第3話 声高に模試の成績をひけらかす受験生を裁く法。

人生において、文理選択とは、朝飯をパンにするか白米にするかという選択と同じ位重要なものである。人は平均して1日に三万五千回もの選択をしているというが、これ程重大な選択を迫られる機会はそうそう無い。私はコイントスという最も原始的かつ公平な方法で理系を選択したが、あれが私の人生の中で一、二を争う愚行であったことは言うまでもない。

何故急にこのようなタンクローリーの如く重苦しい話題を切り出したかというと、かく言う私ももう高校三年生、俗に言う受験生だからである。

受験生がこんなものを書いている時間があるのかと言いたげな読者諸君に懲役20分の刑を課しつつ、この国への不満を垂れることにする。

そもそもまだこの世に生まれ落ちてから四半世紀も経たぬ子供達に大学入試という将来を決定してしまう凶悪な試練を与えるとは一体どういう事か。私のような大器晩成型の人間がまだ大器になっていない段階で将来を決定づけられてしまうなんて、こんな不公平なことがあってたまるか。私だってあと10年もすれば国すら動かす力を手に入れるかもしれないし、宇宙飛行士になっているかもしれない。いや、さすがにそれは無謀か。

私の唯一の長所は想像力である。その才能が頭角を現しだしたのは齢2つの頃であった。一般的な赤子より遥かに早い段階で言語を習得した私は、その年にして「機関車になりたい」というなんとも壮大な目標を打ち立てた。余談になるが、私は夢という単語が嫌いだ。夢、という言葉はどこか「叶わない気がする」というニュアンスを含んでいるように感じられるので、私は敢えて「目標」という言葉を用いている。

無論目標というからには今でも目指している訳である。昔は私の周りにも機関車を目指す同士がいたのだが、今では彼の夢は電車の運転手になってしまった。時の流れにまかせて目標を下げることは愚行であるが、私も一応もう間もなく聖人である。進路希望書に「機関車」などとは書けるはずもない。私は2時間ほど熟考した挙句、百足がのたうった様な字で「歯医者」と書いた。これは機関車の次に私がなりたい目標である。出来るかは分からないが、兼業も視野に入れている。受験期の登校後に、こんなにポジティブな思考が出来ているのは、天下広しといえども私くらいであろう。


「いやぁ、俺この前の模試で〇〇大学A判定出たわ」


開廷


これは私の愛すべき悪友の1人、名を後藤という。顔もよく筋骨隆々な実に男らしい男の中の男という風貌であるが、実力をスーパーのバーゲンセールのごとくひけらかすのが玉に瑕である。

さて、前置きは兎も角今の発言は受験生にとっては禁忌といっても過言では無い、懲役30分にも相当する重罪である。もし受験生が皆国王であったなら、全面戦争待ったなしであっただろう。12月、間もなく共通テストまで1ヶ月を切るというタイミングなだけあって、教室は牢獄の如き薄暗い沈黙を纏っていたが、その空気を教室ごと破壊していくのがこの男の中の男、後藤であった。

残念ながらこの時期になると、私のようになかなか絶望的な戦いに挑まなければならない学生が増えてくるのも事実である。後藤の発言は彼らの心の傷に3倍濃縮のポッカレモンを塗りたくったことだろう。ちなみに私は「絶望的な自己すらも愛そう」という、かのイエス・キリストを彷彿とさせる阿蘇山のカルデラの如く広大な心を所持しているため、この程度の発言ではまったく気持ちは揺らがぬことを明言しておこう。本当である。

だが私と同じ境遇の仲間たちの事を思うといくら悪友といえど看過する訳にはいかぬ。彼らのためにも、私は今ここで奴を裁かねばならぬのだ。懲役30分では足りぬ。いざ、断罪の時。

「じゃんけん負けた方がジュース奢りだ。じゃんけん…」


自慢ではないが私はこういう時のじゃんけんで負けたことがない。時代が時代ならばじゃんけんのみで大将軍になることも容易だったであろう。だが私はこの時代に生まれた。故にこの力を武力としてでなく、世に蔓延る悪を裁くために使うと心に誓ったのだ。

こうして見事に戦いを制した私は、自販機の中で最も値段の高い飲料を後藤に奢らせた。これで同士たちの魂が少しでも安らぐことを祈る。やはり最後に勝つのは正義である。


原告:声高に模試の成績をひけらかす受験生(後藤)

判決:罰金220円(徴収済み)


脳内裁判、閉廷。

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アンチ・モンテスキュー・バラード 夜風の仕業に違いない。 @yokaze00

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