第4話 軍議

 ヴァレンシア王国、王都。

 王城にある一室にて、国王であるラオニダス・ヴァレンシアを含め、名だたる大貴族たちが集まり、軍議を行っていた。


「恐れながら陛下、帝国の勢いは日に日に増すばかりです。あと一回まともに帝国軍と我が軍が衝突すれば、間違いなく前線は維持できなくなります。 

 例え、あと半年前線を維持できても、備蓄が尽き、次の冬をどれだけの国民が超えられるか分かりません。故に、早々に兵を引かせ、聖竜グリムノアに救いを求めるべきだと進言いたします」

「……グレンハート公爵、何度も言った筈だ。聖竜を使うことはできん」

「何故ですか陛下! このままでは国が滅びますぞ!」


 グレンハートが席を立ち勇む。


「聖竜を呼び出せば帝国軍は退けられるだろうが、我が国にも甚大な被害が出る。今の弱りきったこの国では同じく滅びを招くだろう。

 聖竜などと呼ばれているが所詮は竜族、人類の敵なのだからな。其方も分かっておろう」

「では他にどうしろと……」


 静まり返る室内。他の貴族たちもグレンハート公爵と同様の考えだったのだろう。彼に続いて案を提示する貴族は現れない。


「失礼します! 陛下、至急お耳に入れたいことが!」


 静寂を破る様に会議室の扉が開かれると、慌てる様に私の側近の一人が入ってくる。


「何だ。今は軍議中であるぞ」

「ヴァンス・アルバリン伯爵が邸宅にて何者かにより殺害されました!」

「――何? 殺されただと? それは本当か?」

「はい! 確かな情報です」


 本来ならこの場に居るはずだった男の唐突な訃報に室内は騒然とする。


「鎮まらんか」


 王である私の一言で室内は再び静寂を取り戻す。


「それで、伯爵を殺した人間は見つけたのか?」

「いえ、伯爵を殺害した人物は現在行方不明であります。何分、屋敷内はかなりの惨状でして、死体の状態も酷く、生存者がいるのかすらも分かっておりせん」


 私は眉間に指をあてて思い悩む。

 いつもなら一番初めにこの場に現れている男が居ないと思えば、まさか殺されていたとは。

 今あの男を失うのは大きな痛手だが、嘆いていても仕方あるまい。今は伯爵の死に帝国が関与しているかどうかの方が重要だ。


「そうか。ご苦労。引き続き情報を待て」

「はっ!」





 今後の軍の方針を定め、私は一度会議室を出る。結局、根本的な打開策がない限りこの国の現状は変わらない。時間稼ぎももう限界が近い。時期、この王都も戦火に飲まれるだろう。


 せめて娘だけでも国外に亡命させるべきか。


「はぁ。いかんな。私がこれでは他の者に示しがつかない」


 私は気分を変えるために中庭へと向かう。

 すると美しい少女が掛け声をあげながら剣を振るっていた。

 愛娘のアイリスだ。


「アイリス」

「あ! お父様! 軍議は終わったのですか?」

「いや、一旦休憩だ。それよりも……また食事も取らずに剣を振っていたな?」

「ごめんなさいお父様。でも、部屋でじっとしているなんてできません。私が安全な場所でのうのうと日々を過ごしている間にも、命を懸けて戦ってる人たちがいますから。

 私も前線で戦えればいいのですが……」

「勘弁してくれ。愛娘を戦場に立たせるなど親である私が許す筈がなかろう。それにアイリスには私の跡を継ぎ、王として皆を導く使命がある」

「わかっています……ですが、それでも私は戦いたい」


 アイリスは強い。王女という立場にありながら圧倒的な剣術の才能を持って生まれ、十七歳という若さでこの国最強の剣士にまで上り詰めた。

 前線に立たせればたちまち英雄となってしまうだろう。

 だが、それは私の望むところではない。

 親としても王としても。


「――アレクだって前線で戦っているのに……」


 アレクとは娘の幼馴染であり婚約者だ。公爵家の息子である彼は今、指揮官として兵を率いて前線に赴いている。


「アイリスを残して死ぬ様な男に私は前線を任せたつもりはない。アレクなら大丈夫。必ず戦果を持って帰ってくる。だからアイリスも彼を信じて待ちなさい」

「はい……」


 アイリスを部屋に戻した私は会議室に戻る。

 アレクを死なせないためにも、娘を不幸にしないためにも、この状況を打開する一手を打つのだ。


「さあ、諸君、軍議を再開しよう」

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