@NG-gng

午後9時、塾帰り。


 バス停でバス待ちをしていたところ、向こうから歩いてきた新田さんに「あれ、上野くん?こんな時間に珍しい」と話しかけられた。


 同じクラスの新田さんは学年でもだいぶ美人な方で、しかも性格がいいと評判だ。いつも遠目から見るだけで接点を持つことがなかった僕は、しり込みつつも返事をした。


「こ、こんばんは。今は塾帰りです」

「塾かぁ〜!こんな時間まで偉いなぁ、おつかれさまだね」

 笑顔でいたわる彼女を前に、僕も少し口元が緩んだ。

「ありがとうございます。……新田さんは?」

「気分転換で散歩?」

「こんな時間に」

「そうそう。夜こそ散歩したくならない?夜風に当たりながら静まり返った街を歩くの……。いつもと同じ風景のはずなのに、なにか違う場所にいる気がしてさ」


 そう言いながら新田さんは風でなびいた長い髪を耳にかける。冷たい風は新田さんを過ぎると暖かい風に変わるのか、少しだけ僕の顔が熱くなっていくのを感じとった。


 そんな新田さんを無意識に見つめていたらしい。見惚れて無言になっていた僕に、若干の上目遣いで「ねえ、こっち見すぎ」と指摘された。


「えっと……すみません。その、新田さんがとても綺麗で、どの仕草をとっても絵になるなって」

「あはは、ウケる。でもそう言ってくれるのは嬉しいな。上野くん普段喋らないからウブだと思ってたけど、割とそういうの、率直に言うタイプなんだね」


 塾終わりで疲れていたのもあり、何も考えずに喋っていたのかもしれない。

 たしかに、同じクラスの女子に綺麗とか絵になるとか……。誰も見てなくてよかった。


 恥ずかしくて早くこの場を離れたくなっていた所に、丁度待っていたバスが来たので適当に挨拶をし、そそくさと乗り込んだ。


 夜のバスはあまり人が乗っておらず静かだ。


 切符を取り、後ろの座席まで歩こうとしたところで小学生の頃仲良かった"森本"と、すれ違った。


 「森本じゃん」と声をかけたが適当に「よぉ」とだけ返され、少し無愛想な感じで僕の肩を避けながらバスを降りていった。


 森本はクラスの人気者でいつも明るかった。しかも休み時間よく一緒に遊んだ間柄だ。


 あの冷たい目とそっけない態度に違和感を覚えつつ、後ろから二番目の窓側座席に座る。


 バスは予定の時刻より早くに着いたようで、まだ動かない。


 窓から新田さんが見えたので少し眺めていると、先程バスから降りていった森本が新田さんと喋っていた。


 会話内容が気になった僕は、気づかれないようにひっそりと聞き耳を立てる。


「森本くん待ってた〜!」「ねぇ聞いてよ〜さっき上野くんがいたから話しかけたんだけど、

私に好意剥き出しでびっくりしちゃったぁ」

 森本はこちらを睨みつけ、新田さんの腰に腕を回す素振りを見せた。 



 僕の心拍数は上がった。少し立ち上がり、窓際の席から内側の方に座り直した。


 ……僕は、僕が思っていたよりも新田さんのことが好きだったのかもしれない。


  僕が新田さんに向けた感情を、新田さんがあまり良くないと思っていたこと。それを話す相手が森本だったこと。そんな新田さんが森本と"そういう"関係性だったこと……。

 純粋な僕の心をグチャグチャにするのには、十分な量の槍だった。


 うるさいエンジン音が車内に鳴り響き、空気を読んだようにバスが動く。


 再び座り直し、背もたれに深く腰かけて、深呼吸した。


 動揺が収まらない。


 どうにか落ち着かせようと外の景色に目をやったが、そこには窓に反射した自分の情けない顔が映っていた……。


 刺さった槍は抜けることなく、じわじわと僕の中で広がっていくようだった。


僕はこの一件で、夜が嫌いになった。

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