-100℃の片想い!

ここあ とおん

第1話 好きな人

「え⁉ いるの⁉」


 口にご飯が入っているにもかかわらず、真緒まおは大きな声でとにかく驚く。廊下までその声が反響しているのが聴こえた。


「ちょ……声が大きいよ」


 私は真緒の口を手でふさぐ。絶対に他の人には聞かれたくないことだから。


紗緒さおがいるなんて思わなかった」


 凛音りおんもびっくりしながら私を見ていた。こんなにびっくりすることはないんじゃないかと思ったが、今まで言ってなかったので驚かれるのも無理ない。


 私たち三人はいつもこうやって集まって、お昼にお弁当を食べていた。今日は午前授業だけど真緒は部活があるから、教室には私たちしかいない。


「で? で? 誰なの?」


 真緒がニヤニヤしながら私に聞いてくる。凛音も私の方を見ていた。頭の中で彼のことを思い出して、その名前を口に出そうとする。でも、やっぱり言うのは恥ずかしい。


「え……っと」


 どうしよう。言ってしまおうか。本当に恥ずかしいから言いたくないのが私の本心だ。でも、真緒に「好きな人いる?」と聞かれて「いる」て言ってしまったし。後先考えないで答えてしまった。私の悪い癖だ。


「言いたくなかったら、言わなくてもいいんだよ」


 凛音が恥ずかしがる私をみて優しく言う。やっぱり凛音は優しい。


「いや! いるって言ったんだから言わないと! 凛音も気になるでしょ?」


 しかし、凛音の言葉を強引に振り払って真緒が言う。


「そりゃ、気になっちゃうけど……」


 凛音は1回下を向いてから上目遣いで私を見る。その目はまるで「言ってほしいなあ……」と訴えているようだった。私はためらうのを諦めて、ついに言う決心をする。


「じゃあ……言うよ」


 教室には誰もいないが、念のため誰にも聞かれないように二人の耳元で囁くように言った。


「……九条くん」





「あんなにダメかな……あの人」


 自転車の鍵を開けながら、私は凛音にため息を吐きながら話しかける。


 お弁当が食べ終わったので真緒は部活に、私と凛音は一緒に帰ることとなった。真緒はバスケ部で毎日のように部活がある。私と凛音は放送部で夏休みが近い午前授業のときは、ほとんど部活がない。


「べつに、私はいいと思うけどな。九条くんでも」


「ほんと?」


 凛音も自転車の鍵を開けて、スクールバックを自転車のかごに乗せた。私は日焼け止めを取り出しながら、真緒に言われたことを思い出す。


「でも、私も真緒とおんなじこと思ったりするよ。実際あの人怖いし」


 凛音は手持ち扇風機を持ちながら私に言う。最近は本当に暑い。


「うーん……。私も怖いと思うよ九条くんのこと」


 私が二人に好きと言った九条くん。実はクラスからあまり人気ではない。そのことは私も知っていたし、私も少し思う。


 九条そう。身長は高くて、数学や理科ならテストで1位を取れるほどの頭脳。スポーツはあまりできないらしいけど、その弱点を埋め尽くすほど顔立ちが良い。これだけ聞くと超ハイスペック男子で女子からの人気は高そうに聞こえる。


 しかし彼は他人に対してとても冷たい態度をとることで有名だった。まるで、自分以外を人だと思っていないような。そんな態度らしい。怒られせると怖い。そんな噂が立つようになって彼はいつも一人だった。


 しかし私はそんな人を好きになってしまった。まだ直接話したことはぜんぜんないし、名前も覚えてもらっているのかも怪しい。


「でも、私応援するよ! 真緒はやめた方がいいとか言ってたけど気にしないで!」


 今日の暑さや、私のモヤモヤを吹き飛ばすように凛音は私を励ましてくれた。


「うん。ありがとう」


 純粋に応援してくれた凛音が嬉しくて、笑顔で返事をする。


 私たちはそろそろ帰ろうと自転車を押しながら駐輪場を出た。凛音とは途中まで帰り道が一緒なので、話の続きをしながら歩いた。


 その時、学校の入口の方からすらっとしたシルエットが見えた。背が高くて、黒髪のサラサラヘア。スマホを片手にイヤホンをしながらその人は歩いていた。


「ねえ、紗緒。あの人って……」


 凛音が小さめの声で私に聞く。彼女が指を指した向こうにはさっきの人が姿勢よく歩いていた。


「九条くんだ……」


 私はその後ろ姿を見てドキッとする。やっぱり私この人が好きなんだなと思う。見てるだけでドキドキしているのだから。


「ねえ、話しかけちゃえば?」


「え? そんな急に?」


 まだ、1回も話したことがないのに、そんなことをしていいのだろうか。九条くんは混乱しないだろうか。これで嫌われたら嫌だな。私は数秒の間にいろいろなことを考えてしまう。


「でも……」


 私はほんの数メートル先にいるかれを見ながら、話しかけるのを戸惑っていた。だんだんと自転車を押す速度が遅くなっていく。好きなのに、彼と距離を取ってしまう。なんでだろう。


 もし、真緒がここにいたら「絶対に話しかけろ!」とか言っていただろう。真緒は恋愛に関しては詳しいし、グイグイ行くタイプだから。そのグイグイ行く性格で、過去に何人も付き合っている人がいるらしい。


 「行かなくていいの?」


 凛音は私みたいにそんなにグイグイ行かないタイプだ。だから凛音とは一番気が合う。


「……うん」


 まだ、話しかけるほどの仲じゃないし。と理由をつけて、私は話かけなかった。


 しばらく無言で彼の後ろを二人で歩いていると、彼のリュックが開いていることに気づいた。その開いたところから教科書が一冊、地面に落ちた。


 教科書が落ちるとき、大きな音がなったがイヤホンをしているからか彼はそのまま歩いている。


「……私、ちょっと行って来る!」


 私は自転車をそこに停めて、彼が落とした教科書を拾う。私は無意識に体が動いていた。ただ、落とし物をした人を助けるだけ。相手が九条くんだと忘れて。


「ねえ。これ落としたよ」


 私は彼の元へ走りながら言う。しかし彼はまだ気づかない。私は歩く彼の目の前に立つ。彼と目が合った瞬間。私は「彼」をあの九条くんだと思い出した。


 え、まって。やば。九条くんに、あの九条くんに話しかけちゃった。どうしよ。


 彼はイヤホンを外す。


「なに?」


 私より数十倍低い声が、耳の中に入っていく。そういえば、ちゃんと彼の声を聴いたのは初めてかも。しばらく彼をじっと見つめてしまって、私はそういえばと焦りながら彼に言う。


「あ、あの……これ……」


 過去一ぎこちない喋り方で、少し手を震わせながら教科書を差し出す。


「なにこれ。数学の教科書?」


 彼は私の手から少し乱暴に数学の教科書を取る。咄嗟に言葉が出なくて、私は彼に対してこくんと頷くだけだった。


「てかこれ俺の教科書じゃん。なんでお前が持ってんの?」


 彼はずっと真顔で、声もずっと不機嫌そうだ。


「えっと……落としてたよ……あ、リュック開いてて……数学の教科書……うん」


 本当に私は日本語を喋れているのか疑うレベルで、自分でもおかしい喋り方になっていることを自覚する。


「は? ……ああ、リュック開いてたってこと?」


 また私は頷く。


 彼はリュックを下ろして、教科書をしまってしっかりとチャックをしめた。彼の数学の教科書は付箋がびっしりと貼っていた。そして他の教科書にも付箋が見えた。


「勉強熱心なんだね」


 少し言うのを戸惑いながら、私は彼に言った。少し褒めたら、九条くんも嬉しいよね。こうやって少しずつ、距離を縮めていこうかな。


「別にお前には関係ないだろ」


 吐き捨てるように彼は言うと、お礼も言わないまますたすたと歩きだしてしまった。


 あまりにそっけない態度に、私たちは何も言えないままその場に立ちつくしてしまった。


 私、こんな人を好きになっちゃったの?








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