第3話 幻光魚の彩りカルパッチョ

「グラード、リュミエール、見て見て! この果物、丸くてピカピカしてる! なんだか宝石みたい!」

サクラの弾んだ声が、活気あふれる市場に響く。黒髪の少女が露店に並ぶ果物を指差しながら、瞳を輝かせている。


ここは、港町「ルミエルハーバー」。交易の拠点として知られるこの町は、海を渡る船で運ばれてきた珍しい食材や特産品が溢れている。俺たち「デリシャス」のメンバーは、冒険の途中でこの町に立ち寄り、市場を探索している最中だ。


「サクラ、あれはルミエルフルーツよ。夜になると光を放つの。甘酸っぱい味が特徴的で、ジュースにしても美味しいわ。」

リュミエールが優雅に説明する。彼女の黄金の髪が陽光を受けてキラキラと輝いているのが目に入った。


「わぁ、すごい! あとで買ってもいい?」

「いいわよ。でも、市場にはもっと面白いものがあるかもしれないわね。」


サクラは満面の笑みで頷くと、また新たな露店に駆け出していった。その姿を見ながら、俺はふっと息を吐く。


「サクラも、少しずつ元気を取り戻してきたな。」

俺が呟くと、リュミエールが静かに頷いた。


「ええ。少し前までは、食べることも遠慮がちだったのに、今では興味を持っていろいろ話しかけてくれるわ。『美味しい』という感覚を取り戻し始めている証拠ね。」


確かに、最初に会った頃の彼女とは別人のようだ。記憶喪失の不安に押しつぶされそうになっていたあの頃のサクラはいない。今は未知の世界に心を開き、輝くような笑顔を見せている。


「だがまぁ、あいつが元気になってくれるのはいいんだが、振り回されるこっちも大変だぜ。」

俺が肩をすくめると、リュミエールがクスリと笑った。


「いいじゃない、グラード。あなたも楽しそうよ。」


そう言われると反論できない。俺だって、このにぎやかな雰囲気は嫌いじゃない。何より、仲間たちと一緒に美味しいものを探す旅をしているんだ。これ以上の幸せがどこにある?


「おい、サクラ! あんまり遠くに行くなよ!」

俺が声をかけると、サクラは振り返り、手を振った。その姿を追いかけようとしたその時だ。


「……ん?」

リュミエールが何かに気付いたように立ち止まった。


「どうした?」

「ちょっと待って……あれは……!」


リュミエールの視線の先にあったのは、一軒の魚屋。巨大な水槽に何種類もの魚が泳いでいるが、その中にひときわ目を引く魚がいた。


「まさか……『幻光魚』!」

リュミエールの声には興奮が混じっていた。


「幻光魚?」

俺が首をかしげると、リュミエールは説明を始める。


「幻光魚は、深海に生息する非常に珍しい魚よ。その魚肉は光を吸収して輝き、特別な旨味を持っているの。しかも、味が良いだけでなく、見た目も芸術品のように美しい……!」


確かに、幻光魚の鱗は虹色に輝いており、水槽の中で光の反射を受けてキラキラと輝いている。こんな魚は滅多に見られるもんじゃない。


「お嬢さん、見る目があるねぇ。この幻光魚は今朝、漁師たちが大嵐の後にたまたま見つけたものだ。こんなチャンス、めったにないよ。」

魚屋の主人が満面の笑みでリュミエールに語りかける。その言葉を聞くやいなや、リュミエールは迷いなく言い放った。


「いただくわ!」

「即決だな。」

「幻光魚を逃す理由なんてないもの。」


魚屋の主人は大喜びで幻光魚を箱に詰めてくれた。値段はかなり高かったが、リュミエールは涼しい顔で支払いを済ませた。


「さぁ、これで今日のディナーは決まりね。」

リュミエールは誇らしげに箱を抱えながら、俺たちに微笑んだ。


「へぇ、そんなにすごい魚なら、俺も期待しちまうな。」

「グラード、サクラ、楽しみにしていて。私が最高の一皿に仕上げてみせるわ。」


その言葉を聞いて、俺たちは思わず顔を見合わせた。何しろリュミエールは、S級冒険者だけでなく、一流の料理人でもある。幻光魚を彼女の手で料理してもらえるなら、期待するなという方が無理だろう。


「サクラ、お前も楽しみにしてるだろ?」

「うん! 幻光魚ってどんな味なんだろう……ドキドキする!」


こうして俺たちは、珍しい食材「幻光魚」を手に入れ、再び市場を後にした。次なる冒険の舞台は、リュミエールのキッチンだ。美味しい一皿を楽しみにしながら、俺たちは帰路についた。


***


「さぁ、これから仕上げに入るわよ。」

リュミエールが宣言すると同時に、俺たちの目の前に「幻光魚」がその全容を現した。

さっきまで箱に収められていたそれは、水晶のような透明な身を持ち、光を吸収して虹色に輝いている。どこか神秘的で、見ているだけで目を奪われるほどの美しさだ。


「へぇ、これが『幻光魚』か……見た目からしてただの魚じゃねぇな。」

俺は思わず口笛を吹いた。


「リュミエール、これって食べられる部分は全部なの?」

サクラが興味津々に尋ねる。


「ええ、もちろんよ。でも特に美味しいのはこの魚肉。透明で輝いている部分は、光を取り込んで熟成された繊維が詰まっているの。味は淡泊なのに奥深く、まさに絶品と言われているわ。」


そう説明しながら、リュミエールは華麗な手つきで調理を始めた。彼女の手元には、磨き上げられたナイフと、魔法陣が描かれた小さなハーブボウル。ここから生み出される料理は、彼女の技術と知識が詰め込まれた芸術そのものだ。


「さて、カルパッチョに仕上げるわよ。」


まず、リュミエールはナイフを手に取り、幻光魚の身を薄くスライスし始めた。驚くほど繊細な刃さばきで、魚肉は紙のように薄く、しかし形を崩さない見事な切り口だ。


「……すごい! リュミエール、どうしてそんなに綺麗に切れるの?」

サクラが驚きの声を上げる。


「エルフの弓矢の技術は応用が利くの。精密さが命だから。」

リュミエールはさらりと言ってのけたが、その動きは熟練の料理人そのものだ。


薄切りにされた幻光魚の身は、光を受けるたびにキラキラと輝き、まるで一皿の上に星の海を広げたようだ。


次に、彼女は柑橘系のドレッシングを作り始めた。新鮮なレモンやオレンジを手絞りし、そこにハチミツと少量の魔法塩を加える。その後、香り高い「エルフハーブ」と呼ばれる特製の魔法ハーブを砕き、ドレッシングに混ぜた。


「これが幻光魚を引き立てる魔法の味付けよ。」

リュミエールがドレッシングを小皿に注ぐと、爽やかな香りがふわりと広がった。柑橘の酸味とハチミツの甘みが見事に調和した香りだ。


「最後に、このドレッシングを軽くかけて……完成よ!」


リュミエールが満足げに手を止めたその時、目の前には「幻光魚の彩りカルパッチョ」が完成していた。一皿の上に並べられた魚肉は虹色に輝き、その上に滴るドレッシングの透明な粒が、さらに幻想的な輝きを加えている。


「すっごく綺麗……!」

サクラが息を呑んで呟く。


「ふふ、見た目も味の一部よ。さぁ、二人とも、食べてみて。」


「よっしゃ、いただくぜ!」

俺はまずフォークで一切れを摘まみ、口へ運んだ。魚肉が舌の上に乗った瞬間、まず驚いたのはその食感だ。


「……おおっ、すげぇなこれ。口の中でスーッと溶ける。」

魚肉は薄いのにしっかりとした存在感があり、噛むたびに旨味がじんわりと広がる。その味わいを引き立てるのが、ドレッシングの酸味と甘味だ。柑橘系の爽やかさが魚の自然な甘みを際立たせ、全体に心地よい後味を残してくれる。


「リュミエール、このハーブもいい仕事してるな。なんだ、この後から来る清涼感は?」

「エルフハーブは食材の旨味を引き立てる特性があるの。さらに、魔法の力で口の中を浄化してくれる効果もあるわ。」


俺が感心していると、隣でサクラが一口を食べる。彼女は目を閉じ、ゆっくりと味わっているようだった。そして──。


「……わぁっ!」

突然、目を輝かせて叫んだ。


「これ、すごい! ふわって消えるのに、お魚の味がちゃんと残ってる! それに、この酸っぱいソースが……なんだか、お日様みたいな味!」


「お日様みたいな味?」

俺が笑いながら尋ねると、サクラは真剣な顔で頷いた。


「うん! ポカポカしてて、元気になれる気がするの。それで、ハーブが後からひゅんって爽やかにしてくれるの!」


その表現の仕方に、俺もリュミエールも思わず笑ってしまった。だが、サクラが一生懸命「美味しい」を感じようとしているのが伝わってくる。


「ふふ、ありがとう。サクラの感想、私も参考にするわ。」


サクラは嬉しそうにまた一切れを頬張る。彼女がこうして「美味しい」を楽しむ姿を見るたびに、俺たちは旅の意義を再確認する。


「よし、サクラがそこまで喜ぶなら、俺も負けじともう一皿いくか!」


俺たちは笑い声を上げながら、リュミエールの傑作を心ゆくまで堪能した。


***


俺たち腹ペコクランのルール、食べた料理は必ずレビューする! 料理の完成度や個性を、俺たちそれぞれの視点から評価するんだ。今回の「幻光魚の彩りカルパッチョ」も例外じゃねぇ。


「それじゃあ始めるぞ! 俺たちの評価タイムだ!」


俺が宣言すると、サクラとリュミエールが期待と少しの緊張を込めてこちらを見た。


「グラード、ちゃんと公平に評価してね?」


リュミエールがクスッと笑いながら釘を刺してくる。


「おうよ。俺の舌は正直だからな! じゃあ、俺からいくぜ。」


◆グラードのレビュー

評価:☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10)


【味】

幻光魚の肉そのものが持つ、淡泊なのに濃厚な旨味が最高だ。口に入れた瞬間に溶けるような食感と、魚の自然な甘み。それを引き立てる柑橘系のドレッシングが、爽やかさをプラスしてくれる。甘味、酸味、旨味のバランスが完璧だな! ハーブの清涼感も見事なアクセントになっている。


【食感】

驚いたのは、その繊細さだ。薄切りなのに存在感がしっかりしていて、口の中でふわっと消える。この感触は他の魚料理じゃ味わえないだろう。エルフハーブの細かい粒がたまに舌に触れるのも楽しい。


【総評】

文句なしの絶品……なんだが、量が少ねぇ! こんな美味い料理、一皿じゃ足りねぇよ。もっとたくさん食べたかったってことで9点だ。


「なるほど、グラードらしい評価ね。」


リュミエールが笑いながら頷く。


「おい、量が少ないのは事実だろ!」


「ふふ、次はもっと多めに作るわね。」


◆サクラのレビュー

評価:☆☆☆☆☆☆☆☆(8/10)


【味】

お魚の味がとっても優しいけど、しっかりしてる感じがした! それに、ドレッシングの酸っぱいのと甘いのが一緒になって、お日様みたいにポカポカした気分になれる味だったよ。ハーブが後からスーッてしてくれるのも楽しい!


【食感】

薄くてふわっとしてて、でもちゃんと噛むと美味しさが広がるのが面白い。なんだか、不思議なゼリーみたいだった!


【総評】

すっごく美味しかった! でも、もうちょっとだけ「お魚っぽさ」が欲しかったかも。なんていうか、香ばしい感じとか? でも、このお魚はこれが一番美味しい食べ方なんだろうなぁって思った!


「サクラらしいコメントだな。お日様みたいな味ってのが印象的だ。」


俺が笑うと、サクラは照れくさそうに頬をかいた。


「えへへ……でも、ほんとにそう思ったの!」


◆リュミエールのレビュー

評価:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆(10/10)


【味】

幻光魚の持つ純粋な旨味を最大限に引き出すことを意識したわ。ドレッシングの酸味と甘味が調和し、ハーブが全体を引き締めている。このバランスこそが私の求める一皿よ。素材の力を信じた結果、完璧に仕上がったわね。


【食感】

薄切りにすることで、幻光魚の柔らかさと透明感を際立たせることができたわ。これにより、口に入れた瞬間の溶けるような感触を楽しんでもらえるようにしたの。エルフハーブが舌に残る清涼感は、この料理のアクセントとして欠かせないわね。


【総評】

これは私自身も満足のいく一皿だったわ。幻光魚の特徴を最大限に活かし、美味しさだけでなく、見た目の美しさも追求できたと思うわ。これ以上を求めるのは贅沢かもしれないけれど、次はもっと大胆なアレンジにも挑戦してみたいわね。


「おっと、満点かよ。自分で作って満点出すのはずるくねぇか?」


俺が冗談っぽく言うと、リュミエールは軽く肩をすくめた。


「完璧な料理に満点をつけるのは当然でしょ?」


「まぁ、そういうことにしとくか。」


◆総合レビュー

最終評価:☆☆☆☆☆☆☆☆☆(9/10)


【総評】

「幻光魚の彩りカルパッチョ」は、素材の魅力を存分に活かした一皿だ。幻光魚の淡泊で上品な旨味、ドレッシングの爽やかさ、ハーブの清涼感の三重奏は、食べる者を幸福な気持ちにしてくれる。ただ、繊細な味わいゆえに物足りなさを感じる人もいるかもしれない。それでも、この料理は間違いなく誰もが一度は味わうべき逸品だ。


「よし、これで今日のレビューは終わりだな!」


「ふふっ、サクラもちゃんと参加できるようになってきたわね。」


リュミエールの言葉に、サクラは少し照れくさそうに笑った。


「うん、でももっと『美味しい』って感覚を知りたいな! 次はどんな料理に出会えるんだろう?」


「次はもっとすごい食材を見つけてやるさ。それが俺たちの冒険だからな!」


こうして俺たちは新たな目標を胸に刻み、次なる美味しい冒険へと思いを馳せるのだった。


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