第6話 忌み子

 私、セレナ・グレンハートは公爵家であるグレンハート家の長女として生まれた。

 父と母、そして兄二人の四人家族だ。

 普通の貴族令嬢であったなら、愛嬌を振り撒き、末っ子として、親や年上の兄から甘やかされ、大切に育てられただろう。

 しかし、今日まで私は家族からの愛を受けた事がない。むしろ向けられるのはとても血の繋がった家族に向けるものではない悪感情だけだった。


 私はなぜ自分がこんなにも家族から疎まれているのかずっと理解できないでいた。

 物心付いた時には地下の独房の様な部屋に監禁され、独り寂しい毎日を過ごした。

 やることといえば、石壁に付いた苔を剥がしたり、地下に住みついている鼠と戯れることだけだ。

 たまにやって来る兄たちからは化け物と罵られ暴力を振るわれた。

 でも、当時の私は誰かに構って貰えるだけで少し嬉しかった。


 十歳になったころ、使用人である老婆が私を不憫に思い、食事を運んで来るたびに本を持ってきてくれた。そのお陰で私は文字の読み書きを覚える事ができた。

 本を読んでいくうちに、私は私の置かれた状況が異常である事を知った。

 普通の家族は幼子を独りで地下に閉じ込めたり、暴力を振るったりしないらしい。

 一緒に生活し、私の様な子供は親の愛情を一身に受け、大切に育てられるものだそうだ。


 私は幼いながらに衝撃を受けた事を今でも覚えている。

 私が置かれている状況とはまったくの正反対だったからだ。

 私は酷く落ち込んだ。一体私は何をしでかして、こんな状況に追いやられてしまったのかと。

 

 本はあらゆる知識を私に授けてくれた。私がこの部屋に監禁されている理由も、兄たちが私を化け物と罵る理由も次第にわかっていった。


 私は忌み子だったのだ。


 私は物心付いた時には炎を生み出し操る事ができた。なので手足同様、人間に備わった当たり前の機能としてそれを認識していた。

 だが、それは大きな間違いだった。

 魔法は大昔に滅んだとされる魔族の秘術であり、それを扱える人間はほとんど存在せず、稀に現れる魔法使いも、魔女や魔人と呼ばれ、忌み嫌われていたのだ。


 つまりは、私がここに閉じ込められ、誰からも愛されず、虐げられているのは、生まれながらにして魔女だったからと言うわけだ。


 私は絶望した。ここに監禁された原因を取り除けば私も普通の家族になれると思っていたからだ。

 これでは私にはどうする事もできない。

 生まれながらにして持ったこの力は、私が生きている限り、決して手放すことはできないだろう。


 それはこの先の人生で私が人に愛される事は絶対に無いと言う事だ。


 私は泣いた。何日も何週間も、そのことを思い出す度に涙が溢れた。


 そんなある日、唯一の理解者だと思っていた老婆が地下を訪れなくなった。

 新しい食事の配膳係となった使用人には、老婆は使用人を自ら辞職したと言われた。

 当時の私は老婆が辞職したのは、忌み子である私と関わるのが嫌になったからだと思った。

 今思えばそれはおかしな話だった。誰に頼まれたわけでもなく、忌子である私に本の差し入れまでしていた老婆が、今更そんな事で辞職するとは思えない。

 大方、私に本を与えていた事が父にバレて処分されてしまったのだろう。


 老婆が来なくなってからしばらくして、私は意を決して地下から抜け出す事にした。

 私はこの先の人生すべてを地下で終わらせたくはない。


 地下から抜け出すのは案外簡単だった。屋敷の人間が寝静まった深夜に、扉に掛かった鍵を指先から出した炎で焼き切るだけだ。

 当然、脱出したのは食事を運んでくる使用人にバレるだろうが、責任を問われるのを恐れ、勝手に揉み消してくれるだろうと思った。


 たかだが一人の使用人に主人への忠誠心など無い。


 屋敷の中には私が知らないものがたくさんあった。見たことない調度品に、私の大好きな本がたくさん並んでいる部屋、そして窓から見える満天の星空。

 私はそれらに目と心を奪われ、それから毎日の様に地下を抜け出した。


 だが、ある日私は兄に見つかった。兄は私を見ると金切り声を上げながら屋敷中の人間を叩き起こした。

 私は裸にされ、懲罰房に入れられた。

 何日も食事を抜かれ、体罰を受けた。これほどの苦痛は生まれて初めてだった。


 私は生きる気力を失った。


 それから数年後、十六歳になった私は相変わらず地下に閉じ込められていた。

 もうずっと何もしていない。一日の大半をぼんやりと過ごし、運ばれてきた物を食べ、眠るだけの日々。最早何のために生きているのか、生かされているのかすらも分からない。


 しかしそんなある日、私の人生は大きく変わる事となった。

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