第8話 夜の営み

「というわけでセレナを俺の妻として迎え入れる」


 グレンハート公爵家を襲い目当ての令嬢を攫ってきた男は、私たちが待機していた宿へと戻ると、藪から棒にそんな事を言い出した。


 セレナと呼ばれた美しい女性は男の体にしなだれるように寄りかかり、離れようとしない。まるで、大切な物を取られたくない幼児の様だ。

 おかしい。彼女は私たちと同様、この男に家族を一人残らず殺された筈。

 なのになぜこの女は、こんなにも男に懐いているのだろうか。

 恐怖のあまり頭がおかしくなった? それとも演技? いやそのどちらでも無い。セレナの表情は完全に恋する乙女のそれだ。


「スター様、彼女たちも私と同じあなたの妻になる人たちなんですか?」


 スターとはこの男の名前だろうか。確かに私たちは彼の名前を教えてもらってはいなかった。とてもじゃないが聞く勇気がなかったし、男を気持ちよくさせる呼び名など、他にいくらでもあったからだ。


「いや、こいつらは愛人兼、雑用係だ。今後の活躍次第じゃ俺の妻にしてやらなくもないが……見込みがありそうなのは一番だけだな」

「……一番ってこの子?」

「はい、セレナ様。私が一番を名乗らせてもらっています」

「ふーん……あなたも綺麗な顔をしているのね……」

「俺の愛人になるには美しい容姿が必須だ。それに一番はよく気が回るし俺の言うことも素直に聞く。五人の中では最も俺の妻の座に近いかもな」

「五人ですか? もう一人はどこに?」

「王城に潜入中だ」

「おうじょう……?」


 王城という言葉を聞き首をかしげるセレナ。


「あ! 思いだしました! 王様が住んでいる建物の事ですね! 本で読んだことがあります!」


 思いだした事を喜び、無邪気に答えるセレナ。

 しかし、私はまるで本でしか知らないかの様に答える彼女に引っ掛かりを覚えた。

 王都に住んでいて王城を見たことが無い人間なんているのだろうか。

 いや、彼女には何か特殊な事情があるのだろう。男への対応といい不自然な点が多い。

 詮索するつもりは無いが、今後彼女に接するうえで注意する必要はあるだろう。 

 男に気に入られている女を敵に回したくはない。


「でも、どうしてそんな所に?」

「この国の王女を俺の女にするための下見だよ。噂ではかなりのべっぴんさんらしいからな。王女という肩書きも唆る」

「え!? そんなに可愛い子がスター様の妻になるんですか!? では、その子にも負けない様に私ももっと頑張りませんと!」


 セレナは拳を握ると、そう意気込んだ。どうやらまだ見ぬ恋敵へと闘争心を燃やしている様だ。


「もちろん一番さんにも負けませんよ!」

 

 私に宣戦布告だと言わんばかりの眼差しを送ってくる。

 私は別に妻になりたいという願望はないので、敵対心を抱かれても困るのだが。


「良い心がけだ。では早速、隣の部屋で頑張ってもらうことにしようかな。行くぞセレナ」

「はい! 頑張ってご奉仕しますね! スター様!」


 そうして腕を組みながら隣の部屋へと消えていった二人を見届けると、私たちもそれぞれ就寝の準備をする。といっても床で雑魚寝だが。

 この部屋にも大き目のベッドは一つあるが、それを使う勇気がある者はここには居ない。


 横になって少し経つと、隣の部屋でベッドの軋む音と、セレナの艶かしい息遣いが聞こえてくる。しかし、それは私たちには聞き慣れた音なので誰も気にはしないだろう。


 せいぜい今日は自分でなくて良かったと、そう思うぐらいだ。





「おはようございます。スター様」


 俺が目覚めると、そこにはシーツで自身の露わになった素肌を隠すセレナの姿があった。


 そうだ。昨晩はセレナと寝たんだったな。


「ああ……おはよう」


 俺が挨拶を返すと。何か言いたそうに身を捩るセレナ。


「――昨晩は……その……どうでしたか?」


 セレナは頬を赤めながら恥ずかしそうにそう聞いてくる。

 どうでしたというのは昨晩の奉仕活動の話だろう。


「悪くなかったよ」

「ほ、本当ですか!? 良かったぁ!」


 セレナは俺の言葉を聞いて安心したのか、自身の豊満な胸を撫で下ろす。


「――きゃっ!? す、スター様!?」


 俺はセレナのシーツで隠しきれない程のソレを見て、我慢ができなくなり、朝の運動を始めるのだった。


「セレナ、今何時だ?」

「正午を回ったばかりです」

「……流石にそろそろ起きるか。今日もやる事は多い」

「――はい、でも私は……今日はもう動けないかもしれません……」

「お前は寝てていい。俺が帰ってくるまでに体力を戻しておけ、今晩はこんなものではすまないぞ」

「……はい……愛してます……スター様」


 セレナはトロンとした目でそういうと俺の頬に口付けをしてから眠りに落ちた。

 相当疲れたらしい。俺も興が乗りすぎたな。ずっと地下での生活を強いられて体力が落ちていたセレナにはキツかっただろう。


 俺は布団をセレナに被せると部屋を出る。

 すると一番が俺を待っていた。


「おはようございます。ご主人様」

「状況は?」

「四番が王城から戻ってきました」

「そうか。なら全員集めろ。セレナは寝かせておいていい」

「はい」


 一番は俺の指示を聞くと一礼し、隣の部屋へと戻っていった。


「さて、王女様は俺の期待に応える事はできるかな」

 

 俺はこれから起こる惨劇を想像して不敵に笑うのだった。

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