第2話 先輩、狡くない!?

「せーんぱい!」


 昼休みになってすぐ、衣織先輩の教室にやってきた。

 一緒に昼ご飯を食べることは、昨日の夜SNSを通じて約束済みだ。いきなり押しかけて迷惑をかけたりなんかしない。


 ぐいぐい攻めるけど、先輩が嫌がることはしちゃだめだもん。


「あ、姫奈ちゃん」


 うっ。

 先輩の姫奈ちゃん呼び、心臓に悪い……!


 私は先輩の顔だけじゃなく声も大好きだ。中性的なんだけど、女性らしさもある色っぽい声。


「ご飯、どこで食べる? 教室は食べにくいよね」


 教室にいると先輩も私も目立つ。それに、距離を縮めるためにも二人きりになりたい。

 はい! と可愛く頷いて、私は先輩の手をぎゅっと握った。


「姫奈、落ち着いて話せる、静かな場所に行きたいです」


 鏡の前で何回も練習した上目遣い。何人もの男子たちを虜にしてきた首の傾げ方。

 衣織先輩だって、可愛いって思うでしょ?


「そうだね。じゃあ、おいで」


 そう言って先輩が私の手を軽く引いた。


 ちょっと待って!? おいで!? そんな言い方、現実で言う人いるの? 漫画から飛び出してきた王子様みたいじゃん!


「姫奈ちゃん? どうかした?」


 動揺のあまり動けなくなった私を見て、先輩はほんの少し首を傾けた。

 狡い。

 こういう人が本当は一番女なくせに。実は絶対超可愛いはずなのに。

 なんでこんなに、先輩って格好いいの!?





「先輩、これ見てください! 先輩に食べてほしくて作ったんです!」


 お弁当を食べ終わった後、鞄から可愛くラッピングした袋を取り出す。中に入っているのは手作りのクッキーだ。

 昨日の放課後家で必死に作った。ちなみにレシピは家庭部の悠里に全部聞いた。


「姫奈ちゃんが?」

「はい」

「お菓子作りとか得意なの?」

「得意ってほどじゃないですけど、その……先輩に食べてほしくて」


 嘘。本当はマジで大嫌い。お菓子作りとか料理とか、そういうちまちました作業、面倒で仕方ないもん。絶対買った方が美味しいし。


 だけど、先輩には可愛さをアピールしたかった。


「ありがとう。手作りのお菓子って久しぶりだな」


 そう言って、先輩がラッピングを丁寧にほどいてくれた。なかなか可愛くできなくて、最後の方はイライラしながら結んだリボン。

 それを先輩は、宝物を扱うみたいな手つきで解いてくれた。


 細長い指でクッキーをつまみ、口元へ運ぶ。一口食べると、先輩はすぐに笑顔になってくれた。


「美味しい! 姫奈ちゃん、ありがとう」

「先輩……!」

「手作りのお菓子って、なんか好きなんだ。温かい味で。それに、私のために作ってくれたっていうが一番嬉しいよ」


 じわ、と胸の奥が温かくなる。

 ああ、よかった。頑張ってレシピ通りに分量をはかって。


「姫奈ちゃんは優しいね」

「へっ?」


 私が優しい? 先輩がじゃなくて?


「……姫奈ちゃんもだろうけど、見た目のせいで結構、知らない人に話しかけられることって多くて」

「……はい」

「そういう時って、なにかしてほしいとか、そういうことばっかり言われない?」


 言われてみればそうかもしれない。

 デートに行きたいとか、付き合ってほしいとか、名前で呼んでほしいとか。


「でも姫奈ちゃんはそうじゃない」


 柔らかく微笑んで、先輩は私をじっと見つめた。


「私はそれがすごく嬉しいんだ」

「先輩……」


 私はただ、先輩に好きになってほしくてアピールをしているだけ。

 作戦が成功していて嬉しいはずなのに、なんだか少しだけ胸が痛い。


「それに私は昔から、自分から友達を作るのが得意じゃなくて。だから姫奈ちゃんが声をかけてくれたのも嬉しかったよ」


 そう言った後、先輩は私から目を逸らした。


「なんか照れちゃうね。ごめん、急に」

「いえ……そ、そんな風に言ってもらえて、嬉しかったです」


 どうしよう。まずい。心臓がうるさくて、頬が緩んで……私今、変な顔してる気がする。


 それに先輩、狡くない!?

 私が先輩のこと好きにさせようとしてるのに、なんで私が、もっと先輩のこと好きになっちゃってるの!?


 見た目がすごく好み。それだけ。それだけのはずだった。

 なのに。


 どうしよう。先輩のこと、めちゃくちゃ好きかも……。

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