第2話 星光ゼリーと記憶をなくした少女
「くそっ、どうしてこんな荒野で倒れてる奴がいるんだよ!」
俺は地平線の広がる荒れ地の真ん中で、倒れている少女を見つけた。周囲に人影はない。獣の鳴き声すらしない静寂の中、彼女の小さな身体は砂と埃にまみれていた。
少女は薄汚れた服を着ており、黒い髪が無造作に肩へ流れている。小柄で華奢な身体は、今にも折れてしまいそうなほど弱々しい。俺、グラード・バスターは、彼女の肩を揺すりながら声をかけた。
「おい! 聞こえるか? 大丈夫か!」
彼女の身体はかすかに上下している。どうやらまだ生きているらしいが、返事はない。
「まいったな……。仕方ねぇ、このままにはしておけねぇし……。」
俺は彼女を抱き上げ、近くの木陰へ運んだ。
「リュミエール! 水持って来てくれ!」
俺はキャラバンへ戻ると、エルフの仲間リュミエールに声をかけた。リュミエールは少し驚いた顔をしたが、すぐに水筒を手渡してくれた。
「どうしたの? 誰か拾ったの?」
「この荒野で倒れてたんだ。ほら、まだ意識が戻らねぇ。」
俺は少女の唇にそっと水を近づけた。水が喉を通ると、彼女のまぶたがゆっくりと動いた。
「……うぅん……。」
「おい、目を覚ましたか?」
俺が声をかけると、少女はゆっくりと目を開けた。その瞳には驚きと怯えが浮かんでいる。
「……ここ……どこ……?」
「ここは荒野のど真ん中だ。お前、どうしてこんなところで倒れてた?」
少女は弱々しく首を振る。
「わからない……私、何も思い出せない……。」
俺は彼女の目を見つめ、少し考えた。この子、記憶を失っているのか?
「名前ぐらいは覚えてるだろ?」
俺たちはキャラバンの中で彼女を休ませながら、いくつか質問をしてみた。しかし、彼女は頭を抱えて困惑するばかりだった。
「……サクラ。」
彼女はぽつりと呟いた。それが自分の名前だと信じているようだった。
「サクラか。いい名前じゃねぇか。」
「……ありがとう。」
それ以外のこと、家族や友達、出身地などについては、彼女は何も思い出せないと言った。ただ、何かを忘れていることは分かるようで、そのことが不安で仕方ない様子だった。
「グラード、どうするの?」
リュミエールが俺に尋ねる。
「決まってんだろ。こんな状態で放り出すわけにはいかねぇ。村まで連れて行って、ちゃんと休ませてやるさ。」
俺はきっぱりと答えた。何者かも分からないサクラだが、俺たちには彼女を見捨てる理由なんてどこにもない。
キャラバンでの移動中、サクラは終始怯えた様子だった。周囲を見渡しては小さな声で「ここはどこ?」「私は……どうして?」と繰り返す。俺たちはそのたびに彼女を安心させるように声をかけた。
「お前が何者かはわからねぇけど、今は心配すんな。俺たちがいるから大丈夫だ。」
「……ありがとう、グラードさん。」
彼女の声にはまだ不安が残っていたが、それでも少しだけ安堵したように聞こえた。
やがてキャラバンは村へ到着した。荒野を抜けた先にある小さな村、リムベルクだ。人口も少なく、静かで穏やかな場所だった。ここでサクラを休ませて、少しずつ元気を取り戻させるのが最初の目標だ。
「サクラ、まずはここで体を休めようぜ。そしたら、きっと思い出せることもある。」
「……うん。」
サクラは小さく頷いた。彼女が何者なのか、なぜ記憶を失っているのか。それはまだ分からない。でも、俺たちができることは、目の前の彼女を守り、少しでも元気にしてやることだ。
***
「さあ、サクラ。これを食べたら、あなたの疲れも吹き飛ぶわよ。」
リュミエールの手の中で、夜空を閉じ込めたような美しいゼリーがぷるぷると揺れている。透明なゼリーの中には、星砂糖の粒が散りばめられ、光の角度でキラキラと輝いていた。これが「星光ゼリー」。食べる人の心まで照らすような、見た目も味も特別なデザートだ。
「これ、食べ物なの?」
サクラはゼリーをじっと見つめている。黒髪がさらりと揺れ、大きな瞳が好奇心でキラキラしていた。
「そうよ。冷たくて甘くて、きっと気に入るわ。」
リュミエールはスプーンに小さくすくい取ったゼリーをサクラに差し出す。サクラは恐る恐る口を開け、その透明な宝石を口に運んだ。
「……!」
最初の一口を飲み込んだ瞬間、サクラの瞳が驚きで見開かれた。
「ひんやりして……こう……」
彼女はぽつりぽつりと言葉を繋げる。だが、何かを言いかけては止まり、また考え込むように首を傾げる。
「えっと……その、なんて言えばいいのかな……」
サクラは混乱した様子だった。俺は隣でその様子を見ていたが、何となく察した。彼女はきっと、どう「美味しい」と表現したらいいのか分からないんだ。
「どうした、サクラ? 何でもいいから感じたことを言ってみろよ。」
「……うん。でも、すごくふわっとしてて、冷たいんだけど、なんだか心が温かくなる感じで……」
サクラは必死に言葉を紡ごうとするが、その表現はどこか曖昧だった。普通なら「甘い」「美味しい」「幸せ!」とすぐに言えそうなところだが、彼女にはそれができない。
「 えっと……分からない。何か言い方があった気がするけど……忘れちゃった。」
その言葉に、リュミエールは眉をひそめた。
「サクラ……あなた、本当に『美味しい』の感覚を忘れているのね。」
「ああ、きっとそうだ。」
俺は頷きながら、彼女の様子をじっと見守る。美味しいものを食べたら自然と喜びが顔に出るはずなのに、それをどう表現したらいいのか分からない。記憶を失った彼女にとって、「美味しい」という感覚そのものが、心の中から抜け落ちているのかもしれない。
「どうすれば……もっと分かるようになるのかな。」
サクラがぽつりと呟いた。少し落ち込んでいるように見えた。
「大丈夫よ、サクラ。」
リュミエールが優しく微笑み、彼女の肩に手を置く。
「あなたには、まだ『美味しい』という感覚の記憶がないだけ。でも、それを一緒に取り戻していきましょう。星光ゼリーを食べて感じたこと、それが最初の一歩よ。」
俺は腕を組みながら、にっと笑った。
「そうだな。お前が『美味しい』を思い出すまで、俺たちがとびっきり美味いものを食わせてやるよ。何度でもな!」
「クラン総出でね。」
リュミエールが俺の言葉を引き継ぐように、力強く頷いた。
サクラは少し驚いた顔をしていたが、次第にほんのりと微笑んだ。
「……ありがとう。私、もっと『美味しい』を知りたい。すごく幸せな気持ちになれる気がするの。」
その言葉を聞いて、俺たちの心は決まった。この少女に美味しいを教えてやる。それはただの記憶を取り戻すためだけじゃない。サクラに人生を、喜びを取り戻してもらうためだ。
「よーし決まりだ! これからの俺たちの目標は、サクラに『美味しい』を思い出させることだ! 覚悟しろよ、サクラ。俺たちがこの世界のありとあらゆる美味いもんを食わせてやるからな!」
「ふふっ。楽しみ!」
サクラの笑顔が、一瞬だけ輝いて見えた。彼女の心に少しずつ、「美味しい」の記憶が灯り始める兆しなのかもしれない。
俺たちは新たな目標を胸に刻み込んだ。この子に、美味しいを教える。それは俺たち腹ペコクランにとって、何よりもやりがいのある冒険になるだろう。
ゼリーを食べ終えたサクラは、まだその味を口の中で確かめるようにしていた。俺たちはその様子を見守りながら、次に食べさせる料理を頭の中で思い浮かべ始めていた。
***
◆グラードのレビュー
評価:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10)
【味】
星光ゼリーは、甘さの中に品があって繊細な味わいだ。冷たさが口いっぱいに広がる瞬間はまるで星空を飲み込んでいるような感覚になる。星砂糖の自然な甘さが優しく、後からほんのりと柑橘系の酸味が追いかけてきて、甘ったるさを全く感じさせない。この絶妙なバランスがリュミエールの腕を物語っているな。
【食感】
ゼリーは口に入れると、舌の上でスッと溶けていく。その柔らかさが心地よいだけじゃなく、ときどき感じられる星砂糖の小さな粒がサクッとしたアクセントになっていて、食感の楽しさを増している。冷たさとぷるぷるした感触の組み合わせも抜群だ。
【総評】
味も食感も非の打ち所がない。見た目の美しさも加わって、ただ食べるだけじゃなく眺める楽しさまである一皿だ。これが満点じゃない理由は、量が少なめなところだな。もっと食べたいと思わせるのは素晴らしいことだが、物足りなさを感じるのも事実。総じて、誰にでもおすすめできる最高のデザートだ。
◆リュミエールのレビュー
評価:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10)
【味】
星砂糖の優しい甘さとゼリー本体の冷たさが完璧に調和しているわ。甘さがふわっと広がるけれど、まったくしつこくない。その秘密は、隠し味の柑橘系エキスね。このほのかな酸味が味を引き締めているから、どれだけ食べても飽きがこない。これ以上のデザートを探すのは難しいわね。
【食感】
ゼリーのぷるぷる感が最高に滑らかで、食べるたびに気分が癒されるわ。さらに星砂糖の小さな粒がときどき舌に触れることで、口の中で楽しい変化が起きる。これが単なるゼリーとは一線を画す理由ね。
【総評】
これは私が作った料理の中でも最高傑作の一つよ。星砂糖を使ったデザートは美味しいけれど、ここまで調和の取れたものは珍しいと思うわ。サクラに初めて「美味しい」を教える料理としては、これ以上ふさわしいものはないでしょうね。
【総合レビュー】
最終評価:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9.5/10)
星光ゼリーは、見た目の美しさ、冷たさの心地よさ、そして繊細な甘さと酸味のハーモニーが完璧なデザートだ。特にサクラのように食べることに不慣れな者でも安心して食べられる点が素晴らしい。リュミエールの料理人としての腕が光る一皿で、誰にでもおすすめできる。
サクラが不思議そうに美味しさを感じようとしていたあの瞬間。俺たちは、このゼリーが彼女の「美味しい」を取り戻すための第一歩になると確信した。そして、それを見届ける俺たちもまた、このデザートを通じて幸せを感じていた。これからも、サクラと一緒に「美味しい」を探し続ける旅が待っている。
次の更新予定
異世界メシレビュアーズ〜S級腹ペコクラン、記憶喪失の転移少女を拾う。せっかく異世界に来たんなら、異種族グルメ食べてけ!最強メンバーと少女は世界中を巡り、美食に出会い、その「美味しい!」をレビューする〜 ☆ほしい @patvessel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異世界メシレビュアーズ〜S級腹ペコクラン、記憶喪失の転移少女を拾う。せっかく異世界に来たんなら、異種族グルメ食べてけ!最強メンバーと少女は世界中を巡り、美食に出会い、その「美味しい!」をレビューする〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます