第7話 紅蓮の魔女

「……五月蝿うるさい……」


 もう時刻は深夜を回っているというのに、騒々しい音が地下にまで響いてくる。

 上ではパーティでもしているのだろうか。


 私は眠い目を擦りながら。寝床から起き上がると伸びをした。


「……ふぁ……ん……」


 私は欠伸を噛み殺すと、鎖で厳重に封鎖された扉に顔を近づけ、耳を澄ませる。

 

 冷えた扉が頬に当たり少し気持ちがいい。

 そんな能天気な事を考えていると、上からより一層騒々しい音が聞こえてきた。

 これは何かが爆発した音だろうか?


「……なんか……少し焦げ臭い……? まさか……火事なんて事はないでしょうね……?」


 私は意を決して独房の扉に掛かった鎖を、魔法で焼き切る。

 こうやって抜け出すのも数年ぶりだ。

 見つかったらまた懲罰房に行く事になるが、もし火事だったら私はこのまま焼け死んでしまう。

 死ぬのはいいが、生きたまま焼かれるのは苦しそうなので勘弁してほしい。


 私は急いで地下の階段を上り屋敷に繋がる扉を開ける。

 すると通路に火の手が上がっていた。まだ屋敷全体に回ってはいなさそうだが、もう少し気づくのが遅れたら逃げる事もできなかっただろう。


「……危なかったわ……」


 私は逃げ場が無くなる前に、急いでこの場を離れようと駆け出す。しかし、直ぐに何かに躓いて転んでしまった。炎に気を取られて足元の注意が疎かになっていた。


「――いたた……誰よ……こんなとこに物を置いたのは……え……?」


 私は躓いてしまった物に視線を向ける。

 するとそこには腹から真っ赤に染まった臓物を飛び出させた一番上の兄が倒れていたのだ。


 私は驚きながらも床に倒れている兄を足で突つく。

 ぴくりとも動かない。これは間違いなく死んでいるだろう。


「……どうして……」


 兄が死んだ事に対しては何の感情も湧かない。血が繋がっているとはいえ、兄からは酷い仕打ちしかされてこなかった。むしろ死んでくれてせいせいする。

 だが、それよりも、なぜこんなところで臓物を飛び出させながら兄は死んでいるのかが気になった。


「強盗にでも襲われたのかしら……?」


 それならいっそ家族全員死んでいてくれれば、私が地下から脱出した事を咎められる事はないのだが。


「そこにいるのはセレナか!?」


 そんな事を考えていると廊下の奥から私を呼ぶ声が聞こえた。名前を呼ばれたのは何年ぶりだろうか。久々すぎて一瞬自分の名前だと気づかなかった。


「……お父様……?」

「――ハア……ハア……ああ、そうだ! 私だ!」

 

 そこには満身創痍になっている父がいた。

 私を懲罰房に閉じ込め、殴り、犯し、罵詈雑言を投げかけてきた憎き父が。


「……どうされましたか?」

「どうしたも、こうしたもあるか!! 

 クソ……あの男……私がこれまで築き上げたものすべて破壊しおって……もうお前と私以外は全員殺された!!」

「……それは、お気の毒に」


 私の言葉に父は顔をしかめるが、すぐに下卑た笑みを浮かべ始める。


「だが、どうやら私にも少し運が回ってきたようだ。お前がまだ焼け死んでいなくて良かったよ」


 この後に及んで父親面でもする気だろうか。

 それともまた私を犯すのだろうか。


「あの男はな……お前さえ渡せば命だけは助けてくれると言っていた。まさかお前みたいな魔女にも使い道があったとはな……」

「実の娘であるこの私を売るつもりですか」

「お前など私の娘ではないわ!! この汚れた魔女が!! 私の役に立てる事を光栄に思え!!」

「良かった。それを聞いて安心しました。私もあなたを、あなた方を家族だとはとっくの昔から思っていませんから」

「ハッ!! それは奇遇だな!! だったらさっさと私のために死んでくれセレナ!!」

「いいえ、死ぬのはあなたです。グレンハート公爵」


 私は自分の周りに無数の小さな炎の球を生成する。


「――な、何をする気だ貴様……!!?」

「私が生きてきたこの十六年間の痛みと苦しみを知れ。クソジジイ」


 私は灼熱を放ちながら揺らめく炎の球を操り公爵へとぶつける。


「――――ぐっおおおおおおおおおおおおおお!?!!?!! あああああああ!!!!」

 

 すると公爵は火だるまとなり、断末魔を上げながらその場にのたうちまわる。


「いい気味ですね」

「――ふっふ……ははははははは!!」


 私が公爵の最期を見届ける事もなく、この場を後にしようとすると、頭上から高笑いが聞こえてきた。

 声のする方へと、視線を向けると、二階に繋がる吹き抜けの手すりに座り、足を組みながらこちらを見下ろす男がいた。


「どなたですか?」

「俺か? 俺はこの屋敷を地獄に変えた男さ」

「あなたが……その節は感謝致します」


 私は深々と頭を下げる。貴族の礼節などは知らないので、これは間違った作法かもしれないが、私に復讐の機会を与えてくれたこの人には少しでも感謝の意を示したい。


「感謝? ふははははは!! 感謝など必要ないさ。良いものを見せてもらったからな」

「そうですか?」

「ああ、そうさ。何とも美しい炎だった」

「美しいですか……?」

「ああ、炎に包まれていく屋敷で、真紅に染まった炎を操る絶世の美女。これほど絵になるものもそうはあるまいよ。是非ともこの俺の妻の一人として迎え入れたい」

「……お褒めに預かり光栄ですが、私は生まれながらにして魔法が使える魔女ですよ?」

「……それが何か関係あるのか?」

「……え?」

「言った筈だ。魔法が使える事もお前の美点の一つだと。それはお前の価値を下げる口実にはならないぞ?」

「――で、ですが……私は呪われた子で、ずっとずっと、誰からも愛されなくて……家族からも虐げられて……」

「何度も言わせるな。そんな事はどうでもいい。その美貌とその力、その二つだけでお前の価値は誰よりも高い」


 男の顔は真剣だ。冗談を言っている様には見えない。

 こんなことを言われたのは生まれて初めてだ。私なんかが誰かに必要とされる日が来るなんて。


「……私は、私は愛されたいです……」

「愛が欲しいのならくれてやる。文字通りの永遠の愛をな」

「――っ……私を、私をあなたの妻にしてください……!」


 私は今日までこの男に出会うためだけに生きてきたのだ。そう思えるほどに私はこの男に出会って救われた。

 私は彼に全てを捧げ、永遠に愛することを誓った。





 燃え上がる炎の中、倒壊する屋敷を背に私と彼は歩き出す。

 もう私を縛るものは何も無い。


「そうでした! まだお互いに自己紹介していませんでしたよね? 私の名前はセレナ! あなた様のお名前は……?」


 私は男の腕に自分の両腕を絡めながら、そう聞いた。


「……名前か……そう言えば、この世界に来て一度も名乗っていなかったな」


 男は私の質問に少し考え込んでしまう。


「――あ、あの教えたくないなら別に……」


 私は悪い事を聞いてしまったと思い慌てる。


「……ギャング・スター。それが俺の名前だ。好きに呼べ」

「……ギャング……スター……じゃあ、スター様ですね!」

「俺もセレナと呼ぼう。これからよろしくなセレナ」

「こちらこそ、ふつつか者ですがよろしくお願いします! スター様!」

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