第5話 汚れていく少女
とある町のレストランにて。男と私は食事をしていた。
「一番。好きな物を頼んで食え。この金はお前の家から持ち出したものだ。遠慮をする必要はない」
「……はい……ありがとうございます」
一番とは私、エマ・アルバリンに付けられた新たな名前だ。男は私以外にも多くの女性をこれから愛人として迎え入れるらしい。
なので、分かりやすい様に番号で呼ぶ事にしたそうだ。
「食べ終えたら、この町にある貴族屋敷を襲いに行こうと思うんだが、何か知ってるか?」
「申し訳ありません。私はこの町の貴族とは交流がありませんでしたので……」
「そうか。なら仕方ないな」
従順にしている限り男は優しかった。今のところ理不尽に怒られたり、暴力を振るわれることはない。
だが何が男の怒りに触れるか分からないので、言動には細心の注意を払い、男が望むことは何でもした。
男が言った通りなら、私が彼を愛して彼に愛され続ければ殺されることはない。
なので、男と付き合っていくにあたってはこれが正解の筈だ。
「さて、腹も膨れた事だし女漁りに行くか。
そうだ。たまにはお前がやって見るか?」
「――え?」
男からの唐突な提案に私は驚き、つい素で返事をしてしまう。
「だから、お前が屋敷を襲撃してみるかって聞いてんだよ」
まずい。何か言葉を返さなければ、男の機嫌を損ねてしまうかもしれない。
しかし、人を殺す事はいくらなんでも私にはできない。それに非力で何の知恵もない私が一人で貴族の屋敷を襲撃するなど不可能だ。
「……わ、私には荷が重いかと……」
「安心しろ。お前が望むならそれ相応の力を与えてやる。人を殺すってのは案外楽しいものだ」
冷や汗が止まらない。これ以上断れば確実に男は気を悪くする。
「……分かりました……」
私が震えながらそう言うと、男は満足そうにニヤリと笑った。
「――ごめんなさい……ごめんなさい……」
血溜まりで倒れる少女に向かって私はひたすらに謝り続けた。謝ったところで何の意味もないのに。命惜しさに男から授かった力を振るい、私が自分でやったことなのだから。
「終わったか? 一番」
「……はい」
「よくやった。この女は俺に見合うだけの女ではなかった。死んで当然さ」
「……はい」
「もうこの辺にめぼしい女は居ない様だ。次の街へ行くぞ」
行く先々で男の求める女性を探し、殺し、私と同じ不幸を背負った少女を男に献上する。
あとは求められた時に男の胸の中に抱かれるだけでいい。それさえすれば私は殺されない。
そう、私は目の前の死から逃れるために、この男の欲望のままに汚されていくだけの女。
浅ましく身勝手で救いようがない女。
私は男のために今日も誰かを傷つけ、傷つけられるのだ。
ここが王都か。名だたる貴族や王族が住むこの国の中心地。
「フフフ……金に権力に女、俺の望む全てがここにありそうだ。これは忙しくなるぞお前たち」
「はい。ご主人様のお望みとあらば」
俺が後ろを歩く五人の女にそう問いかけると、一番が代表してそう答えた。
他の面々はまだまだ俺への忠誠が足りないが一番はだいぶ順応してきたな。
俺はそのことに満足し、さっそく彼女たちに指示を出す。
「まずは、そうだな。二番、三番は王都内の有力な貴族について調べろ。お前たち同様、貴族は総じて美形が多いからな」
田舎貴族のこいつらですらこの美貌だ。代々金と権力に物を言わせて、美人妻を娶ってきたであろう大貴族ならこの比ではないだろう。
「僭越ながら、美しい女性でしたら一人心当たりがあります」
「ほう。誰だ?」
「この国の王女である
四番は遥か遠くにある王城を見据えながら俺にそう進言する。
「ああ、わかってる。だがそれは最後だ。俺は一番美味いものは最後に味わって食べるタイプだからな」
「出過ぎた真似を失礼しました」
「構わん。それよりも剣姫というのは何だ?」
「剣姫は王女の異名です。王女でありながらこの国で最強の剣の使い手であることからそう呼ばれていると聞きました」
「ほう。ますます興味が湧いてきたな。戦うお姫様ってわけか」
美しいだけではなく強さも兼ね備えているなどまさに俺の理想の女だ。是非とも傍に置いておきたい。
「なら、王族についても先に少し調べておくか。良い女を落とすには劇的な演出が必要不可欠だ。四番、お前に任せた」
「はい。承りました」
「他の二人は俺と来い。楽しい楽しいショーの前に王都を満喫しようじゃないか」
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