?/? gram(急にこれだけ9000字くらいあります)

 遂にgramが届いた。

 パソコンの機種に詳しくない方はこの一文目を見て「ではその進化系はキログラムか?」とでも思っていると思うので、こちらも浅学ながらご説明させて頂こう。

 『gram』とはLGという会社から出ている非常に魅力的なパソコンである。その魅力といえばまず先に持ち運びやすさ。gramはパソコンという重量機器の中で14インチならば1kgを切る、その名の通り「g」に収まった非常に持ち運びのしやすい軽量体を誇る。身近なもので例えるのなら1000mlのパック牛乳がまさにそれだ。どのご家庭にも大体一本は収まっているであろう冷蔵庫から取り出してみてほしい。これがパーソナルコンピュータ、皆様の手に収まるスマートフォンより遥かな情報処理能力を持った機械の重さである、とは夢にも思えまい。だがしかし、その壁を突き破った軽さを見せたのが述べる通り、「gram」なのである。更にgramの強みはそれだけではない。そして「それがあるからこそ、こちらの強みも活かされる」とも言える。

 gramが誇る第二の性能……それは「充電保ちの長さ」である。

 驚くなかれ圧巻の「37時間」だ。

 ……反応が芳しくないと見える。そう、今時iPhoneはビデオ再生をし続けた上で「26時間」と非常に充電保ちが長い。しかもスマートフォンの中でiPhoneは充電保ちとしては短い方だ。私調べに拠れば最強のバッテリーの持ち主Xperia Ace IIIなどは連続待受時間は脅威の約730時間。日数にして約30日。30倍である。

 だがしかし待ったを掛けさせてもらおう。Xperia Ace IIIに比べれば大したことはないではないかと思ったあなたは思い間違いをしている。そう……スマートフォンは遥かに。

 劣化しやすいのだ。

 gramの優れた性能その三は、耐久性である。スマートフォンは近年順調に耐久性を上げているが、それでも表面に蜘蛛の巣状の割れ目を作っているお嬢さん方は少なくない。しかしgramはというとあのしなやかな牛乳パック並みの重量で米国国防総省の厳しい基準をパスしている。振動、落下、砂塵、高温、低温。高さ1200mmつまり1.2mから26回落下させられて、その衝撃をものともしなかったのだ。皆様お持ちのスマートフォンならばとうに砕け散って床の溝にお隠れになっているに違いない。それ程の耐久力を彼は持っているのだ。

 さて、ここからが本番だ。ここまでgramの魅力を三つ語った。

 軽さ。バッテリー保ちの長さ。耐久性。

 どれもノートパソコンには要求したい、大切な条件である。これらを組み合わせると何が見えてくるか?お分かりだろう。

 そう、このパソコンは「超持ち運び特化型パソコン」なのである。

 持ち運ぶ手足に負担を掛けず、充電を長い間しなくても問題がなく、外気の冷たさ暑さ、粉塵突然のアクシデント。何に晒されても問題のない、恐ろしく持ち運びに便利で「スマートな」パーソナルコンピュータ。画面に蜘蛛を飼うことも、勿論無いだろう。

 これがLG産、『gram』の実力である。

 ここまで熱く語ればお分かりの通り、私はこのgramを熱烈に求めてやまなかった。パーソナルコンピュータそのものの性能を求めるのも然ることながら、その性能、そして何より他のパソコンより薄くしなやかで美しい肢体……。いやこう書くと気持ちが悪い。そのコンパクトで美しい機体に、自分がノートパソコンを求めるなら持つのはこれより他にない、と確信していたのだ。

 私とgram(何故gramだけ半角なのか?と常々思っていた方は諦めて欲しい、私とて気付いた。しかし一括変換がない為もう後戻りもできないのだ)の馴れ初めは、そもそも家にgramがあったからだ。皆様コストコはご存じだろうか?巨大なサーモン、パンオショコラ……いきなりクソデカ食糧庫の話をされて困惑のことだとは勿論思う。だがしかし、コストコというのは食料品売り場だけではない。コストコといえば巨大な食料品の数々のイメージだろうがあそこは電気屋も併設しており、それ専用のスタッフも配備しているのだ。我が家に迎えられた先人の白いgramは、コストコからやって来た。ちなみにこう言うと迎えた当初を認知していたかのようだが、私はgramが迎えられた時のことを認知していない。我が家のgramは少なくとも七年選手だ。そんなに前のことを覚えている筈がない。

 と、この通り……私は今でこそgramについて熱烈な愛を抱いているが、我が家に最初にgramが迎えられた時の反応は非常に鈍かった。というのも、私は当時、パソコンやタブレット、スマートフォンなどの機器にあまり触れてこなかったのだ。gramを持った時、それが破格級に軽いことも、その容姿がパソコンとしてはあまりに薄くコンパクトで美しいことも、私にはまだ気付くことができなかった。gramはその魅力にしては慎ましく、時折気紛れに執筆に使われることもあったが……、性能に反して私にはあまり使われることのないまま、gramと私の間に時が過ぎていった。

 そして姉が大学生になった時、gramは家を出ることになる。

 gramの魅力は話した通り、「持ち運びへの強さ」である。研究員や大学生にとって、これほど魅力的なパソコンもない。姉はgramを引き連れて大学へ行き、常に家にあったgramは埃のベールを脱ぎ捨てた。

 私はそれに関して、一抹の寂しさを感じていた。

 姉が連れ歩く為にgramはもう使うことができない。家にない。最初は執筆の際慣れ親しんだ指に馴染むパソコンがなくなった為だ、と思っていた。しかし母のMacbook(Apple製のパソコン)を使っていた際、それが間違いだと気付いた。

 銀色のMacbookはあまりにも金属染みていて無骨で……。重すぎる。打鍵感覚もgramよりキーボードが平らで、仕事人には優しい仕様になっているのだろうが跳ね返ってくる衝撃があまりにも物足りない。それに比べてgramはどうだ。軽くて、目に優しい柔らかさのある黄身がかった穏やかなあの白に、軽い機体。跳ね返ってくる衝撃も、私のパソコンに求める打鍵感覚、そのものだった。

 私は世の中のパーソナルコンピュータを、知らなさすぎた。

 その為にgramというパソコンの素晴らしさを実感することができなかったのである。

 追放はしていないがここまで来ると追放ものそのものだ。ちょこんと家の中で鎮座していたあのパソコンは、私の求めるものそのものだった。私は己の浅学さの前に、本当に大切にすべきだったものを一つ失ったのだ……。

 と、そこまでは絶望していないが。

 ともあれ私はgramの素晴らしさをそこで実感した。そして自分のパソコンを持つのならあれしかない、と心に決めたのだ。それにより母に自分のパソコンが欲しい、と直訴した。丁度大学への進学を控えた時期であったので私の訴えは受理され、無事パソコンは私の手元に……。

 と行きたいところであったが、世は……というより私の家庭はそこまで甘くなかった。

 私はその頃、丁度倉庫勤務の日払いアルバイターとして舵を切ったところであった。その為母は私に「パソコンを買う査定には力を貸すが代金自体は自分で払いなさい」と言ったのだ。何の苦労もなく既存のパソコンを手に入れた……つまり何の負担もなかった姉と同じようにてっきり無負担でパソコンが手に入るものと思っていた私は当然これには驚いた。驚いたが……。両親としては自分で金を稼ぐ苦労と大金を支払って物を買う経験をさせたかったのだろう。そう考えると違和感のある話ではない。以前購入したgramの値段は12万円であった、という母の証言をもとに、まずは私は12万円の貯金を目指した。

 しかし12万円の貯金は難航した。

 私のやる気は、儚い。12万円貯めてやろうと意気込んでバイトを入れに入れた初期は良かったが、それ以降がどうにも続かない。その上受験期にあり遊べなかった、大学に入れば更に道が分かれる友人達が続々と受験を終えて解放されてやって来る。懐には、金がある。

 ここで遊ばないという選択肢が取れる程、私は強い人間ではなかった。

 一応注意として付けておくが友人達に罪はない。弱い私が悪いのだ……。という経緯を経て、貯めた金は増減を繰り返し、7万円程度に留まった。父はそんな私を見兼ねて……というかいつまで経ってもニートのように家に留まり一日中部屋着で居る私に危機感を覚え、働け働けとせっついて来た。

 至極真っ当な言である。

 しかし私は弱いばかりか天邪鬼。やれと言われるとやる気を無くす。ダメ人間の手本の如く、やはりそう簡単には動かなかった。

 親心として、動かない岩を懸命に叱り飛ばしてくれていた親父殿の愛にはほとほと頭が上がらない。

 だがしかし私としても分かっていた。分かっていないから動かないのではないかと言われればそれも否定はできないが、分かっていた。

 働いて、早くパソコンを手に入れなければならない。でも家が心地が良い、そして何より家の中に居れば書きもしない小説が、物理的には書ける……。書きもしないが……。

 そう言いながら小説を『鹿男』ととちらほらと他創作の夢小説だけを書き下ろして、二月下旬。先方の都合もあるのでそんなことは成し得ないが隙間なく働いていれば17万程を稼げた、二十一日間。その時間の中で、たったの10737文字を書き下ろしたのみで、私の二月は終わりに差し掛かろうとしていた。

 これではいけない。

 流石の私も分かっていた。分かっていないぞと言われたらそれも否定はできないが、分かっていた。

 仕事を、入れなくてはならない。

 私のアルバイトは先にも述べた通り日雇い制。自分で何項目かの中から仕事を選び、この日にここで働きたいと申請するシステムだ。そして金が欲しいと思っていながらも何故私の仕事が滞っていたのかというと、やる気の停滞も勿論だが仕事を……。文面とはいえ言うのが憚られるが……サボってしまって、システム自体を差し止めされてしまったからだ。そのシステムの差し止めを解除し仕事の予定を入れる為には、事務所に連絡を入れなくてはならない。これが私にとっては果てしなく、ハードルが高かった。

 まず第一に、電話を掛けるということのハードルが高い。

 暗黙のマナー、礼儀、アドリブ、コミュニケーション力。ついでに声量。私に足りないものを全て求めてくる癖して、学校では教えてくれない。こればかりは経験の積み重ねだ、とは思ってこそいるのだが。恐怖で足が竦む。LINEで暴れ散らし嫌だ嫌だと地獄行きの人間のように嘆いてから覚悟を四度程決めてからではないと、まず掛けられない。

 そして第二に、絶対に私が悪いということ。

 忙しい中電話を掛けられて向こうも迷惑するだろう。そもそもサボったことで既に迷惑が掛かり、電話をしていないその瞬間にも迷惑は逐一蓄積されている。向こうは腹立たしいことだろう。そしてその累積が爆発する瞬間こそが、電話を掛けたその瞬間なのだ。ただでさえ電話は苦手なのに後ろめたい事情を抱えてでは、掛ける勇気もなかなか出ない。私が働けなかったのは、その一度きりの電話を掛けたくなかったからだった。

 軽蔑されるべき事案である。

 だがしかしここで挫けていれば社会との同化は不可能だ。一生家に寄生することでしか生きられなくなる。それに対する危機感は常にあった。そして給料で初めて父の誕生日にケーキを買って帰ったその日に、両親がどれだけ喜んだかを未だ覚えている。

 私は両親への恩を、返したいのだ。

 私は震える手で平謝りの電話台本を書き、事務所の電話番号を何度も確かめた。怒られることも覚悟の上だ。飲食店のバイトは落ちた。ここで働けなければ、もうどこに行っても働けない。何としても、何があっても、私はここで再び働けるよう許しを得なければならない。

 祈るような心地だった。

 私は精神がボロボロになるであろうことを見越して「戻ってきた時『頑張ったね お前は最強』などの言葉をかけてください」と強欲そのものの言葉を私専用の壁打ちLINEグループで呟くと、いざ戦地へと回線を繋いだ。

 



 あっさりであった。

 当初想像していたより遥かに容易に、事務所の職員さんは塩ラーメンの如くシステムを働けるよう解禁してくれた。

 私の計画としてはまずサボってしまったことの謝罪や概要の伝達を行い、それからシステムが止まっていることを伝え、解除してもらうことはできないかと懇願するつもりであった。私はそんな台本を握り締め、(データの為握り締めてはいない)台本通りにまずはサボってしまったことの謝罪を……。

『あぁなるほどじゃあシステム止まってると思うので動かしますね〜』

 一瞬であった。考えれば先方にアルバイター一個人にお叱りの言葉を掛けて体力を使ってやる程の思い入れがある筈もない。それもあってか先方は謝罪をした私が「仕事をさせてください」と縋る前に私の葛藤は何だったのかと思う程、あっさりと止まっていたシステムを再開させてくれた。

 働けるようになった。

 その喜びが辿り着く遙かな前に、放心の境地に立った。コピペの「頑張ったね お前は最強」とのメッセージを眺めながら、私は呆然と傷んでいない心を不思議と惜しんでいたのである。

 それはさておき、働けるようになった。これで稼ぎたい放題(正確には被扶養者のため103万円までの縛りはある)である。我が世の春を築くのは、これからだ……。と思っているとふと、母が私を買い物に誘い掛けてきた。「コストコに行かないか」と。


 コストコ。そう、先にも述べた通りかつて私が魅せられた……「実家の白gram」の第二の故郷だ。ちなみに彼女の実の故郷は韓国である。

 私はコストコで実機を見て……三年越しに、gramに触れた。

 ……軽い。

 実家のgramは13.3インチ。店舗にあったのは14インチ。それでもgramは薄く他のパソコンよりも遥かにコンパクトで……美しかった。

 処理速度やデータ容量。重量級ながら、gramよりもそれらのスペックでは高い性能を持ちながら10万円代と安価なパソコンもすぐ隣に買い手を求めて鎮座している。最新式のgramは16万。7万円では……到底足りない。

 私の所属している日雇いのアルバイトでは一日大体九千円程度が給料として支給される。つまり10万円のパソコンを買うなら3、4回。gramを買うなら10回程度の勤務が求められる。10万円のパソコンを買えば楽ができる、苦しまずに済む、目下の休みは保証される。それは私には非常に魅力的で、抗いがたい条件だった。6日分の休暇。それだけあればどれ程小説が書けるだろう。どれ程本が読めるだろう。そう思っても……。

 私はgramが、欲しかった。

 あの憧れを掴み取りたかったのだ。各社凌ぎを削って作り上げた様々なパソコンが並ぶ中、私にはgramが一番眩しかった。gramが一番、美しかった。それは並んでいるパソコンの中で最もgramが高価なパソコンである、という事実に直面して尚、変わることはなかった。

 gramが欲しい。そんな気持ちを一層強くした私は母に一つ相談をすることにした。


 借金の相談である。

 gramは非常に魅力的な機体である。それは私にとってだけではない。研究員、全国各地の大学生。誰にとっても魅力的なパソコンだ。そんなgramなのだから、彼女がいつ店頭から姿を消すか分からない。それについては母とも意見が一致した。その為母に事前に購入して実機を手に入れてもらい、私が16万円を支払うことで自分のものにする交渉をしたのだ。

 これには勝算があった。

 母はパソコンの販売員を経てパソコンインストラクターの職に就いた経験がある。数々のパソコンに触れたことがある為、勿論gramの価値も理解している。

 それに付け加え、母に借金をしたのは私が最初ではない。私は吹奏楽部で熱心に活動していた姉が自分の楽器への憧れを強くし、金管楽器を母に借金をして購入したのを知っていたのだ。その額想定およそ50万円。姉は今も月額で母に借金を返済し続けている。それが姉にできたのなら、私にもチャンスはある筈だ。それに借金を働いてしっかりと返すことができたなら、働いて得た大金を支払って買い物をする経験をさせたい両親の目論見は滞りなく叶う。

 母は躊躇いなく承諾してくれた。

 両親が私をコストコに連れて行ったのには部屋の中でもやしのようにしなしなと外に出ず生きている私を外に出す他、gramの実機を触らせることで私の尻を叩く目的もあっただろう。果ては借金の形にすることも視野に入れていたかもしれない。尻を叩こうと思わせる程動かない岩娘で申し訳ないが、本日届いたgramに恥じないよう、そしてgramに躊躇いなく触れられるよう、働いて借金を返していこうと思う。

 そう、本日gramが届いたのである。私が本当に書こうとしていた話はこれからなのだ。これまでの話はただの前日譚に過ぎない。これからが本編である。


 Amazonからgramが届いた。

 ここで相席食堂の如くちょっと待てぃと思った方はよく読んでいる。

 そう、私は実家の白gramと第二の故郷を同じくするgramではなく、Amazonでgramを購入した。正直実機を舐め回すように見させてもらったコストコには申し訳ないが、コストコのgramにはある欠点があったのだ。

 コストコのgramには、Officeが搭載されていた。

 ここで首を傾げた人は二種類居ると思う。Officeが搭載されていることの何が悪いのか?と思った方、そしてそもそもOfficeとは何ですかという方……。

 後者の疑問から紐解いていこうと思う。

 「Office」とは、パソコン業界では大体「Microsoft Office」を指す言葉である。Word、Excel、PowerPoint……それらの総称であると言えばパソコンに触れる機会の少なかった方にも伝わるだろう。それらが分からない方については現代ではほぼ必須レベルのパソコン搭載有料アプリの総称である、と認識していだこう。Officeはそもそもパソコン全てに搭載されているものではなく、2万円ほどで購入する有料コンテンツである。それがパソコン本体の値段にプラスして価格に組み込まれて着いてくるのが、Office搭載のパソコンということだ。

 ここで後者の方も前者に追い付いて来たことかと思う。

 何故Officeが搭載されていてはいけないのか?

 それは私のパソコン購入タイミングに関わってくる。私の年齢は18歳。これから大学へ進学する。そしてOfficeは現代に於ける必須神器と述べた通り、大学でもOfficeを必ず使うこととなる。その為大学はMicrosoftと大学単位で契約し、学生に割安でOfficeを提供してくれるのだ。

 つまり大学に所属するのなら元々Officeが値段ごと搭載されているパソコンを買ってしまうよりOfficeの入っていないパソコンを買い、後から大学の提供してくれたOfficeを買った方が割安で済む。

 コストコのgramはそういった意味で魅力的ではあったが、私にとっては都合が悪かった。

 その為私……正確には母は親切なコストコの店員と相談した結果、Amazonで買った方が安価であるという結論に至り、Amazonでの購入を決意したのである。

 そんな密林住みのgramは私の元へと辿り着き、無事我が家の一員となった。となるとまずすることは初期設定である。これは母の助力もあり滞りなく終了。ついでに学生用Officeも入れてしまおう、という話になった。

 大学サイトで調べると、ここから登録できる、という玄関口があった。だがしかし当然学生用Officeの割引を不正利用されないよう、学生用のIDとパスワードが要求された。

 これについては心当たりがあった。一昨日部屋を掃除し書類の整理をしていた時だ。大学から送られてきた資料の中に、この期間の間に登録を済ませてくださいという学生用IDの登録手引きの書類を見つけたのだ。でかでかと警告のようにその期間の日付が記されていたのを覚えている。指定されていた日付はまだ遠い。当然であるがそのIDとパスワードがなければ、学生用Officeの購入はできない。まだ学生用Officeを登録することはできないのだ。肩を落としながらも、私は学生用Officeが入れられるようになった時の準備をすることにした。

 ID登録がすぐに済んだらOfficeを入れたい。その為に登録の手引きの書類を様々にある書類の中から選り分けておこう。そう考えた私は確かこの辺りにあった筈、と登録手引きの書類を探した。


 血の気が引いた。

 どこにもないのだ。学生用IDの登録手引きの書類など、どこにもない。登録期限がでかでかと記されたその書類は、どこにもない。そもそもあの書類自体がないもので、私は夢を見ていたのか?そう思い、入学諸手続きのフローチャートが書かれた書類を確認した。フローチャートの中に、学生用ID登録手続きの行程は、含まれていた。

 大学に入るのに必須の手続きに必要な書類が、どこにもない。

 

 私は真っ青になって探した。最後に見たのは掃除をした時。必要な書類と不要な書類を選り分けていた時に見つけたのだ。それが見つからない。ということは……誤ってゴミ箱に捨てた可能性が、一番高い。

 私は紙ごみの入った紙袋をひっくり返して、珍しく整理された棚をひっくり返して一枚一枚紙に逃すものかと目を皿にして必死にその一枚を探した。身体が発火するように熱く、頭がくらくらとして、胃がきりきりと痛んだ。

 大学に入れなかったら、私はどこへ行くのか。

 こんな書類一枚の不始末で、両親に何百万円を溝に捨てさせるのか。

 息も止まる程だった。何度も見逃しているだけではないかと祈りながら紙の束を捲った。

 どこにもない。

 大学に入る為に必要な手続き、その方法を記した紙は、私の小さな不始末で、泡沫に消えた。

 どこにもない、どれだけ探しても、無い……。

 私は泣きそうになりながら、あちこちに不調と熱を持った身体を引き摺ってもう一度入学諸手続きのフローチャートに目を通した。もしかしたらこの書類と一緒にある可能性が高い、という仲間の書類を見つけることができるかもしれない……そんな淡い希望を託して、読み上げたのはフローチャートの一項目。

 学生用IDを該当期間内に登録してください。詳細は裏面をご覧下さい……。

 ……裏面をご覧下さい?

 私はぺらりと入学諸手続きフローチャートの書類を捲った。

 そこにあるのは、でかでかと警告のように記された登録期間の日付。

 私は手元にあった書類を、折角整理した棚とゴミ袋をひっくり返してまで探していたのだ。

 これには流石に、笑ってしまった。書類を探した一時間は、見事に無に帰したのである。


 さて、前金として収めた6万円を差し引いて、あと10万円。

 何の関係もなくコストコに行く2、3日前に借りた『文豪と借金』が目に染みる。

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