早速向こうは動き始める
翌日、朝のSHR前に俺はある人物の所を訪ねていた。
…といっても、そいつも同じクラスなのだが。
「おう苗木、今日も朝飯抜きか?」
「ンァ? なんだ松倉カァ…。うん、そう。寝坊して朝飯食べられなかっタ…」
机に突っ伏していた顔をダルそうにあげたのは
彼女は寝起きが悪いらしく、かなりの確率で朝飯を食べ損ねてグッタリしている。本日も寝坊して朝飯を食い損ねたらしい。
「そうだと思って。ほら、サンドイッチ食うか?」
「いいのカ?」
「ああ、遠慮なく食え」
目の前に餌のサンドイッチをぶら下げた途端、苗木はガバっと顔を輝かせる。
まったく…現金な奴だ。まぁこいつを餌付けするために買ったんだから、どんどん食べてくれて構わないんだけど。
苗木はサンドイッチの封を開け、女の子らしからぬ大口でそれを頬張った。よほど腹が減っていたのだろう。
「ふぅ…ちょっとはお腹がマシになったカナ?」
「それは良かった。それでなんだが…お前にちょっと頼みがあってな」
「ほほぅ…この私に頼みトナ? なるほど、松倉が私にサンドイッチを恵んでくれたのはそれが目的という事カ。いいだろう。一食分の恩義は返そうではないカ。何が目的ダ? ハッ! もしや…私のカラダ!?」
「いや、いらんよ」
朝食を食べてエネルギーを補充した事により、エンジンがかかったらしい。こいつはこういう奴なのだ。「変人」という言葉がしっくりくる。なので友達も少ない。
「…そう直球で否定されると、それはそれで悲しいものダナ。ま、貧相なのは自覚しているがネ」
「………」
苗木は両手でペタペタと自分のマッタイラーな胸を触る。…そういうのは男子の目の無い所でやって欲しいものだ。
「それで…私に頼みトハ?」
「ああ、七尾茉莉について情報が欲しい」
「七尾茉莉? うちのクラスのカ?」
「ああ」
七尾さんを救うため、彼女を惚れさせる事は確定した。しかし、惚れさせようにも俺は彼女の事をあまりよく知らない。
そこで苗木の出番である。
彼女は所謂学校の「情報通」という奴であり、家族構成、趣味、小・中学時代の出来事、友人関係、スリーサイズ…その他もろもろ。「それどこから仕入れてきたの?」というような情報まで持ってくる事がある。
情報はいつの時代もどのような状況でも武器になる。彼女を攻略するために少しでも情報を仕入れておきたかった。
「まぁいい。余計な詮索はせんヨ。少し時間をクレ。情報を集めたら松倉のスマホに送っておこウ」
「助かる」
俺は苗木に依頼をすると自分の席に戻った。
○○〇
続く1限目の休み時間。俺は次の授業の準備をしながら、前の席に座るトーゴと会話していた。
「そういえばそろそろ文化祭の季節だな。ウチのクラスは何やるんだろうな?」
「さぁ? でもどうせ鳥羽たちの意向で決まるだろ?」
ウチのクラスのイベントの決定権はほぼ鳥羽率いる陽キャグループが握っていると言っていい。誰も彼らの唱えた案に反対しないので、必然的にそうなってしまうのだ。
…ウチのクラスがこうなってしまったのは今年の4月にあった修学旅行のコース決めまで遡る。
ウチの学校の修学旅行の行き先は京都で、その中で金閣寺などが見れる「嵐山コース」、清水寺などが見れる「東山コース」、二条城などが見れる「京都中央コース」等、いくつかクラスで自由に選べるコースがあった。
その修学旅行のコースを決めるクラス会議で最初に鳥羽が「金閣寺が見たい!」と嵐山コースを希望した。
次に高槻というクラスメイトが「俺は清水寺に行きたい!」と東山コースを希望した。4月なのでまだクラスメイトたちの性格もよく分かっていない時期である。
その東山コースを希望した高槻君に対し、鳥羽グループが牙をむいたのだ。
「空気読めよお前、鳥羽君が金閣寺見たいつってるだろ!」「調子に乗んな陰キャ。お前らに選択権なんてねぇんだよ」「陰キャキモ。清水寺とかいかにも陰キャが好きそうなところだわ。ウチら陽キャはやっぱり金ピカの金閣寺よね!」
もちろんその場にいた担任教師である浜松は鳥羽たちに注意した。彼らは表面上はそれで黙ったが、高槻君をずっと睨み続けた。
鳥羽たちにボコボコに叩かれた当の高槻君は希望を取り下げてしまい、それを見た他のクラスメイトも別の案を口にしなかった。
結局、クラスで自由に選べる目的地は鳥羽の希望通り「嵐山コース」に決定してしまった。
可哀そうな事に高槻君の不幸はそれだけでは終わらなかった。彼はクラス会議が終わった後、男子トイレで鳥羽たちに土下座させられたらしい。
この事件以降、鳥羽たちの希望に異を唱える者は誰もいなくなってしまった。仮に彼らの唱えた案に反対しようものなら、自分たちがボコボコに叩かれてしまう。だから誰も彼らに反対しようとしない。
ウチのクラスで鳥羽の意見が絶対に通るのはこれが理由である。みんな自分が不幸な目に会いたくないのだ。
鳥羽グループの人間はその恩恵を受けられ、そうでない人間は彼らに忖度をしなければならない。七尾さんがあのグループに所属する事に拘っているのも、もしかするとそういう理由からかもしれない。
○○〇
「や、やっほ、松倉っち!」
トーゴとそんな会話をしていると、突然七尾さんが話しかけてきた。
俺は突如として現れた七尾さんに驚くも、廊下側の席でニヤニヤしながらこちらを観察している鳥羽たちの姿を見て察した。
七尾さんは彼らに命令されて俺に話しかけてきているのだ。
彼女は表面上はニコニコといつも通りの笑顔ではあったが、やはりどこかぎこちなさが残っていた。俺に対する罪悪感からだろうか。
俺はそれに気が付かないフリをしながら、彼女に返答する。
「珍しいね。七尾さんが俺に話しかけてくるの」
「う、うん。もうこのクラスになって随分経つけど、松倉っちとはあんまり絡めてないなと思って話しかけたの」
「そういえば俺も七尾さんと話したのって数回しか記憶に無いわ。この機会に仲良くなれるといいな」
彼女は自慢のサイドテールを揺らしながら、俺の隣の席に腰掛けて話を続けた。
「何の話をしてたの?」
「文化祭の話。ウチのクラスの出し物何になるんだろうなって」
「文化祭かぁ…。あたしは飲食系が良いな」
「たこ焼きとかタピオカジュースとか?」
「そうそう。お好み焼きとかチョコバナナとかも好き! ってこれじゃあ、あたしが食い意地はっているように思われちゃうね。たはは…」
「七尾さんって結構食べるの好きな人?」
「す、好きだけど、そんなに一杯食べてるわけじゃないからね!」
「ちなみに1番好きなのは?」
「う~ん…悩むけど、今ハマってるのは…ほら、最近町に唐揚げの屋台増えてるじゃない? だから各屋台の食べ比べとかにハマってるかな」
「へぇ、いいね。七尾さん的にはどこのが美味しいの?」
さて、彼女となんてことのない会話を繰り広げている訳だが…実はこれも俺の作戦のうちである。作戦はもうすでに稼働しているのだ。
彼女に好きになって貰うにはまず俺との会話を「楽しい」と思うようになって貰わなくてはならない。
一緒に居てつまらない。特に会話がつまらないのは致命的だ。そんな相手に好意など抱かないだろう。
そのために現在俺がやっている事。それは彼女の話の「聞き役」に徹している事である。
人は誰しも自分の話を聞いて貰いたい、自分の事を知って貰いたいという欲望がある。特に女性はこの傾向が強い。
彼女の話に「うんうん、そうだね」と相槌を打ち、たまに質問してやる。もちろんこの質問は相手が質問して欲しいと思っている事を質問してやる。
そういう風に気持ちよく会話させてやる事で、俺との会話が楽しいものだと思わせるのだ。
この作戦は結構ハマったらしく、七尾さんは町にある唐揚げ屋台の細かな味の違いを早口で俺に説明してきた。
というか彼女…結構な店の数回ってるんだな。
「あっ…ごめん、あたしの話ばかりしてたね」
「俺も人の話聞くの好きだし、全然構わないよ。もしろもっと七尾さんの話聞きたいな」
「あ、アリガト…。そう言って貰えると嬉しい。あっそうだ! じゃああたしとL〇ne交換しない? これでいつでも会話できるし」
「そうだね。じゃあ交換しようか」
彼女は俺にスマホを差し出し、QRコードの画面を見せてきた。俺はそれを読み込み、彼女のIDを登録する。
俺のL〇neの友達欄に「まつり」という名前が追加された。
フッフッフ。これで目的の1つをクリアしたぞ。
「おーい、席につけ! 授業始めるぞ!」
「あ、先生来ちゃった。じゃあまたね」
そこで丁度次の授業担当の教師が教室に入って来た。七尾さんは俺に軽く手を振って自分の席に戻って行った。
「おい、嘘告してくる相手とL〇neの交換なんてして大丈夫なのか?」
「七尾さんを惚れさせるには、知ってなきゃダメだろ?」
「お前それ本気だったのかよ!?」
トーゴが俺を心配してそんな事を言ってくるが、これも計算の内だった。
現代日本において、意中の相手を堕とすには、まずその個人連絡先を知る事がスタートラインとされている。
個人連絡先を知る事で、より相手と密接なコミュニケーションがとれるようになり、親愛関係のアップに繋がるからだ。むしろ相手の連絡先を知らないのに、友人以上の関係に発展するなんてほぼあり得ないだろう。
もしかすると鳥羽からの命令で「俺とL〇neを交換しろ」と言われているのかもしれないが、逆にそれを利用して七尾さんの親愛を勝ち取ればいいだけの話だ。
少しずつ、少しずつ彼女を堕とすための作戦は進んでいた。
◇◇◇
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