?/? 未成熟

 私の文章を書く天啓的な才覚の所以は、小説の一文目を連ねる力に宿っていたのだ、と私はこの一文目を書きながら絶望的に思っている。

 かつての私は、贔屓目抜きの評価など到底成し得ないが────確かな光芒を放つ、荒削りながらも人を惹き付ける、そういった文章を書く才覚に目覚ましい程恵まれていた。そしてその根源は恐らく、「一文目」にあったのだ。

 最初の一文で、はっ、と目を覚まさせられる。惹き付けられる。続く言葉を待ち望んでしまう。……こうまで言うと大袈裟ではあるだろうが、間違いなく、私はそのような、一太刀の美しさでにんげんを魅了する術に長けていた。

 だがしかし今はどうだ。

 かつての残滓の光芒さえ漏れれど今の私の文章にそのような激しい光が、打ち付けるような興奮が、目覚ましい程の残虐が、見当たるだろうか。

 答えは否、と言って良かろう。

 少なくとも、自分と他人の間にある圧倒的な隔たりから成る異様な差別抜きの評価など到底成し得ないが────今の私の文章が、かつての私に手が届くとは思えない。それがかつての私程、私を震わせるとは到底思えないのだ。

 そして私を震わせる傑作は、今まで例外なく、少数の他人の心に多少の波紋……多少の足跡、多少の切り傷を残してきた。その筈なのだ。それが夢見がちな少女の勘違いなのだとしても……その波紋が何れ掻き消えて凪いだ水面に溶け消えるのだとしても、その足跡が他の足跡に塗り潰され新たな雪の下に眠るのだとしても、傷痕としてさえ残らずただ真っ新な肌として生まれ変わるのだとしても。

 きっと、彼らにその力はあった。

 誰かの心を揺り動かす、無二の力は確かに彼らに宿っていたのだ。

 ……私が文章を書く所以は、他人からの評価を受けたいが為ではない。彼らを描く為、ひいては私の理想に出会う為、ただ、それだけの話だ。他人の評価は私の文章を書く理由に一切の関与を齎さない。稀にそれが私のアイディアの根源となることはあれど、評価こそが絶対の正義とはならない。

 だがしかし、同時にこうも思っている。自分すら愛せない程の拙文の中に彼らを徒に浮かべることが、どうして赦されるのか。

 私は彼らの物語を、私に創作された彼らの抱えた一つ一つの物語を、深く深く愛している。そしてそれを理想的文章に落とし込む手段は、この世で私しか持ち得ない。

 だからこそ憎いのだ。

 灰色の文章しか書けず、自分すらも惹き付けぬ、あまりにも拙い、この心から絶えず漏れ出る汚泥の欠片が。

 この欠片は美しく目覚ましい彼らの物語を泥濘の中に引き込んで、やがて物語の花を枯れさせる。本来あるべき姿を、描かせない。彼らを世間に評価させない、間違いようもなく美しい筈の彼らの姿を汚泥に陥す。

 だからこそ、大人になる前に死んでしまうべきなのかもしれない。

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