呪いの代行

からし

呪いの代行


薄暗い路地裏、ひっそりと佇む古びた雑居ビルの一室。

壁には剥がれかけたペンキが塗られ、窓は埃で曇りきっていた。

そこは、霊感のある少年、健太が「呪いの代行」を始めた場所だった。

街の噂では、健太の霊感は本物で、彼に頼めば厄介な霊を追い払ってくれるという。


「この仕事、悪くないな。」健太は、自分の手のひらで小さな呪符を作りながら呟いた。彼はまだ十六歳で、周りの友達がゲームや恋愛に夢中な頃、彼は呪いの代行という異彩を放つ職業に手を染めていた。最初は興味本位で始めたが、今やそれは生活の糧となっていた。


依頼が来るのは、いつも夜が深まった頃。

特に、月が冴え渡る晩には、彼の元に不気味な電話がかかってくる。

ある晩、健太の携帯が鳴った。画面には「非通知」と表示されている。

彼は少し躊躇ったが、結局受話器を取った。


「健太くん?私、田中といいます。お願いがあります。」


声は震えていた。彼女の言葉の端々には、明らかに恐怖が滲んでいた。


「どうしたんですか?」健太は興味を持ち、電話越しではあるが背筋が伸びる。


「私の家に、何かがいるんです。物が勝手に動いたり、冷たい風が吹いたり…もう耐えられなくて。」彼女の声はか細く、まるで風に吹かれた花びらのようだった。


「分かった。アナタの家に行くよ。」健太は心に決めた。

彼はこの仕事に慣れていたが、何か特別なものを感じた。

彼女の恐怖が、彼を引き寄せたのだ。


夜が更け、彼女の家へ向かうと、周囲は不気味な静けさに包まれていた。

木々の間を吹き抜ける風の音が、まるで誰かの囁きのように聞こえる。

彼女の家は、古い木造の二階建てで、月明かりに照らされている姿はどこか不気味だ。


「ここです。」田中が扉を開けた瞬間、冷気が流れ込み、健太は思わず身震いした。部屋の中は薄暗く、カーテンは開けられたままだが、外からの光はほとんど届かない。


「どんなことがあった?」健太は尋ねる。


田中は手を震わせながら、ソファに座り込んだ。

「夜中に、ずっと誰かが私を見ている気がするの…それに、最近、何かが私の名前を呼ぶの。」


健太は彼女の様子をじっと観察した。

目の下に隈があり、彼女の髪は乱れている。

明らかに彼女は疲れている。心の奥底で彼女の恐れが伝わってきた。


「大丈夫、僕が助けるから。」健太は心に誓った。

彼は持ってきた呪符を手に取り、部屋の中心で呪文を唱え始めた。

彼の声は小さく、しかし確かな力強さを持っていた。


「この家にいる者よ、出て行け…」


その瞬間、部屋の温度が急激に下がり、まるで何かが動いたような感覚が走った。

健太は目を閉じ、集中する。

けれども、彼の心の中に不安が広がった。

何かが、彼を拒絶しているような気がした。


「健太くん!何か…」彼女が叫ぶ。


その声が耳に入ると同時に、健太は目を開けた。

目の前には、真っ白な影が立っていた。

まるで霧のようにふわふわと漂い、いつの間にか彼のすぐそばにいた。

目は空洞で、そこに何もない。


「出て行け!」健太の心の叫びが、呪文となって影に向かった。


影は一瞬、怯んだように見えた。

しかし、次の瞬間、彼の体を貫くような冷気が押し寄せ、彼は膝をついた。

健太の心に恐怖が広がり、彼は自分が何をしているのか分からなくなった。


「やめて!私を助けて!」彼女の叫び声が、健太を現実に引き戻した。


健太は必死に立ち上がり、もう一度呪文を唱えた。

今度は、自分の心の中から湧き上がる力を信じて。

彼の声が響き渡ると、影は一瞬揺らいで、そして消えた。


部屋に再び静けさが戻った。

健太はふらふらと立ち上がり、彼女を見た。

彼女の目には涙が溜まっていたが、その表情には安堵の色が浮かんでいた。


「ありがとう…本当にありがとう。」

彼女は健太の手を握りしめ、感謝の言葉を口にした。


しかし、健太は心の中に重いものを感じていた。

あの影はただの霊ではない。何か不気味な存在だった。

それを退けることで、自分自身が呪われたのではないか。

健太はその疑念から逃げられなかった。


その後、健太は彼女の家を後にし、心の中に小さな不安を抱えたまま、帰路についた。健太は自分の力を信じたいと思ったが、心のどこかでその影がいつか自分に戻ってくるのではないかと恐れていた。


その夜、健太の夢にあの影が現れた。

彼は逃げようとしたが、足が動かない。

影は彼に近づき、静かに囁いた。


「お前も、呪いを背負うことになる。」


弾けるように飛び起きた、健太は、冷や汗をかいていた。


「おもしろい…」健太は呟く


自分の選んだ道を振り返った。

呪いの代行は、果たして本当に人を助けることなのか。

それとも、自分自身を呪う道なのか。


彼はその答えを探す旅に出る決意を固めた。

だが、果たしてその旅はどれほど危険なものなのか、彼にはまだ分からなかった。

彼の周りに潜む影は、いつか彼を飲み込む運命にあるのかもしれない。

それでも、健太は自らの道を歩み続けることを選んだ。

彼の心に芽生えたのは、恐れではなく、探求の情熱だった。

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呪いの代行 からし @KARSHI

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