第3話 ……はぁ。好き

「ねえ、どうしよう!? 先輩のことガチで好きになっちゃったんだけど!」


 がしっ、と悠里の肩を掴んで揺さぶる。うるさい、なんて冷たいことを言いながら、悠里は私の手を強引に引きはがした。


 放課後の教室には今、私と悠里しかいない。悠里も部活へ行かなければならないのだが、話を聞いてほしくて呼び止めた。


「……元から好きじゃん」

「好きの次元が変わったの! タイプだな、好きだな……からガチ恋になっちゃったの!」

「いいことじゃん。報われればだけど」


 言いながら、悠里は鞄を肩に背負った。いよいよ教室を出ていこうとした悠里の腕を掴んだ瞬間、教室の扉が開く。


「あ、いたいた。悠里ちゃん、お迎えにきたよ」


 緩い喋り方をした美少女は、たぶん三年生だ。リボンの色で分かる。

 ふわふわのロングヘアにたれ目が印象的で、どこか色っぽいお姉さん。私のタイプではないけど綺麗な人だ。


佳奈美かなみ先輩、すいません」

「こないから心配になっちゃった! 悠里ちゃんいないと一人だもん」


 柔らかく笑いながら、佳奈美先輩が教室に入ってくる。

 家庭部はそれなりに人数がいるはずだが、大半が幽霊部員で、まともに活動しているのは佳奈美先輩と悠里だけらしい。


 それを分かってて入部したんだよね、悠里は。


「あれ? もしかしてお友達とお取込み中?」


 目が合うと、佳奈美先輩は申し訳なさそうに笑った。


「いえ! 全然そんなことないです。迎えにきてくれて嬉しいです、佳奈美先輩」


 悠里は私に対する時とは全く違う小動物めいた笑みを浮かべ、佳奈美先輩の手を握った。


「行きましょう。今日作るの、確か時間かかるんですよね?」

「あ、うん。今日は煮込みハンバーグを作ってみたくてね」

「わー、楽しみです!」


 にこにこと笑った悠里にまたね、と手を振られる。当たり前のように余所行きの姿だ。

 二人が出ていくと、私は教室で一人ぼっちになってしまった。


「……先輩、体育館で練習してるんだよね」


 迷惑はかけられない。外から覗くだけ。それくらいなら、いいよね?





 体育館のドアから、そっと中を覗く。

 うちの学校には体育館が二つあって、この体育館は女子専用だ。半分を衣織先輩の所属する女子バスケ部が、もう半分を女子バレー部が使用している。


「わっ、衣織先輩、足速くない……!?」


 ドリブルをしながらだというのに、全速力の私よりずっと速い。

 それに、練習着姿も格好いい。制服よりも手足がよく見えてどきどきしてしまう。


 あの足、どこからどう見ても運動部の鍛えられた足だ……!


「なんでこんなに格好いいの……? しかもまだ見せてくれてない可愛い面だってあるわけでしょ?」


 やばい。両手で顔を覆って、隙間から先輩を見つめる。

 先輩だけがきらきらと輝いていて、一瞬だって目が離せない。


「……はぁ。好き」


 息をするように先輩への恋があふれてしまう。

 部活をしているところを勝手に盗み見て、一人できゃあきゃあ騒いで。

 今の私、小学生みたいな恋してる。


 先輩に恋人がいないのはリサーチ済みだけど、先輩、絶対モテてるよね。

 きゃあきゃあ騒いでいる女子の中にどれくらいガチな子がいるかは分からないけど、先輩はきっと男子にだって人気だ。


 それに先輩だって、普通に男子が好きだろう、たぶん。分かってる。

 私は可愛いけど、可愛いからって私の恋が上手くいくとは限らない。


 初恋の人も、次に好きになった人も、その次の人も、みんなつまんない男を選んでた。ちょっと顔がよかったり、ちょっと背が高かったりするだけのしょうもない男を。


「……私の可愛いは、先輩に効くのかな」


 不安な気持ちがどんどん広がっていく。

 もう帰ろう、と体育館に背を向けた時、姫奈ちゃん! と不意に先輩の声が聞こえた。


 慌てて振り向く。先輩は別に、私のところへきてはくれない。

 だけど私を見つけて、満面の笑みで大きく手を振ってくれた。


「い、衣織先輩……!」


 慌てて手を振り返した私の顔はたぶん、林檎みたいに真っ赤だ。

 赤くなった私も可愛い……なんて、先輩が思ってくれたらいいのに。

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