7/23 しみ

踏み潰されたバッタが、地面にしみを作っていた。立派なバッタだ。中指程はあろうかという立派な体躯に、きっぱりと鮮やかな翠。歩行者道路のど真ん中で朽ちるには、実に惜しい。そう思わせる程の夏の新緑としての美しさを、彼は備えていた。今も尚、脳裏に残る。無惨に踏み潰され、それでも未だ生き物としての生の色をありありと残した、彼の姿を。彼は「どうだ死んだぞ」と赤色で下品に声高に叫ぶこともせず、ただじわりとしみを広げて、秘めやかに道に佇んでいた。明日にはあの道は、きっと渇いている。桜の散った後、木に生い茂ったそれのような、のびのびとした青も忘れて渇いている。きっと彼を踏み躙った、靴の裏にできたしみも、きっと渇いている。……それまではあの道と同じ。きっとあの靴は、かげおくりのようにしみを着けている。

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