鳥羽グループ ~another side~ 

~another side 鳥羽隼人~


「クックックック…。あの陰キャチー牛。順調に茉莉に篭絡されていってるな。俺たちがあいつを騙そうとしてるとも知らずによ」


 2限目の休み時間、鳥羽隼人は楽しそうに会話をする七尾茉莉と松倉和久の姿を見てほくそ笑んでいた。


 一昨日の放課後、隼人は自分のグループに属する茉莉にゲームに負けた罰として嘘告する事を命令した。


 理由は簡単、面白いからだ。この世に他人を馬鹿にする事ほど面白い事は無い。


 このクラスは隼人率いる陽キャグループが実質的に支配しているようなものだった。


 カースト上位の隼人のグループと下位のそれ以外の有象無象とに分かれ、隼人のグループに属する者は彼の庇護の元その多大な恩恵を受けられるが、それ以外のカス共はその煽りを受ける。


 自分はこのクラスの「王」なのだと、隼人は自負していた。クラスの誰もが自分の命令に従い、誰もが自分に媚びへつらう。


 隼人の命令に従わない者は彼の庇護から抜ける事を意味する。だからみんな彼の命令には従うのだ。


 最初は隼人の命令に渋っていた茉莉だったが、それを理解しているからこそ最終的には彼の命令に従った。彼女も陽キャグループの一員でいたいのだ。


「茉莉、案外やるじゃない。あの子結構トロい所あるから、陰キャを惚れさせる事すらできないと思っていたけど」


 隼人の隣でそう囁くのは同じく陽キャグループに属する松坂由奈まつざかゆなだ。


 由奈は隼人の彼女だ。このクラスで1番隼人と気が合い、彼の思いつく事にあれこれ面白そうな助言をしてくれる。中々出来た女だと気に入っていた。


 隼人がクラスの「王」なら、由奈はさながらクラスの「女王」である。


 先ほど「陰キャチー牛とL〇neを交換して、メッセージのやりとりをしろ。その方が嘘告を成功させやすくなる」と茉莉に提案したのも彼女だ。


 その提案に「なるほど」と隼人も思った。確かにその方が陰キャはより彼女に入れ込むだろう。まさか自分に親し気にメッセージを送ってくれる相手が、自分を騙そうとしているとは夢にも思うまい。


 茉莉が見せた偽りの好意にあいつは簡単に騙されてくれるはずだ。やはり彼女は良い助言をしてくれる。


 陰キャが茉莉に惚れるまで1、2カ月…ひょっとすると3カ月ぐらいはかかるかと思っていたのだが、この分ならひと月と待たず、陰キャが嘘告に騙される無様な姿を目の当たりにできるかもしれない。


「そういえば隼人、嘘告の相手ってなんで松倉なの? 他にも騙して面白そうなチギュカス一杯いるじゃん?」


「ああ、あいつは前々から気に入らなかったんだ。だから今回嘘告して大恥をかかせてやろうと思ってな」


 隼人は過去に和久と因縁があった。それをこの機会に晴らしてやろうと思い、彼を嘘告のターゲットに指定したのだ。


「あぁ…楽しみだなぁ。あのクソ生意気な陰キャチー牛の顔が絶望に染まるの」


 隼人はその時の光景を頭の中に思い浮かべながら夢想した。


 当の和久本人はその企みに気づいているとも知らずに。



○○〇



~another side 七尾茉莉~


「はぁ…」


 茉莉の気分は憂鬱だった。超絶陰キャだった中学時代から一転、イメチェンし陽キャグループに入れたまでは良かった。


 ところが元々陰キャであった茉莉と生粋の陽キャたちの考え方は時たま合わない事があった。


 陽キャグループのリーダー隼人に「嘘告をしろ」と命令された時なんてまさにそうだ。


 彼らからすると他人を騙し、馬鹿にする行為は面白い事なのかもしれない。だが茉莉にはその面白さが理解できなかった。


 最初はなんとか断ろうとした。でも自分に意気地がなくて渋々承諾してしまった。隼人の命令を断れば、グループ内で確実にイジメられる立場になってしまう。それが恐ろしかったのだ。


 茉莉は嘘告を命じられた相手をチラリと見る。


 名前は松倉和久。


 彼の友人たち…岸和田や苗木とよく話している姿を見かけるが、それ以外のクラスメイトと話しているのをあまり見た事は無い。茉莉もあまり話した事がないのでよく性格を知らなかった。


 彼に対しプラスの感情もマイナスの感情も持っていない。もちろん恨みもない。しかし自分がイジメられるのを回避するために、やらなくてはならなかった。


「(ごめん…松倉っち)」


 茉莉は心の中で謝罪しながら、和久に話しかけた。


 「や、やっほ、松倉っち!」


 陽キャグループのナンバー2、隼人の彼女である由奈に「陰キャとL〇neを交換しろ」と言われたのだ。


 その方が嘘告を成功させやすくなるのだという。彼女の命令は実質隼人の命令に等しい。なので受け入れざるを得なかった。


 改めて、彼と会話してみて驚いた。


 どうやって彼からL〇neのIDを聞き出すべく話を広げようかと頭を悩ませていたのだが、気づけば彼女は自然に彼のL〇neを聞いてしまっていたのだ。


 茉莉は当初、和久の事を少数の友人としか仲良くしていない事から「コミュニケーション能力が低いのかな?」と思っていた。


 しかし実際に話してみると全然そんな事はなかったのだ。


 むしろ話しやすい相手だと茉莉は感じた。


 今回はたまたま彼女の好きな唐揚げの話になったのだが、嘘告の件など忘れてつい猛烈な勢いで話してしまった。


 オタクの悪い癖が出てしまったと茉莉は後に反省した。好きな物の話になると早口になってしまう悪い癖。


 彼女は仲間内では隠しているが、結構ディープなオタクなのだ。アニメや漫画も見るし、グッズも集める。


 ところが和久は嫌な顔ひとつせずに茉莉の話を聞いてくれた。それが少し嬉しかった。


 これが陽キャグループ内だと「茉莉、お前の話長い」と言われて一蹴される。


 その夜、和久からL〇neでメッセージが届いた。


 彼は相変わらず話が上手くて…1時間ほどL〇neでの会話に熱中してしまっていた。


 茉莉は和久との会話を「楽しい」と思うようになっていた。


 彼女がこれほど会話を楽しいと感じたのは中学時代のオタク友達と話した時以来だ。異性だと彼が初めてかもしれない。


 次の日、和久の方から茉莉に話しかけてきた。


 彼から「俺たち気が合うのかも」と言われ「確かに彼とは気が合うかもしれない」と思った。


 それに加えて、前々から欲しいと思っていたキーホルダーも貰ってしまった。何かお返しもしなくてはならない。


 プラスでもマイナスでもなかった茉莉の和久への感情は、明らかにプラスの方へと変化していた。


 しかし茉莉は和久との会話を楽しいと感じながらも、同時に気の合う相手を騙している事に心を痛ませた。



◇◇◇

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