妹の恋 ~another side~
~another side 岸和田東吾~
ある日の放課後。岸和田東吾が帰宅すると、彼の妹である渚はすでに帰宅しており、部屋着に着替えてリビングのソファに寝転び、雑誌を読みふけっていた。
「アニキ、おかえり」
「ああ、ただいま」
2人の兄妹仲は悪くない。思春期になるとお互いに反発したり、無関心になったりする兄妹が多い事を考えるとむしろ仲が良い方である。
東吾は2階にある自分の部屋に上がり、制服を脱いで部屋着に着替える。
9月末とは言ってもまだまだ暑い。彼の脱いだ制服のYシャツは汗でベチョベチョに湿っていた。部屋着に着替えた彼は汗で濡れたYシャツを持って階段を降り、1階の脱衣所にある洗濯カゴの中に放り込む。
次に彼は冷たい飲み物を求めて、ダイニングルームへ足を向けた。
冷蔵庫を開け、キンキンに冷えた麦茶をコップに注いで一気に飲み干す。
火照った身体を冷たい麦茶が冷却する。暑い時期はやはりこの瞬間がたまらない。
彼はコップにもう1杯麦茶を注ぐと、次はエアコンの冷風を求めて妹のいるリビングに移動した。
妹は東吾が帰宅した時と変わらずソファに寝そべりながら難しい顔で雑誌を読んでいる。その恰好は女性用タンクトップにピンク色のパンツのみ…というラフすぎる格好だった。しかも肩にブラ紐が見えない事から上の下着も着けていないようだ。
いくら家の中とはいえ、兄としては一言いいたくなる。
「なぁ渚、その恰好ちょっとラフすぎやしないか? せめてズボン穿けよ」
「だって暑いんだもん。いいじゃん、家の中だし。それにアニキだって私と同じような格好じゃん」
「それはそうなんだが…お前は女の子だろ? もう少し隠せ」
そう言う東吾の格好もTシャツにトランクスという非常にラフな格好だった。兄妹で似た者同士と言えばその通りなのであるが、女の子である渚にはもう少しちゃんとした格好をして欲しいと東吾は思っていた。
兄の言葉に妹はめんどくさそうな顔をして部屋を出て行き、下にショーパンを穿いて戻ってきた。東吾は「まぁ…いいか」と思いつつ、エアコンの前に立ち冷風を浴びる。
「今日母ちゃん遅くなるんだっけ? 晩飯どうする?」
何気なく浮かんだ疑問を東吾は妹に問いかけた。だが妹からの返答はなかった。
「渚?」
彼は返答しない妹の方を振り返り、再び声をかける。
渚は雑誌に夢中のようだった。一心不乱に雑誌を読みふけっている。
一体何の雑誌を読んでいるんだと東吾は雑誌の表紙を凝視した。
「あれは…」
数日前に妹が熱心に読んでいた雑誌と同じ物のようだ。有名なファッション雑誌でその表紙には『女子高生必見! 意中の男性を振り向かせるための方法特集 これをやれば思わず男はキュンとなる!!』と書いてある。
頭の中で数日前の昼休みの出来事が思い出される。
そういえば…その時に浮かんだ疑念をまだ払拭していないままであった。
もしかすると妹は…。
彼はその疑念を確認するため、妹に問いかけた。
「なぁお前…和久の事が好きなのか?」
バサッ
「ふぎゃ!?」
東吾の言葉に明らかに妹は取り乱し、寝転びながら読んでいた雑誌を顔の上に落とした。
「にゃにゃにゃ、にゃにを言っているのかにゃ!? このバカアニキは!?」
妹は雑誌を顔の上から取り払い、顔を真っ赤に染めて東吾に詰め寄る。
その反応を見て兄は色々察した。我が妹ながら分かりやすすぎる。そしてそんな兄の顔を見て、妹も観念したようだ。
そこは兄妹、長い付き合いだ。お互いの顔色から色々読み取れる。
「そうよ! 私は和久先輩の事が好きなの! だから先輩を堕とすための方法を勉強中なの! 悪い!?」
そして逆ギレしながらも認めた。自分が和久に好意を抱いている事を。
思い返してみれば、中学の後半あたりから妹は和久と仲の良い先輩・後輩という関係以上に距離が近いと思う事がままあった。あれはこういう事だったのかと改めて合点がいった。
小さい頃は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と自分の後ろをついてきたあの妹が、もう色恋を知る年になってしまったのだなぁと彼はその事実を感嘆深く思った。
妹の好きな相手が和久ならある意味安心だ。どこの馬の骨とも分からない男よりはよほど信頼できる。
しかし同時にめんどくさい事になったと彼は頭を悩ませた。
和久は現在同じクラスの女の子・七尾茉莉を攻略中なのだ。
そこに妹が参戦したとしても…勝ち目は薄いと思われる。というより邪魔に思われる可能性の方が高い。
兄としては妹を応援してやりたいという気持ちがあった。ところが東吾はすでに和久に協力すると約束してしまっていた。
妹と友人、どちらを取ればいいのか究極の選択である。どちらも彼にとっては大事な存在なのだ。
悩みに悩んだ末、彼は先に約束を取り付けた友人の方を取る事にした。
口ごもりながらも妹に「和久には現在仲の良い女の子がいる」事を告げる。
彼がこのように告げたのは和久がやろうとしている事を全て妹に話してしまうと、更にややこしい事態になると思ったからだ。
なので妹にこう伝え、それとなく諦めさせようとしたのである。
しかしこの判断は彼の予想外の結果に進む事になってしまった。
諦めさせようと言葉を放った東吾の意図とは逆に、渚に火が付いたのだ。
平凡な容姿をしている東吾に比べ、妹は美人だった母親の遺伝子を色濃く受け継いでいた。つまりモテる。故に妹は自分にかなり自信を持っている事を東吾は失念していた。
「ふぅ~ん…上等じゃない。私の方がそんな女より先輩に相応しいって思い知らせてやるわ。まずは敵情視察に行かないとね。アニキ、明日2年の教室に行くからどの娘か教えてね。あっ、当然だけど私が先輩の事好きなのはナイショにしててね」
妹は自信満々な顔をしてそう答えた。
良かれと思って放った自分の発言で更にめんどくさい事態になってしまった。
東吾は「どうすればいいんだこの状況…」と頭を抱えた。
◇◇◇
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