第2話「手記」

私が生唾を飲み込み、浴室のドアを開けました。

誰もいません。トイレも同様です。


そして私はカーテンを開けベランダも確認しました。干しているタオル以外何もありません。


「いないみたいですね」


ほっとした表情をした管理会社の男性がそう言いいましたが、私はすぐに帰るわけにもいかず、「もう7日間も連絡がありません。もし行方不明なら警察に届けます。その前にA君の足取りを追うため、しばらく部屋にいても大丈夫でしょうか?」と、訊ねました。


「わかりました。それでは帰りに会社まで合鍵の返却をお願いします」


男性を玄関で見送りました。


典型的な独身中年の部屋です。掃除もせず洗濯物が散乱し、空気も澱んで居心地が悪いものです。


しかしさすがディレクターです。放送用のHDCAMマスターテープやハードディスク、再生用のピクチャーモニターと録画用HD・デジタルペーターカムデッキはきれいに整然と棚に並んでいます。


足取りを掴むといっても何から手をつければ良いか、と思案していると机に二百枚程度のコピー用紙とSDカードがあり、その上に黒のマジックで書かれたメモを見つけました。


手に取ると・・・


「Y様へ


マンションまで来ていただき本当にありがとうございます。またご心配ご迷惑をおかけし申し訳ございません。


以前Y様が僕に話してくれた、都市伝説を覚えていますか?


死者が続出し呪われていると話題になったP局のあの番組に、未放送の本当の『最終回』がある、といった都市伝説です」


私は確か1年前に雑談でそんな話をしたことを思い出しました。

しかしそれはネットで拾った程度の都市伝説です。


「僕は非常に興味を惹かれ、未放送の本当の『最終回』を探すドキュメンタリーを制作すれば、話題になる、テレビ局や配信会社に売れると考えました。そして遺族や関係者にインタービューし、ついに本当の『最終回』の素材を見つけ出し番組を完成させました」


私は関係者でもないA君が番組を完成させた、という意味が分かりません。その疑問に彼は・・・


「部外者の僕がどうして素材を入手し完成させたか?全ては後ほどわかります。そんなことより完成させた本当の『最終回』に著作権が存在するということです。僕はこの作品を劇場公開したい、いや、しなければならない、放送もネット配信もしたい・・・僕はこの呪われた番組の裏に隠された『真実』を明らかにしたい、公表したいのです。しかしそれは、遺族への道義的責任と著作権がある限り不可能です」


確かにクローズドの映像公開以外不可能と思われました。

しかし彼はとんでもない方法で公表を考え付いていました。


「窮余の策ではありますが、僕は映像を全て文字に書き起こし手記として大手出版社に持ち込みました。しかし出版社は真偽不明の内容と残酷描写に恐れをなし出版を見送ったのです。これは私利私欲のためではありません。命を懸けて『最終回』を制作し亡くなった番組AD小之原真理のためなのです。僕には時間がありません。やらなければならない大きな仕事があります。この原稿をY様に託します。Aより」


ここでメモは終わっていました・・・














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