ミセレイニアス・パーティー
八雲いとう
【プロローグ】
プロローグ
見上げると雲は眩しいほど白く、空は抜けるように青く広かった。
ガッシュガード・南雲・ラグモンは天を仰ぎ、陽光の眩しさに目を細める。
この同じ空のどこかに追い求める魔竜がいる!
そう思うと黒髪長身の剣士は居ても立ってもいられない気持ちになる。
しかし、今、彼の手にあるのは愛用の片刃の長剣ではなく、釘を打つトンカチであり、身に付けているのも使い込んだ革の鎧ではなく、薄汚れたエプロンだった。
万年雪を頂くエアリル山の麓、隣国アネモスとの国境に近い町アモで、ガッシュガードが武器を持ち替えてはや半年。不本意ながら俄か大工が板に着いてしまった今日この頃だが、一攫千金を求めて相棒と共に旅を続ける冒険者の彼に、このままこの町で大工の副業を続けるつもりなど毛頭ない。
必要なら今すぐにでも発つ!
日々そう強く思いつつも辺境の町に長居を決め込むことになったのには切実な訳があった。
「ガッシュ、ここにいましたか」
背後からの落ち着いた声にガッシュガードが振り向くと、押し上げた天窓から相棒のリイロイクス・リロイクスが顔を覗かせている。
程なく平屋の町役場の屋根の上に姿を現したのは、艶やかな長髪を後ろに流し、腰まであるそれを背中の中ほどで結った細身で長身の人物だった。一見すると女性を思わせる風貌だが、その実、強力な魔力を秘め、それを躊躇なく行使する彼は銀髪美形の魔法士である。
だが、その彼もまた魔法士定番のローブ姿ではなく、私服に黒いエプロンを身に付けたウエイター姿だった。手には節くれだった魔法の杖ではなく、使い込まれた空のトレーが握られている。こちらもウエイター姿が板について久しい。
「探しましたよ。朗報です」
「朗報、と言うことは・・・」
「はい。シュラペルガンが再び姿を現しました」
「半年ぶりのご帰還だな」
二百年前、魔竜シュラペルガンは、アドアネア大陸の覇権を賭けて人間と、彼らとの共闘を選んだ亜人種達の連合軍との大戦に挑み、そして、敗れた。
敗北した魔竜は最後の力を振り絞り、空の彼方へと消えた。
それがアドアネア大陸に住む者達が魔竜を見た最後の姿となった。
戦いで深傷を負った魔竜は、死地を求めてアドアネア大陸を去った。大陸に住む者達にとって唯一無二の世界であるアドアネア大陸とは別の、どこか未知の土地、あるいは世界へと去ったと言われるが、真相は杳としてしれない。
しかし、魔竜シュラペルガンは、文字どおり舞い戻って来た。
二百年の時を経て、いずこかからアドアネア大陸へ。
それはガッシュガード達が旅立つ直前、今から二年程前のことである。
「場所は?」
「メリフェリア平原」
「巨人の三重防壁で有名な自由都市パァーンがある?」
「はい。あのメリフェリア平原です」
魔竜が何を思い、永らく離れていた土地へと戻って来たのかは誰にも分からない。
復讐か?
あるいは、望郷かもしれない。
だが、魔竜の真意が何であれ、その帰還が大陸に存在する十の国々に与えた衝撃は計り知れほど大きかった。
魔竜討伐の団結と勝利を機に、二百年に渡り続いた平和の世にあっては尚更である。
不幸にも真っ先に魔竜の来訪を受けることとなった大国レイドランは、この危急の事態に厳戒態勢を取り、早々に宝物庫から往時の超古代兵器を持ち出す物々しさである。整備を終えたそれら古代の超兵器は、戦場予報士によって予想された決戦場へと続々と運ばれているという噂も流れていた。
一方で魔竜はというと、怨敵である人間を攻撃してくるどころか、接触すら求めることなく、あるときは大きく時計回りに、またある時は小さくその逆に円を描き、ただひたすら王国の上空を周回し続けるばかりである。
どこか他の国に飛び去る様子はない。
もちろん、再びアドアネア大陸を去るわけでもなかった。
時々、高度を下げ、人々を恐怖させることはあったが、それもほんの短い時間の話。すぐに高度を上げると元の高空へと舞い戻ってしまう。
魔竜はレイドラン王国内を不規則に移動しつつ、そんな不可解な行動を繰り返していた。
ところが、半年前の雲隠れは、これまでとは様相を異にした。
魔竜は急降下の後、これまでより数段高い高々度へと舞い上がると、そのまま姿を消したのだ。
そして、今に至るまで戻ってくることはなかった。
魔竜の気まぐれは人間に局地的にではあるが大きな被害をもたらした。その降下は時として、失速しての墜落に近いことがあり、最終的に地面に激突することはないが、地表近くで体制を立て直す際に起こる爆風は、地上に大きな破壊の爪痕を残すことになる。
ガッシュガードとリイロイクスが留まるこのアモの町も、そういった魔竜災害の被災地のひとつだった。
魔竜を追って旅を続けていたガッシュガード達は、当初、魔竜の行方が分かり次第、町を発つ予定だったのだが、半年前の雲隠れ以降は魔竜の行方が一向に知れず、また、無闇に旅をする金銭的な余裕もなかった。
その為、町の復興に協力しつつ、次の旅への資金を貯め、時期を待った結果、今回の長逗留となった次第である。
「メリフェリア平原か。ここからだと・・・三百キロンくらいか?」
「そうですね。我々にとって、今から行けない距離ではありません。それでも時間とお金に糸目をつけなければ、ですが」
「・・・」
「・・・」
二人は同時に考え顔になる。
ガッシュガードは腕組みをして天を仰ぎ、リイロイクスは軽く俯き瞳を閉じ、それぞれ思考を巡らせる。
これまでも、この手の朗報に何度も振り回されてきた。早計な決断と浅薄な行動で、苦い失敗をしたことは数知れない。深刻な金銭的窮乏にも何度か陥ったりもした。
一方でこの好機を逃す手はないのも事実だ。何せ、半年ぶりの好機である。次がいつなのかは分からない。
二人の思考は巡り続けるが、明快な回答は導き出せない。
そんな二人の思考を中断させたのは町唯一の時計の時報だった。役場の正面上部に掲げられたそれが心地よい軽快な音色を響かせる。
時刻はちょうど正午。
今旅立てば、日が暮れるまでに近くの村に辿り着くことができる。
しかし・・・
「これまでの経緯を考えると・・・軽率に動くのは躊躇われますね。旅の資金は貯まりましたが、この先旅を続けるのに潤沢とは言い難い」
先に口を口を開いたのはリイロイクスだった。
「かと言って、ここで手をこまねいて、みすみす好機を逃すというのもな」
「そう言って、これまで何度も空振りに終わりましたよ」
遠く故郷を離れての冒険者生活も、もう二年近くになる。魔竜を追って、ある時は北へ、そして、ある時は東へ、ガッシュガードとリイロイクスは精力的に旅を続けてきた。
しかし、所詮は人の足。その移動速度と距離には限界がある。
時には大陸でもっとも早い移動手段である六脚馬を使ったこともあるが、大空を悠然と舞う巨大な魔竜の速度にはどう足掻いても勝てなかった。
目的地に辿り着いた時には、もう魔竜は去っている。
情報のタイムラグと正確性にも翻弄された。
これまでの二人の旅は不毛な追いかけっこの連続だった。
しかし・・・今回も同じとは限らない。
「行こう、リイロ!」
迷いを断ち切るようにガッシュガードは言った。
「俺達は少し長居をしすぎた。これ以上、冒険者として感が鈍ると今後に差し支える」
同じ想いだったらしい。リイロイクスも素直に同意してくる。
「そうですね」
二人がいる町役場は高台にある。その屋根の上からは遠く広がるアドアネア大陸を見渡すことができた。街の側には川が、その先には平原が広がり、その先は森になって、最後は山が聳えている。広大なアドアネア大陸のほんの僅か、そして、二人の旅してきた旅路の一部だが、確かに歩んできた道程には間違いない。
雄大な風景を眺めながら、リイロイクスは感慨深げに呟く。
「南の雲も、随分と北に来たものですね」
「・・・そうだな。と言っても。まだ四分の一程度か。最終的は大陸最北の国、ニースにまで行ってみたいが・・・俺達はただ旅をするのが目的じゃない」
「ええ、明確な目標、最終的な目的あっての我々の旅です」
「決まりだな!」
「はい!」
二人は同時にエプロンを脱ぐ。
魔竜帰還の情報は広く出回り始めたらしい。屋根の上から地上を見渡すと、町のそこここで慌ただしく移動する者達の姿が目立ち始めた。今しも二人がいる町役場の前を、いかにも冒険者然とした筋骨逞しい巨漢達が走り抜けてゆく。
半年の小休止を経て魔竜討伐参加への競争は再び始まったのだ。
「いつ発ちます?」
すでに心は決まっていたのだろう。リイロイクスの問いに対するガッシュガードの返事は早い。
「今すぐ!」
そう言ってから探るように付け加える。
「もちろん、リイロ次第だがな?」
リイロイクスの返事も即答だった。
「では、決まりですね」
「それじゃお先に!」
言うや否や、ガッシュガードは屋根から地上へと身を踊らせた。その行動に躊躇はない。己への絶対的な自信に裏打ちされた迷いのない滑らかな動き。長身に似合わない軽やかさで着地すると、そのまま走り出す。冒険者として、そして、剣士としての肉体は、いささかも鈍ってはいない。
一度、背後を振り向いたガッシュガードの表情はいたずら小僧のそれだ。背後にリイロイクスの姿が無いことを認めて満足げな笑みを満面に浮かべる。このまま先に冒険者ギルドへ駆け込むつもりだった。
そう、そのつもりだったのだが・・・前に向き直ると、視線の先には楽しげに微笑んでいるリイロイクスがいた。どうやら転移の魔法を使ったらしい。魔法士でも高位の術者にしか使えないそれをいとも簡単に使用したのだ。こちらも魔法士として、いささかも鈍ってはいないらしい。
ガッシュガードは、すぐリイロイクスに追いつく。
「やるじゃないか」
「ええ。あなたも」
二人が並んで足早に向かったのは、町外れの空き地に設営された大きなテントだ。今、そこは冒険者達が集う冒険者ギルドになっている。
辺境の町なので、このギルドは支店や営業所ではなく、臨時の出張所である。だが、支店や営業所とは規模では大きく見劣りするが、その機能は何ら劣るところはない!・・・というのが当ギルド支配人の言葉である。
昨今、アドアネア大陸では各国騎士団の弱体化が深刻な問題となっていた。それは長く続いた平和の皮肉な代償である。
問題が特に深刻なのは、騎士団の目の届きにくい辺境だった。そこでは魔物や盗賊が跋扈し、その被害に苦しむ町や村は多い。
冒険者ギルドは、そんな騎士団の機能を補完する有効な組織として認識され、とりわけ辺境では人気があり信頼も厚い。
冒険者の仕事はギルドから始まりギルドで終わる。
アドアネア大陸の冒険者達の間ではそれが常識になっている。
ガッシュガード達もその例に漏れない。
「アンタらも行っちまうのかい?」
ガッシュガード達が、興奮した様子の五人組パーティーと入れ違いにギルドのテントに入ると、奥のカウンターから馴染みの人物が陽気に声をかけてくる。
男は長身のガッシュガードすら見上げる大男である。逆三角形の発達した筋肉、日に焼けた赤銅色の肌、そして、眉まで剃り上げた禿頭の容貌魁偉な人物である。
戦斧の似合うベテランの戦士といった風情だが、今は引退してギルドの支配人をしているこの男は冒険者の間で、ちょっとした有名人だった。
否、彼らと言う方が正確かもしれない。
それと言うのも、一族で冒険者ギルドを営んでおり、親類縁者が皆同じ風貌をしているのだ。その為、この一族が経営するギルドに足を運ぶと、どこででも同じ顔に出会うと冒険者の間で有名だった。
「シュラペルガン帰還の話をきいたんだろ?でも、ガセかもしれないぜ。情報が確定するまで、もう少しゆっくりしていけよ」
「いや、すぐに発つよ」
にべも無いガッシュガードの返答だったが、支配人は気にした様子もない。どうやら、返事を分かっていて敢えて引き留めたらしい。
「残念だな。アンタら腕が良いって評判だったんだぜ」
「大工とウエイターとしてですか?」
冗談めかして訊くリイロイクスに、支配には真面目に答える。
「剣士と魔法士としての方だよ。アンタらに頼むと安心確実だったからな。次もアンタらに頼みたいって町長から言われてたんだ。俺も同じさ」
「凄腕のベテラン戦士に褒めてもらえるなんて光栄だな」
「おいおい俺はもう『元』だぜ」
「今でも時々、こっそりと復帰してるだろ?」
しばしガッシュガードと支配人は無言の睨み合いを続ける。折れたのは支配人だった。やがて支配人は観念したらしい。周囲を憚るように声を顰めて認めた。
「・・・人手不足の時だけだよ」
「どうだか」
ガッシュガードとリイロイクスは支配人がギルドの仕事そっちのけで自警団の魔物討伐に参加していることを知っていた。ガッシュガードとリイロイクスも求められれば時々参加したが、支配人の参加頻度は時々どころの騒ぎではない。まだ三十代半ばだと聞いている。いまだに冒険者の血が騒ぐらしい。
もっとも、その手の金になる荒っぽい仕事も最初の数ヶ月こそ頻繁に回ってきたが、その後はガッシュガード達余所者に回ってくることは徐々減り、ここひと月はとうとう皆無となっていた。
「このギルドはどうするんです?町の復興もひと段落といったところでしょう」
「そうだな。この町は自警団がしっかりしてるし、近隣の町や村との連携も良い。後は町や地域に任せて俺達ギルドは撤収する頃合いかもな。所詮は営利団体。非常時はともかく、平時になると町や村と仕事で競合になる。いつまでも出しゃばると疎まれるし・・・ま、所詮は臨時出張所、頃合いを見計らって出て行くさ」
しかし、と言って支配人は冒険者二人を改めて見る。
「アンタらは魔竜討伐で一攫千金!金!金!!ってタイプじゃなさそうだが・・・本当に行くのかい?魔竜討伐なんてやめた方がいい。シュラペルガン、アレは本当の化け物だぜ」
「俺達も・・・いや、俺達こそ金が必要なんだよ。是が非でも、な」
「ええ、我々は手ぶらでは故郷に帰れないのです」
「訳ありって奴か。ま、無理にやめろとは言わんがね。でも正直、魔竜討伐なんて無謀だよ。今回は亜人種の協力は得られない。前回の勝利は人間と亜人種の大陸連合軍対魔竜シュラペルガンの戦いだった。だから勝てたんだ。それを人間だけでやろうなんて・・・傲慢だと俺は思うけどね」
それから支配人は改めてリイロイクスを見て続けた。
「エルフさんが一人加わっても情勢は変わらんと思うよ」
エルフが人間との交流を絶って久しい。エルフのみならず、大陸最多種族の人間とそれ以外の少数の異人種間の交流は日常的な摩擦を生んだ。そしてそれは、大戦時の非常時より、平和を享受する平時の方が多く激しかった。
今、エルフ達は十の国の山深くに別れて身を潜め、密かに生活を営んでいる。
「ええ、私も、私一人でどうにかなるとは思っていません。所詮ははぐれエルフ。出来ることなど微々たるものです。それでも、やらなければいけないのですよ」
「最後に決めるのはもちろんアンタらだが・・・命あっての物種だと俺は思うがね」
ギルドから借りていたトンカチにエプロン、それにトレーを返却すると、代わりに預けておいた装備一式が返却される。
ガッシュガードには長剣と防具、リイロイクスには杖とローブが返却された。二人がそれらを身に付けるのにそれ程長い時間を必要としない。ガッシュガードはブレイズ鋼を挟み込んだなめし革の鎧を身に付け、愛用の長剣を背負い、リイロイクスは若草色のローブを着込み、使い込んだ魔法士の杖を握れば準備完了である。後はそれぞれ鞄を身に付ければ準備万端だった。
「二人の付き合いは長いのかい?」
不意に支配人はこんな事を訊いてくる。
「彼とは、彼が生まれる前からの付き合いですね」
「生まれる前?」
リイロイクスの奇妙な言い回しに支配人は無い眉を顰める
「ウチの家族とは俺・先代・先々代と三代に渡る付き合いなんだよ」
ガッシュガードの説明に支配人は納得顔で頷く。
「なるほど、そういうことか。今時、異人種混成のミスレイニアス・パーティーなんて珍しいんでね。訊いてみたかったんだ。最近は人間だけのパーティーばかりだからな。かく言う俺もそうでね。ミスレイニアス・パーティーには今でも憧れてるんだ」
そう言ってから支配人は少し考えてしてから続ける。
「・・・実は、二人に折いって頼みがあるんだが、聞いてもらえるかな?」
「何です?」
「実は俺、それなりに歳はいってるけど、実のところウチのギルドでは最年少の新参なんだ。で、今はあちこちの支店や営業所を回りながら日々勉強中。この臨時出張所の開設・運営もその一環ってわけだ。ところが、このお勉強期間ってのが、結構長くかかるらしい。俺としてはさっさと終えて早く自分の店を持ちたいんだよね。それで、だ。ウチのギルドで最初にアンタらに目をかけたのが俺だと分かったら状況が変わると思うんだ。アンタらまだ馴染みの冒険者ギルド決めてないって言ってただろ?これを機に当ギルドを贔屓にして貰いたいと思ってるんだが・・・どうだい?」
支配人は絶妙のタイミングで用意しておいた皮袋をカウンターの上に乗せた。重量感のある金属の響きが皮袋の中身が何であのかを如実に物語る。それはガッシュガードとリイロイクスがこの半年働いた仕事の報酬だった。
リイロイクスの希望で二人分を一袋に入れてあるが、それでも、その金額は期待以上である。
ガッシュガードは短く口笛を吹く。
「正直・・・この半年間、よく頑張りましたね」
「そうだな」
まんざらでもない表情の二人に支配人はここぞと続ける。
「こちらも頑張って色を付けさせてもらった。そこでだ・・・」
支配人は勿体ぶった間を一拍置く。
「よければ、ウチの店にその金を預けてみないかって事なんだけど、どうかな?」
「この金を預ける?」
警戒した表情になるガッシュガードを見て支配人は苦笑を浮かべる。この反応は予想どおりだったのだろう。
「全額ってわけじゃない。半分、いや、四分の一でも良い。とにかく、金を預けて欲しいんだ」
「俺達にどんなメリットがあるんだ?」
「色々とあるぜ。まずは金の管理に悩まされない。街や村で気を付けないといけないことは?」
「?」
金銭関係はリイロイクスの専任だった。すぐにピンと来ないガッシュガードに変わってリイロイクスが答える。
「街中ではスリ、宿では盗人ですね」
「そう!いつどこで狙われているか気の休まる暇がない。でも、ウチに預けておけば、必要最小限を持ち歩くだけで安心だ!」
「・・・なるほど。でも、銀行に預けると言う手もありますよ」
この言葉を待っていたらしい。支配人は会心の笑みを浮かべてみせる。
「銀行も悪くないよな。それは認める。でも、銀行には営業時間がある。それに定休日も。でも、ウチなら年中無休!加えて二十四時間営業だ!!いつでも好きな時に金を引き出せるぜ」
冒険者は深夜・早朝と時間に関わらず活動をする。そんな冒険者にとっていつでも好きな時に預金を引き出せるのは大きな魅力だった。実際、金庫番のリイロイクスの反応は上々である。
「それは良いですね」
「だろ!」
気を良くして支配人は続ける。
「さらにウチのギルドでの購入・宿泊・手続きなど、各種の支払いも全部この口座から行えるから、いちいち財布を出して精算みたいな面倒からも解放されるぜ。さらに口座からの支払いなら割引もアリと至れり尽くせりだ!」
「一つ訊いて良いか?」
口を挟んだのはガッシュガードである。
「こういうのって国の許可がいるんじゃないのか?モグリだったらお断りだぜ」
これは支配人にとって待ちに待った質問だったらしい。強面にニヤリと会心の笑みを浮かべてみせる。
「もちろん正式に国から許可を得てるぜ。付け加えるなら銀行協会からも推薦されてる。もちろん預金保護もばっちり!」
「本当かよ?」
いまだ懐疑的なガッシュガードに支配人は真顔で頷く。
「本当だとも!何せ面倒な客をウチが一手に引き受けるって言うんだ。お上品な銀行協会様は大喜びさ。冒険者には我儘、非常識、浮世離れ等々、癖のある奴らが多いからな。その点、ウチは本職なんで、その手の連中の扱いには慣れてる。必要なら役所に行って確認してもらっても良いぜ!間違いなく時間の無駄に終わるけどな」
支配人は自信満々にそう断言した。
「どうします?」
「金庫番のリイロに任せるよ。良いようにしてくれ」
「それでは・・・」
しばし考えてからリイロイクスは決断した。
「まずは今回の報酬の三分の一を預けましょう。使い勝手を確認して良ければ随時追加ということで」
「さすがはエルフさん。お目が高い、きっと気に入ってくれると思うぜ」
早速、支配人は皮袋から預かり分の金額の抜き出し始める。
「なんか俺達、良いように丸め込まれたみたいだな」
「いやいや、こっちが必死に囲い込んだんだよ」
ガッシュガードの述懐に、支配人は作業を続けつつ、そう訂正をした。
「将来有望な黒髪長身の剣士と銀髪美形の魔法士。その二人組の冒険者をこれを機にウチのギルドに囲い込めたら、今は新参の俺のギルドでの地位もすぐに急上昇さ。アンタらも高待遇でウチのギルドで活躍できるし良いことづくめ。お互いWin-Winってわけさ」
「Win-Winね」
やはり懐疑的なガッシュガードに、作業を終えた支配人は、急にそっぽを向くと何気なく続けた。
「後、ここからは俺の独り言なんだが・・・どうやらレイドラン王国はパァーンの南を決戦場に定めたらしいぜ。アンタらも知ってると思うが、レイドランには戦闘予想士がいて、先頃正式な報告を行ったって噂されてたが、これは事実だったらしい。その証拠に騎士団の派遣が始まっていて、既に第一陣は到着しているらしい。物資も次々と飛空艇で運び込まれていているとか。そろそろ魔竜討伐の参加者を一般からも募っても良い頃合いだ。もし参加したいのなら急いだ方が良い」
ガッシュガートとリイロイクスは顔を見合わせると頷き合う。これ以上時間を無駄にはできない。リイロイクスが報酬の皮袋を鞄に収めると、二人は踵を返すと入口へと向かった。
その後ろ姿に支配人は期待の眼差しを向けて言う。
「アンタらの旅の安全と仕事での大活躍を祈ってるぜ!」
ガッシュガードは振り向かず、肩越しに片手を上げて答えると、リイロイクスに続いてギルドを後にした。
木製の防壁に囲まれたアモの町には東西南北に門がある。二人が向かったのはその西門である。普通なら南門を出て街道を行くのだが、二人にはある考えがあった。
門を抜けたところで足を止め地図を確認する。
地図によるとアモの街からは アル平原、リルの森と続き、その先にまず目指すレルダ山が聳えている。レルダ山は大陸聖教会の巡礼者が通る聖道があることで有名な山だ。高くはないが、低くもない。その為、修行として巡礼者が通る。聖道は教会の秘密で地図は一般公開はされていない。だが、運よくその地図が手に入る可能性はある。闇市場で取引されているのは良く聞く話だからだ。これから訪ねる町か村のどこかで手に入れるチャンスは十分あった。もし手に入れることができれば、大幅な近回り、大きな時間の短縮ができる。
闇市は当然、街道沿いの街には立たない。街道から外れた町や村でひっそりと立つ。ガッシュガードとリイロイクスは大きく迂回する街道ではなく、最短距離を移動しつつ、途中、地図を求めてつつその手の町や村を巡るつもりでいた。
目指す自由都市パァーンはレルダ山の先、メリフェリア平原の西端位置する。もう競争は始まっているのだ、のんびりとしてはいられない。
地図から顔を上げると二人は頷き合う
「それじゃあ、そろそろ・・・」
「行くとしましょうか」
こうして、黒髪長身の剣士と銀髪美形の魔法士の冒険者二人組は再び旅立つのだった。
魔竜を追い、雄大な空の下、広大なアドアネア大陸を・・・西へ。
次の更新予定
2025年1月1日 20:25
ミセレイニアス・パーティー 八雲いとう @iutakeshito
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