクスにも断る理由は見当たらない。ギルド支配人に促されて二人は再びそれぞれの元の席に腰を下ろした。
それを見届け安堵の吐息を漏らすと、支配人は手近な椅子を引き寄せると自らもそれに腰を下ろす。用心深く周囲を見回し、軽くテーブルに身を乗り出すと、やや声のトーンを落として話し始める。
「まず、確認しておきたいんだが・・・そっちの綺麗な兄さんはエルフ、だよな?」
リイロイクスはエルフの特徴である長く尖った耳を、髪で上手く隠している。一見して分からせない為の工夫で、これはそれなりに効果があった。人目を引く端正な容姿と、エルフであることで注目を集めるのは根本的に意味が違った。
支配人の確認に顔色を変えたのは指摘された本人ではなく相棒の方だった。どちらかというと飄々と構えた人物が、露骨ではないにせよ警戒と猜疑の眼差しを向けたのだ。
一方で指摘された本人の方は泰然として次の言葉を待っている。
場にただならぬ緊張感が漲る。
もっとも、この反応は予想どおりだったらしい。ギルド支配人は落ち着いた口調で続ける。
「勘違いしないでくれ。別に利用しようとか、つけ込もうとか思ってるわけじゃないんだ。エルフの係累なら先天的に魔力の扱いには長けているはずだろ?実は頼みたい仕事っていうのは、この魔力関係が肝なんだよ」
アドアネア大陸には人間の他にも亜人種と呼ばれる種族か幾つか存在する。その代表格はエルフやドワーフ、ホビットだが、いずれも人間との交流を断って久しい。エルフは山深い谷に都市を築きそこに引きこもり、ドワーフは岩山の洞穴で独自の暮らしを営み、ホビットも人里離れた森の集落でひっそりと暮らす。
百年単位前の過去はともかく、今となっては人間と交わることは稀だった。
そんな中、人間との関わりを持つ変わり者も一定数存在した。『はぐれ』と呼ばれる彼ら彼女らは、ある者は目的を持って、ある者は好奇心から、ある者はとある事情で同族と一緒にいられなくなった等、理由はさまざまだが同族を離れ人間社会へと飛び込んできた者達だった。
そして、その多くは人間とは異なる特殊な能力の持ち主で、それ故に人間は利用しようとした。もちろん全ての人間がそうではない。しかし、一定数存在するのもまた事実である。今回の旅の間にガッシュガードとリイロイクスは、そうした卑しい人間達と何度も出会っていた。
「で、どうなんだい?」
支配人は軽く身を乗り出してあらためて訊いてくる。
「・・・」
「・・・」
息の詰まるような沈黙を破ったのはリイロイクス本人だった。
「お察しのとおり、私はエルフです」
「いいのか?」
「ええ、大丈夫でしょう」
リイロイクスは気遣う友人に優しく微笑み、続いて先ほどとは異なる少し楽しげな微笑を浮かべて続ける。
「それに・・・私を目当てにしたこの手の話は間違いなく儲け話ですよ」
「儲けは良いかもしれないが・・・」
その仕事内容がそれに見合うとは限らない。二人はこれまでに大外れを引きたことが何度もあった。
「良いじゃありませんか」
「いや、しかし・・・」
「当たれば大きいですよ」
「これまで当たらない方が多かっただろ?」
「これも勉強ですよ」
「だいたい、何でそんなに乗り気なんだ?」
「それは・・・秘密です」
「何だよ、それ?」
「あー、話の弾んでるところ腰折って悪いんだが・・・話題を戻してもいいかな?会話を聞いてる限り、とりあえず話だけでも聞いてもらえそうなだが・・・」
申し訳なさそうに支配人は口を挟む。リイロイクスが楽しそうな笑顔で、ガッシュガードがふてくされたむくれ顔で頷くと、支配人は嬉々として話を再開する。
「ありがたい。くどいようだが、とにもかくにも、まずは話だけでも聞いてくれ。本当に困ってるんだ」
ギルド支配人はここで一旦口を噤むと、あらためて用心深い視線を周囲に配り、身を乗り出すとさらに声のトーンを少し落としてから続ける。冒険者二人組もそれに倣って身を乗り出す。
「祭りの目玉として祀ってあるデカい秘法石なんだがな・・・ありゃ偽物だ」
驚きの表情を見合わせるガッシュガードとリイロイクスに、ギルド支配人は小さく肩を竦めてみせる。
「どういうことだ?」
「盗まれたんだよ。一週間ほど前の話だ」
「犯人の目星はついているのですか?」
「ああ、犯人が誰かは分かってる。今、どこにいるのかもな」
「それなら話は簡単だろう」
追っ手を放って取り返せばいい。ここは冒険者ギルドで文字どおりのお祭り騒ぎに乗じて一稼ぎしようと大勢の冒険者が集まってきている。これだけいれば選り取り見取りでメンバーを集めることができる。相手が何者であれ、強力なパーティーを組めば秘法石の奪還はそう難しいことではない。
「普通ならな」
渋い表情でギルド支配人は溜息を吐く。
「逃げ込んだ先が問題なんだよ。この町から少しばかり・・・といっても馬車を使っての話だが、西へ行ったところに森があるんだが、そこは昔から厄介な場所でな。入ると戻れない難所なんだ。シルバーライト。魔力を湛えた意志を持つ魔の森。
実はウチのギルドからも魔法士を加えたパーティーを何組も派遣したんだが、誰一人として戻って来やしない。他のギルドも似たり寄ったりらしいんだが、いずれにせよ、このままじゃウチのギルドのメンツは丸つぶれだ。人海戦術で人を送り込めば何とかなるのというと、こればかりはそうもいかない。まず魔法士がいないと話にならないのに、その魔法士がいないんだからな。
そんな八方塞がりで困ってるところへタイミングよくアンタらが来たってわけだ」
「なるほど、確かに我々向けの仕事ですね」
アドアネア大陸にはシルバーライトと呼ばれる、魔力を湛え意志を持つ森が数多く存在する。鬱蒼と木々が生い茂り、昼なお暗く人を寄せ付けないその森には魔女が好んで住むことが多く、その不気味さや神秘性から近隣の町や村には逸話のひとつかふたつは必ずある。
ポティートン近郊のシルバーライトも大陸全土に数多く存在するそれのひとつなのだろう。
ちなみにシルバーライトの由来は月に一度、魔力の光を漲らせ、ほんの数瞬ながら白銀の光を森全体が放つからだ。大陸全土のシルバーライトが同じ日の同じ時間に光を放つ。それはそれぞれのシルバーライト同士が交信し、情報交換をしているからだと言われているが、確かな事は誰も知らなかった。
「それなりの報酬をいただけるんですよね?」
「もちろん、弾ませてもらうぜ。内容が内容だし、何よりも、もう時間がない。こちらとしても背に腹はかえられない状況なんだ。金に糸目はつけない!・・・とまでは言えないが、アンタらが満足はして貰えるだけの額は出せると思う。とりあえず手付で百万ワークス。成功した暁にはさらに三百万ワークスでどうだい?後、これは依頼人との交渉次第だが、間違いなく追加でボーナスを出せると思う」
破格の報酬である。ガッシュガードとリイロイクスは顔を見合わせる。
「今なら門外不出の大陸聖教会作成の巡礼者用公式地図も付けよう!これでどうだ!!」
「ちょっと待て!?さっき訊いた時は無いって言ってなかったか?」
抗議の声を上げたガッシュガードに、支配人は冷静に指摘する。
「『売り物は』って言ったはずだぜ」
そういえば、そんな事を言っていた気がしないでもないが、記憶が定かではない。リイロイクスに確認を視線を送ると頷いてきた。どうやら本当の事らしい。
「納得してもらえたかい?」
ガッシュガードは支配人に身振りで先を促す。
「アンタらにとっても悪い話じゃないと思うぜ。で、どうだい?」
ガッシュガードとリイロイクスは無言で視線を見交わす。
結論は議論するまでもなく出た。
代表して答えたのはガッシュガードだった。
「良いぜ。この依頼、受けよう」
「そうこなくっちゃな!」
喜色を満面に浮かべるギルド支配人にリイロイクスが問いかける。
「さっき『もう時間がない』と言っていましたね。期日はいつです?」
「今からきっかり二日後だ」
祭りの開催を三日後に控えている状況である。この期日設定は妥当かもしれない。だが、時間的に厳しいことには変わりなかった。
「森はここからどれくらいのところにあるんだ?」
「片道半日だな」
「移動時間だけで一日!?実質一日しかないじゃないか!」
「いやいや、片道半日はノンストップで突っ走った場合なんで、実際はもう少し掛かるぜ」
「嬉しそうに言うなよ!」
「人生楽しまなきゃな」
ガッシュガードの抗議に支配人は耳を貸さなかった。
「報酬が良い理由はその辺りにあるようですね」
「言ったろ。時間がない、このままじゃメンツ丸潰れ、背に腹は変えられない、ってな」
無言のまま視線で相談を始めた冒険者二人組に支配人はさらに付け加える。
「あと、アンタらの後に新たな人材が現れたらそっちにも依頼するからそのつもりでいてくれ」
「文字どおりの早い者勝ちということですか?」
「そういうことだ」
ここまでくると、呆れるを通り越して感心してしまう。
だが・・・もう跡がないと言うのは本当のことらしい。
「いいぜ。どうせ俺達が解決して懸賞金はいただきだ!」
「ですね。で、いつ出発します?」
答えたのは訊かれていないギルド支配人だった。
「さっそくで悪いんだが、今すぐに取りかかってくれ。本当にもう時間がない!」
裏口から外に出ると、まもなく馬車が走り込んできた。眼鏡に適う冒険者が見付かれば、即行動できる体制を整えて待機していたらしい。
短期の旅である。用意にそう手間は掛からない。必要最小限の食料と旅の装備を積み込めば完了である。
ガッシュガードとリイロイクスはというと、こちらも旅装束のままだったので、特に準備をする必要はない。それぞれ身一つで馬車に積み込めば準備万端だった。
四頭立ての馬車は屋根付きの四人乗り。黒く塗られたそれは、そこここに補強を加えた軍用車両だ。それを引く同色の毛並みを持つ精悍な馬達も訓練を受けた軍馬だろう。押し殺された興奮と全身に漲る躍動感には馬というよりは獰猛な肉食獣めいた迫力があった。
「こいつを使えばノンストップで目的地まで行ける。今からなら夜明け前に目的地に辿り着けるぜ」
到着した馬車を見上げながらギルド支配人は確信を込めて言った。
「御者付きだぜ。だたし、ちょっと荒っぽい運転になるが我慢してくれよな。時間を最優先にさせて貰う。文句は受け付けないぜ」
「それも報酬に入ってるんだろ?」
「そう言うことだ」
「大丈夫。きっとガッシュの運転よりはマシですよ」
「・・・」
リイロイクスの嫌味にガッシュガードは反論しなかった。ガッシュガード自身にも、その自覚があったからだ。
御者台に座るのは黒ローブ姿の人物で、目深にフードを被っている。フードの奥は影になっていて、その表情は見えない。
「もちろん、この馬車代はこっち持ちだ。アンタらは、この後の仕事に集中してくれれば良い」
「至れり尽くせりだな」
「それだけ裏で人や金が動いてるってことさ。今のところ表だった騒ぎにこそなってないが、それもいつまで保つか分かったもんじゃない。人の口には戸を立てられないからな。関係者は速やかな解決を望んでるってわけだ」
「本当のことを公表して祭りを中止する気はないようですね」
リイロイクスの静かな皮肉に、ギルド支配人は苦笑して肩を竦めて見せる。
「そう言うなって。五百年も続いてるんだ。経済的にだけじゃなく、政治的な問題とかも絡んでる。事はそう単純じゃないんだよ。色々とな、面倒なんだ。とにかく、時間がない。アンタらには厳しい仕事になると思うが、そのことを念頭において行動してくれ。タイムリミットは今からきっかり二日だ。くれぐれもよろしく頼むぜ!」
「念の為の確認ですが、もし、間に合わなかった場合どうなります?」
「そうだな・・・大混乱になるかな?いや、大狂乱か?」
「代役というか、代わりの秘宝石で誤魔化すことはできないのか?」
秘宝石は自然の産物。探せば同じか近い物が存在してもおかしくない。
「難しいな。開始早々からからお触りイベントが始まるんだよ」
「お触りイベント?」
何やら如何わしいネーミングである。だが、ギルド支配人はいたって真面目に続けた。
「文字どおり手に持って触れるってイベントだよ。遠目から眺めるだけなら別物でも何とかなるかもしれんが、実際に手に持って調べられたら即アウトだ。あいつら高位の魔法士を連れて来てやがるからな。魔力紋ですぐに真贋を見分けられちまう」
「魔力紋?」
ガッシュガードの問いに答えたのはギルド支配人ではなくリイロイクスだった。
「人間で言うところの指紋ですね。秘法石は生成過程でその内部に魔力の紋様が刻まれます。人それぞれ指紋が異なるように、秘法石の魔力紋も個体ごとに異なるのです」
「そして、その魔力紋ってのはキチンと把握されてて、キッチリと照合される。こればかりは誤魔化しようがない。だから、是が非でも本物が必要なんだよ!」
「そのイベント・・・」
「うん?」
「もちろん有料、なんですよね?」
皮肉を通り越して、怖いくらいに静かなリイロイクスの声色に支配人はたじろぐ。
「あ、ああ。・・・確か、そのはずだが、それが?」
リイロイクスは支配人には答えず相棒を見る。
「だ、そうですよ」
ガッシュガードにはこれで通じた。
「追加ボーナスの件、よろしく頼むぜ。シッカリと交渉してくれよな。この仕事にはそれだけの価値がある・・・だろ?」
「お、おう。もちろんだ!」
扉を開くと、先にガッシュガードが馬車に乗り込む。
「しっかり頼むぜ!ほんとにもう時間がない!!」
「大丈夫。きちんと仕事を終えて期日までに戻ってきます。そちらも依頼人との交渉をしっかりお願いしますよ。追加ボーナス期待してます」
リイロイクスが乗り込むと、馬車は暗く人気のない裏通りを滑らかに走り出す。
こうして、黒髪長身の剣士と銀髪美形の魔法士の冒険者二人組は一路、西の森へと急ぐのだった。
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