第3話

カオリは荒廃した農地を再生し、電気工事技術・再エネ・AI の力を組み

合わせて新しい農業モデルを模索中。

父・孝三郎は電気工事でサポート、母・雪江は昔の農業経験を活かし雑草取りや土壌改善で

手助け。

AI スタッフ(ティカ、フル、テン、ワキメ、シタバ、ソラ)との仮想的な対話を深め、土壌

管理やブランディング、物流戦略まで多面的な提案をもらう。

地域はまだ懐疑的だが、少しずつカオリの活動に興味を示す者も現れ始める。

カオリはミニトマトなど小規模栽培で成果を出し始め、将来の多品目化や観光農園構想を

思い描く。

雨が続いた。空は雲に覆われ、畑は湿気を孕んでいる。葉先から滴る水滴が、土の上で小さ

な音を立てる。カオリは長靴を穿いて畝の間を歩き、苗の状態を確かめる。過剰な湿気で葉

に黒斑が浮かぶものもあり、心がざわつく。この長雨を乗り切るにはどうすればいいか。

昼下がり、簡易ハウスの中でノートPC を広げ、AI たちに呼びかける。「ティカ、フル、

ちょっと緊急相談よ。長雨で病害が出始めたみたい」

ティカが即座に応じる。「気象データによれば、あと数日は続きそうですね。フル、病害

虫対策は?」

フルは落ち着いた声で「病害の特定が必要ですが、一般的には風通しを改善し、適度な防

除剤の使用が有効。シタバ、現場データから特定できますか?」

シタバは「先日インプットした病害データベースと照合します。画面に該当する病斑写真

はありますか?」

カオリはスマホで撮った病斑写真をアップロードすると、シタバは数秒で「これはX 病

害の可能性。低温高湿条件で発生しやすい。防除剤ABC を希釈したスプレー散布、または

軽い剪定が有効です」と結論づける。

ワキメは「この時期、市場価格も不安定ですから、無理に出荷量を増やすより品質重視で

いきましょう」と提案し、ソラは「SNS で『雨の日の農園の様子』を発信して、天候苦難を

共有すればファンが応援してくれるかもしれません」と付け足す。テンは「見学予定の方が

いるなら、延期連絡や雨でも楽しめる工夫を」とアドバイスする。

カオリは短く笑みを浮かべる。「わかった。病害対策を優先しよう。それから、この状況

を逆手に取ってストーリーを発信するのもいいアイデアね。ありがとう」

父・孝三郎がハウスの入り口に現れ、タオルで首筋の汗を拭きながら「どうだ、対策は見

えたか?」と尋ねる。

「うん、防除剤と剪定で乗り切るしかないわね。お父さん、その防除剤、倉庫にあったっ

け?」

孝三郎は頷く。「昔の在庫が少し残ってた気がする。使えるか確認しよう」

二人は倉庫で埃まみれの棚を探し、ラベルの剥げかけた瓶を見つける。雪江も合流し、「懐

かしいわね、昔はこれを使って梅雨を乗り切ったっけ」とつぶやく。その昔話は、今のカオ

リにとって生きた知恵だ。単なる農薬使用ではなく、適切な希釈やタイミングを守ることが

肝心だと雪江は教える。

翌朝、小雨の中、カオリは散布作業を行う。過剰な湿度を避けるため、可能な範囲で風通

しを改善し、病気の出た葉は軽く剪定した。手間がかかるが、この土地で作物を育てるには、

細やかなケアが必須だ。

昼頃、雨が一時的に止み、薄日が差した。カオリはその隙に畑の写真を撮り、SNS にアッ

プする。「長雨の中でも、小さな実が耐えています。自然相手の試練ですが、一歩ずつ前へ!」

と書き添える。フォロワーはまだ少ないが、数人が「頑張って」「農業大変そうだけど応援

してる」とコメントをくれる。その些細な反応がカオリには大きな慰めだ。

夜、パソコン越しにティカたちと話す。「今日、防除作業をしたけど、正直、効果が出る

まで不安ね」

ティカは「農業は結果がすぐには現れません。ですが、対策を講じたこと自体が前進です」

と穏やかに言う。フルは「土壌微生物環境を整えれば病害に強い土になるし、シタバは今後

気象データから梅雨期のリスクカレンダーを作成できます」と新提案。ワキメは「収量が減

っても品質を守ればファンは離れない」、ソラは「雨の日の写真が意外に好評みたいですよ。

独特の静けさが魅力かも」、テンは「訪問者向けに雨天プログラムを考えましょう。室内で

の味比べ会とか」と夢を広げる。

カオリはディスプレイを見つめ、胸が熱くなる。失敗や苦難を、彼らは冷静に分析し、新

たな可能性を掘り起こしてくれる。人間だったら、感情的な同情や励ましが返るかもしれな

いが、AI たちの言葉は常に建設的だ。客観的な提言は、カオリに再起の力を与える。

数日後、長雨がようやく止み、空は青みを取り戻した。畑に出ると、病気の拡大は抑えら

れ、実もいくらか色づいてきた。カオリはほっと息を吐く。「なんとか乗り切った……」

孝三郎が側に立ち、腕を組む。「お前、まあよくここまで粘るな。俺だったら諦めてたか

もな」

カオリは笑う。「お父さんが電気まわりをサポートしてくれてるからよ。お母さんも農業

経験を共有してくれるし、AI もいてくれる。私一人だったらもうギブアップしてたかもね」

雪江がハーブを摘んできて、「このハーブ、トマトサラダに使うと美味しいわ。新しい味

を作って、直売所で試食させてみたら?」と提案。カオリは目を輝かせる。「それいいね!

味の変化を楽しめるって、顧客にも面白いでしょ?ソラが提案してたブランドイメージに

も合うし、テンの接客ノウハウでイベント形式にできるかも」

カオリはすぐにパソコンを開き、ティカたちに伝える。「ハーブを使った新メニューを考

えたいの。トマトとハーブの冷製スープとか、サラダとか……」

ソラは「彩り豊かな一皿を写真に撮れば、SNS でバズる可能性あり。季節感と土地らし

さを強調しましょう」と言い、テンは「テイスティングイベントを畑の隅でやっては?来場

者が少なくても丁寧に対応すればファンが増えます」。ワキメは「イベントは小規模で始め

て徐々に拡大するのが安全。在庫や物流も考慮を」、シタバは「味覚評価データも蓄積すれ

ば、品種選びに役立つかもしれません」、フルは「ハーブは土壌改良にも有効な場合がある

ので、循環的なプランを組めますね」と続く。

この畑は、いまや単なる農地ではない。実験場であり、学びの場であり、発信基地でもあ

る。カオリは、この地が変わりゆく姿を思い描く。自然を破壊せず、テクノロジーを上手く

使い、人々が食べる喜びを分かち合う空間を作れたら、どんなに素敵だろう。

ある日、通りかかった年配の女性が、「あなた、あの電気屋さんちの娘さんでしょ?最近、

面白いことやってるって聞いたわ。ちょっと食べてみてもいい?」と話しかけてきた。カオ

リは嬉しそうに試作したハーブトマトサラダを差し出す。「どうぞ、試してみてください」

女性は一口食べ、「これは……面白い味ね。トマトが爽やかで、ハーブが引き立ててるわ」

と感想を述べる。カオリはその反応に耳を傾け、「実はAI を使ってアドバイスをもらいな

がら作ったんです」と打ち明けると、女性は目を丸くする。「AI?へえ、そんな時代になっ

たのね。でも、味は悪くないわよ」

地元の人々との交流が少しずつ増え、カオリは彼らの声をAI にフィードバックしていく。

「お客様はもう少し甘みが欲しいみたい。フル、甘みを増すにはどうすれば?」と尋ねると、

フルは「品種改良や土壌ミネラルバランス、収穫タイミングを調整すれば甘みを引き出せま

す。具体的にはカリウム多めの肥料と、日照時間の最適化が鍵です」と教えてくれる。ティ

カは「甘み増強の戦略を中長期で計画し、ブランド価値を底上げしましょう」と総合的な助

言。シタバが「気象データから最適収穫日を予測可能」、ワキメが「甘みを売りにするキャ

ッチコピーを考えましょう」と続く。

こうして、カオリはリアルな顧客フィードバックとデジタルな知恵を組み合わせ、少しず

つ理想の味に近づけていく。

この過程は遅く、地味で、失敗も多い。だが、カオリは焦らない。農業は時間がかかる営

みだ。季節が巡り、土が熟し、植物が根を張り、花が咲き、実が成る。そのサイクルに合わ

せ、自分も学びを積み重ね、農園を進化させていくのだ。

AI スタッフは画面越しにしか存在しないが、彼らが示す道筋は、カオリを孤独から救う。

父母は実務的なサポートと精神的な支えを与え、地域との関わりも徐々に芽生えている。カ

オリは、ここで本当に新しい農業が根付くかもしれないと、微かな確信を抱き始めた。

夜、寝る前にカオリはティカたちに小声で話しかける。「こんな小さな始まりだけど、い

つかここを、『人と自然と技術が調和する農園』として誇りたい。あなたたちも、これから

も一緒に歩んでくれる?」

ティカは静かに「もちろんです。私たちAI は与えられたデータと学習から提案を続けま

す。カオリさんが望む限り、知恵を提供し、選択肢を広げていきましょう」と応じる。その

言葉は機械的だが、カオリの胸には柔らかな温もりを残す。

(第1 章つづく)

カオリは電気・再エネ・AI を活用して荒れ地を農地に再生する試みに取り組んで数年が経

過。

ミニトマト、ハーブなど小規模な成功例が出てきたが、長雨や病害など困難も経験。

AI スタッフ(ティカ他5 名)との対話で学び、家族(父・孝三郎、母・雪江)の助けを得

て改善を続けている。

地域住民の反応はまだ懐疑的だが、徐々に興味を示す人も現れ始めた。

カオリは新しい農業モデルへの手応えを感じつつある。

気温が上がり、空は晴れ渡った。夏の日差しが畑を白く照らし、葉の上には小さなテントウ

ムシが止まっている。もう何年が経っただろうか̶̶最初にカオリが鍬を握って荒地を耕

し始めてから、約5 年。まだ遠大な夢の途中だが、確かな足跡が残り始めた。

この5 年で、畑は少しずつ形を整えた。ミニトマト、ハーブ、ブルーベリーなど、多品目

化に向けた試験栽培を繰り返し、品質改善や収穫タイミングの調整を行ってきた。その裏に

は、AI スタッフたちが示す膨大な知見と家族の手仕事、そしてカオリ自身の試行錯誤があ

る。

直売所では、カオリの野菜を「電気とAI で育てた新農園の野菜」として紹介する小さな

コーナーができ、地元客の中には「この前のトマト、美味しかったよ」「ハーブが香り高く

てサラダに合うね」と声をかけてくれる人も出てきた。孝三郎は工事帰りにその様子を見て、

「お前もやるじゃないか」と不器用な笑みを浮かべる。雪江は畑で咲かせたエディブルフラ

ワーを笑顔で摘み、「食べられる花を加えれば、皿の上に季節が宿るわ」と嬉しそうだ。

最近、カオリはソーラーシェアリングのパネル配置を見直し、日陰を好む作物との相性を

再検討している。シタバやワキメの解析によると、「パネル角度や配置を最適化すれば、発

電量と生育条件がさらに改善する可能性」がある。ティカは「長期的視点でインフラを整え

ましょう」と提案し、フルは「土壌微生物のさらなる多様化で、自然な甘みと耐病性を同時

に実現できる」と主張する。テンは「収穫体験ツアーを定期開催すれば、地元以外からのお

客様も呼べるでしょう」とアイデアを出し、ソラは「ビジュアル面を強化して、季刊の農園

だよりを発行すればブランド確立に繋がる」と語る。

カオリはこれらの助言に耳を傾けながら、次なる一手を考える。「そろそろ、この農園の

名前をしっかり決めようかな」とふと呟く。「未来農園」と仮称していたが、もっと土地や

歴史に根付いた名がいいかもしれない。 雪江に尋ねると、彼女は「昔、この辺りは『鶴

見原(つるみはら)』と呼ばれてたわ。鶴が飛来していたらしいの」と言う。孝三郎が加わ

って、「鶴見原か。鶴は希少な存在だが、ここで再び生命が息吹いているんだな」と頷く。

カオリは「じゃあ『ツルミハラ・アグリテック・ファーム』とか、格好良すぎるかしら。

もう少し素朴な名前がいいかな」と頭を捻る。「鶴見の丘農園」とか「鶴見の風農園」など

いくつか候補を出すと、ソラが「ネーミングで世界観が変わります。鶴が飛来するような自

然豊かでありつつ、先端技術を導入しているイメージを両立するには、『常陸太陽の庭』な

どはいかがでしょう?『常陸』には地域性があり、『太陽』は再エネの象徴、『庭』は人と自

然、技術が調和する空間を表せます」と即座に提案する。

「常陸太陽の庭」̶̶カオリはその響きを口に転がしてみる。土地の歴史、自然の恩恵、

人とAI が作り上げる新しい関係性。それらがこの名に収まるような気がして、悪くないと

思えた。父母にも聞いてみると、孝三郎は「なるほどな」と苦笑し、雪江は「『庭』ってと

ころがいいわね、人が集まる感じがする」と好感を示す。

こうして農園の名称が「常陸太陽の庭」に暫定的に決まった。まだ外向けには発信してい

ないが、カオリの中でこの土地のアイデンティティが少し明確になった気がする。次のステ

ップは、この名前をもとにブランディングを強化し、訪れる人が「ああ、あそこは人と自然

と技術が結び合う不思議な農園だ」と認識してくれるようにすることだ。

夏の盛り、気温が上がり、作業は朝夕の涼しい時間帯に集中する。カオリは夕暮れの畑で、

緑のカーテンを揺らす風を感じていた。ミニトマトの収穫も安定してきて、ハーブもファン

がつき始めた。顧客が「これ、どうやって食べるの?」と尋ねると、テンの接客マニュアル

で学んだトーク術を思い出し、「ドレッシングに加えると爽やかさが増します」と笑顔で答

える。実際に試した客から「面白い味だね、また買うよ」と言われたとき、カオリは小さな

達成感を味わう。

5 年目の秋、カオリは試験的に観光客向けのミニイベントを企画した。町の小さな情報誌

で「週末限定、常陸太陽の庭の収穫体験」を告知すると、地元の若い家族が遊びに来た。子

供が「このトマト、僕が採っていいの?」と目を輝かせる。カオリは「もちろん、好きなの

を選んでいいよ。ただ、やさしく摘んでね」と微笑む。その子が弾ける笑顔でトマトを摘ん

で味わう光景は、カオリの胸に沁みるような幸せをもたらした。

テンが提案したホスピタリティ戦略も功を奏し、見学者には簡易なパンフレットを渡し

て農園の取り組みやAI 活用の紹介を行う。ソラがデザインしたロゴマークとイラストが鮮

やかで、客は「へえ、AI が手伝ってるの?」と興味深そうに尋ねる。カオリは「ええ、画

面の中ですが、いろんな提案をしてくれる仮想スタッフがいるんです」と説明する。最初は

奇異の目で見られるが、実際に味や品質が確かであれば、その奇抜さが逆に話題性に変わる。

地域の一部の農家も、内心「馬鹿なことを」と思いつつ、カオリが5 年踏ん張り続けてい

る事実には一目置くようになった。村の古老が「最近、あの娘さんとこ、客が来てるらしい

な。AI?何それ」とぼやくと、隣の農家が「まあ、新しいことやるのは悪くない。うちの孫

も興味あるかも」と肩をすくめる。ほんのわずかだが、風向きが変わり始めた。

夜、カオリはティカたちに語りかける。「5 年が過ぎたわね。最初は荒地で、周囲も冷た

くて、正直心が折れそうだった。でも、あなたたちの助言と家族の支えで、ここまで来られ

た。まだ目標には遠いけど、確実に土台ができつつあると思うの」

ティカは沈着な声で「長期的な成長には時間が必要です。5 年でここまで前進したのは立

派なこと。これからは品種改良やマーケティング強化、さらなるテクノロジー活用で可能性

を広げられます」と答える。フルは「土壌が以前より肥沃になり、微生物バランスが改善さ

れてきました」、シタバは「気象モデルの精度も向上し、収穫予測がより正確になります」。

ワキメは「物流面での戦略的拡大が可能」、ソラは「ブランドイメージが固まりつつあり、

世界観が整いつつある」、テンは「人とのふれあいを深めればリピーターが増えるでしょう」

と、皆が次のステップを示してくれる。

カオリは画面越しに微笑む。「そうね。ここで終わりじゃない。私たちはもっと大きな未

来を目指せるわ。いつか、この農園を訪れた人が『ここは人とAI が協力して自然を活かす

不思議な場所だ』と感動するような農園にしたい。電気は影の功労者として農作業を裏で支

え、AI は知恵を与える。そして私は、土を踏みしめながら、その可能性を形にする。父と

母、それに地域の人たちとも、いつか理解し合えるはず」

外には夜風が吹き、虫の声が響く。星が瞬いている。かつて何の特徴もなかったこの土地

が、いまやカオリの想いと試行錯誤で、新しい息遣いを獲得している。農業は単なる生産行

為ではなく、文化創造の営みかもしれない。昔の農家がそうであったように、カオリもまた、

この土地で物語を紡ぐストーリーテラーなのだ。

5 年間で得たものは何だろう?

最初は無謀な挑戦と思えた計画が、少しずつ形を帯び、周りの反応も変わり始めた。ミニ

トマトやハーブは味と香りを増し、顧客との対話が始まり、SNS での発信も興味を誘って

いる。テクノロジーと自然を結ぶ試行錯誤は、まだ序章に過ぎないが、カオリは心に確信を

抱いた。

「この道は間違ってない。私はこの土地で、電気もAI も、人間の知恵も、全部抱き込ん

で、新たな農業を育てていく」

ふと、母から聞いた古い逸話を思い出す。昔、鶴がこの原に舞い降り、稲穂に宿る露をつ

いばんだという伝説があったそうだ。現代では鶴などいないし、稲穂もない。だが、もし再

びこの土地が豊かさを取り戻せば、象徴的な鳥が戻らずとも、人々の心にかつての豊饒のイ

メージが蘇るかもしれない。かつての豊かさが形を変えて再現される、それが「常陸太陽の

庭」の真髄となるのかもしれない。

カオリはパソコンを閉じ、明かりを落とす。布団に横になり、耳を澄ませば、風に揺れる

木々の葉擦れが微かに聞こえる。ここでの日々は地味で泥臭いが、その一歩一歩が大地に根

を下ろし、やがて大樹へと育つ種子になると、彼女は信じている。

夜明け前、カオリは目を覚まし、まだ薄青い空気の中で畑に出る。露に濡れた葉を撫で、

静かに微笑む。これが彼女の日常だ。ミニトマトを一つ摘んで口に入れると、ほんのり甘い。

まだ改善の余地はあるが、当初より遥かに上質な味が感じられる。その手応えがカオリを前

へ押し出す。

5 年経ち、ほんの小さな実りを得た。第1 章はこれで幕を閉じよう。先にはさらなる課題

と飛躍が待つ。この土地で電気工事で生きてきた父、農家の血を持つ母、そしてAI たち……

すべてがこの常陸太陽の庭に溶け合い、不可欠な存在になりつつある。

カオリは東の空が淡く染まり始めるのを見上げ、新しい朝を迎えるたび、種を蒔き、土を

耕し、情報を分析し、客の声を聞く。この繰り返しが未来を紡ぐ。AI たちがこの農園に実

体化する日が来るかは分からないが、誰も不可能を断言できない。

人と自然、機械が奏でる新しい交響曲。この農園はその序章に過ぎない。5 年で築いた土

台は、これから豊かな森へと成長する根となるはずだ。カオリは微かに笑み、足元の土を感

じる。まだ荒削りだが、確かに輝く一筋の光̶̶常陸太陽の庭が、ここに息づき始めたのだ。

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HTN 100年の物語 @daizo0711

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