後輩の襲撃

 午前中の授業が終わり、昼休み。俺はトーゴと共に購買で昼食を購入し、中庭のベンチに座ってそれを貪り食っていた。


「やっぱうめぇな。焼きそばパン」


 パサパサのパンにプチプチ切れる麺、気持ち程度に乗っている紅ショウガ。お世辞にも高級とは言えないなんともチープな食べ物だが、それがいい。「こういうのでいいんだよ」の典型である。


「昼休みは七尾さんと一緒に居なくていいのか? その…単純接触なんちゃらって奴」


 トーゴがラスクをかじりながら俺に質問してきた。


「それはもうちょっと仲良くなってからかな? 何事も段階ってものがある。俺たちが本格的に話し始めたのは昨日からだし、おそらく七尾さんの中で今の俺の立ち位置はただのクラスメイトと友達の中間ぐらいだと思う。その程度の仲の奴がいきなり『一緒に飯食おうぜ!』と突っ込んでいくのもな。せっかく仲良くなりかけているのに逆にドン引きされる可能性が高い」


「…そういうもんか」


 トーゴはラスクをかみ砕きながら、俺の話を頭の中で整理しているようだった。


 まぁ恋愛関係の話は難しいからな。人によって、時と場合によって解が異なる…という場合が多すぎる。正直俺も暗中模索している状態なのだ。


「ま、焦らずに行くさ」


 恋愛はよく魚釣りに例えられる。


 例えるなら今は魚を釣り上げるための前準備をしている段階だ。目当ての魚が釣れる時間帯を見極め、まき餌をまいている…と言えばいいだろうか。


 釣りに焦りは禁物だ。焦らずに獲物が釣針に引っかかるのを待ち、引っかかったところを一気に釣り上げるのだ。


 焼きそばパンを食べ終わった俺は一緒に買ったソーセージドッグに手を伸ばす。食べ盛りの高校生の昼食がパン1個では流石に足りない。


「あー! 先輩発見!」


 ソーセージドッグの封を開けたところで、突然声がして俺はそちらを振りむいた。


 校舎の渡り廊下から茶髪で髪をポニーテールにまとめた女の子がこちらに手を振りながら走って来ていた。


「渚ちゃんか、久しぶりだな」


「はい、お久しぶりです! あっ、ソーセージドッグじゃないですか! 私にもひと口くーださい♪」


 餌を待つ犬のように大口を開けて俺にソーセージドッグをねだっているのは岸和田渚きしわだなぎさ


 名字から分かる通り、トーゴの妹だ。俺たちとは1歳差で高校1年生になる。


 以前にも説明したが…トーゴと俺は小さい頃から腐れ縁の幼馴染であり、その縁で彼の妹である渚ちゃんともよく一緒に遊んでいた。なので俺にとっても妹のような存在だ。


 平凡な顔をしているトーゴと比べ、彼女は(黙っていれば)美人系の顔をしており、中々異性人気が高いと聞いている。トーゴ曰く、母ちゃんの遺伝子が強く出ているのだそうだ。


「こら渚! 人の物をねだるんじゃない。母ちゃんからちゃんと小遣い貰ってるだろ? 自分の金で買え!」


「えぇー、私もソーセージドッグ食べたいんですぅ。ダメですかぁ?」


 渚ちゃんは俺にキラキラとおねだりの眼差しを向けて来る。


 …昔から彼女のこれには勝てないんだよな。全く、おねだり上手に育ったもんだ。


「いいよ。ほら」


 俺はソーセージドッグを彼女の方に差し出した。妹のような存在のおねだりに兄なら答えるべきだろう。


「わーい! 流石先輩! アニキのケチンボ!」


「何がケチンボだ! お前も軽率に承諾するんじゃねぇよ。妹の教育に良くない!」


「まぁまぁ、これぐらい良いじゃないか。ほら、遠慮なく食べな」


「ありがとうございまーす! あーむ。うーん、美味しい!」


 渚ちゃんは俺の差し出したソーセージドッグにかぶりつき、ご満悦のようだった。しかし彼女はその後、何やら意味深な表情をして俺の方を見つめて来る。


「…で、先輩。どうですか?」


「どうって? …ああ、味か? いつも通り美味いよ」


 俺は渚ちゃんがかじった後のソーセージドッグを頬張る。


 うん、美味い。パサパサのパンに硬いソーセージ。それにピリッと辛いマスタードが良いアクセントになっている。


「………」


 それを聞いた彼女は何故かジト目で俺を睨む。そしておもむろにポケットからメモ帳を取り出すと、後ろを向いて何かをメモし始めた。


「(先輩に初心な後輩のフリをしての関節キス攻撃は効かない)…っと」


「何やってんの渚ちゃん?」


「えっ? いやぁ、何でもないですよ。ただ実験結果を記録しているだけで…あはは」


 彼女はいそいそとメモ帳をポケットにしまいながら、俺の問いをはぐらかした。


「そういやお前昨日変な雑誌読んで…」


「あー! アニキの口元にスズメバチが止まってるよ! 大変、ひねり潰さなきゃ!」


「うぐっ…」


 隣にいたトーゴが顎に手を当て、思い出したように何かを呟く。ところが何かを言いかけた彼の口を渚ちゃんが急いで塞いだ。


 凄ぇ…早すぎて手の動きが見えなかった。


「(それ言ったらアニキがこの前エロ本大量にFA〇ZAで購入してたのお母さんにバラすから!)」


「んー! んー!」


 渚ちゃんがトーゴに何事か耳打ちすると、彼は凄い勢いで頷き始める。


 それを確認した渚ちゃんはゆっくりトーゴの口元から手を離した。口元を解放されたトーゴはゼェゼェと荒く呼吸し、必死に酸素を肺にかき集めている。


 俺がその光景に圧倒されていると「キーンコーンカーンコーン!」と昼休み終了を告げるベルが校内に鳴り響いた。昼休み終了である。


「時間切れか…。じゃ、せーんぱい♪ また会いましょう」


「ああ、またね」


 渚ちゃんはそう言うと颯爽と中庭から去って行った。


「さて、俺たちも教室に戻るか。英語の柿崎、授業に遅れるとうるさいんだよな」


 教室に戻るべく、ベンチから立ち上がる。


「ん? んんん? 待てよ…。昨日あいつが読んでいた雑誌名からすると…もしかして?」


 しかしトーゴは奇妙な声を出してぶつぶつ独り言を呟いていた。


「どうした?」


「いや、お前って七尾さんを攻略するんだよな?」


「一昨日からそう言ってるじゃないか」


「…これは少しめんどくさい事になったかもしれんな」


 トーゴは悩まし気な顔をしながら、俺の顔をマジマジと見る。


「何だよ一体? ハッキリ言えよ」


「いや、今の時点ではまだ予想にすぎん。俺の勘違いという事もありえるし…。確定したら改めて話すよ」


「???」


 意味深な事を言い始めたトーゴを疑問に思いながら教室に戻った。



◇◇◇

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