パンツが降った日、俺は美少女姉妹に拉致られた。
赤目
家族になってほしいと頼まれるお話し
我ながら人の足音を聞くのが趣味だなんて気持ち悪いと思うけど、好きなんだから仕方がない。
幼い頃から習っていたサッカーの影響で、足の動きを見る癖がついてしまっていた。
足音ってすごくて、なんとなくその人の性格とか気分とかが分かる。分かった気でいるだけかもしれないけど。
そんなことを考えていたいつもの帰り道。
刹那、風に煽られ視界の外から女性用下着が降ってくる。
うわぁ……パンツだぁ……。
と感嘆の声を心中で漏らしていると、そのブツは吸い込まれるように俺の顔に直撃した。いくら俺だからと言って吸引したわけじゃない。
乾き切っていないのか、僅かに湿気っている。ラベンダーのような柔軟剤の香りが仄かに嗅覚を……
「……じゃねぇだろ! 何、当たり前のように降ってきたパンツ堪能してんだ俺は!」
顔に張り付くそれを取り、地面にぶん投げようとしてから止める。これは一体、誰が恵んでくれた……じゃない、何処から降ってきたんだ。
と、気が動転しているのを自覚しながらも辺りを見回す。この瞬間を知人に見られれば間違いなく警察沙汰だ。左手に抱えるピンクの紐パンを説明できる気がしない。
「あのっ、ごめんっ! すぐ行くからちょっと待ってて!」
パンツの次は声が降ってくる。見上げた先には可愛らしい美少女が。短めの黒髪ツインテールをした子は逃げるようにベランダから家の中に入っていった。
もしかしてあの子の物なのか? もう一回、嗅いでも許されるかな。なんて、真摯な俺は絶対にそんなことしない。
晴れのちパンツって世も末だ。最高じゃないか。と煩悩を打ち消していると、すぐ近くのドアが開けられる。
「ごめんね、怪我してないよね?」
尻尾のようにツインテールを揺らして俺の前に走ってくる。
僅か数歩ながら、足音に敏感な俺は気づいてしまった。彼女の足音はすごく澄んでいる。水面に波紋ひとつ立たないような、眠れる獅子を起こさないような、石橋を壊れないでと願いながら渡るようなそんな足音。
俺が知っている中で2番目にキレイな足音。いや……もう1番目か。俺は悲しい考えを振り払ってもう一度彼女を見る。
股下10センチほどのブカブカなオーバーサイズシャツを着ていて、一も二も言わせずに俺の手を引いて引き返していく。
「とりあえず、家に入ってよ」
待て待て待て、これは新手の詐欺だ。だいぶ雑な感じの。
俺より年下に見える彼女に力負けするはずもなく、力一杯腕を振り払う。
「取ったりしないって。返すし、家には上がらない。それでいい?」
「良くないっ!」
「えぇ…………」
もう一度腕を握ると同じことを繰り返そうとしてきた。今度は両手で俺の右腕を掴みながら。可愛らしいが家に引き摺り込むつもりらしく末恐ろしい。
「とりあえずっ、家に入って!」
「怖い、怖い!」
おかしくないか? 今の自分を客観視してみろ。俺はパンツを持った状態で彼女から逃げようとしている。本来、被害者は俺なのだけど、この場合そんなの関係ない。間違いなく社会はこの女の子の味方だ。
とりあえず隠れたい。人目につけば1発で刑務所体験コースだ。18の俺は少年保護法で守ってもらえない。あれ? 守ってくれるんだっけ?
結局、流されるまま彼女の家に入る。ここで巨体の男が出てくれば身ぐるみを剥がされること間違いなし。
「ねぇ、その……お願いがあるの」
俺の怯えをよそに、彼女は手を離す。扉は閉まって、玄関に2人。少女は沈黙を遮るようにピンクの唇を開く。
「私の家族になってくれない?」
「へっ?」
かぞく……? 知らない単語ですね。嘘です、知ってます。家族ね、家族。えっ? プロポーズ?
頭の中の困惑がそのまま出たんじゃってほど素っ頓狂な声を上げてしまう。
「やましいことは何もないんだ。お金はお姉ちゃんが用意してくれるし、何かしてほしいことがあるんじゃなくて、その、一緒にいたいだけから……」
「いやいや、会って2分だよね?」
「3分だもん」
「誤差だよ!」
強引に家に連れ込まれた挙句、婚姻関係結ばされるとか、どこの惑星のラブコメだよ。俺は、会話ができなさそうな女の子に目をやる。なんというか……まず誰だよ。
「君の名前は?」
「
「……
「つばき君だね。これからよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる小嵐さん。俺もつられて頭を下げそうになる。
「こちらこそ、って違うでしょ。もう帰るから。もし、例えば、仮にもう一度会うことがないと思うけどあったとしたら、その時は仲良くしよう」
「待ってよ! そんなに仮定を強調しなくていいもん! こうなれば実力行使だからっ! 逃げっ––––––––」
バタンッ––––––––!
倒れたのは俺じゃない、彼女だ。押し倒したわけでもない。小嵐さんは浅い息を吐きながら、短く呼吸をしている。逃げるなら今なんだろうけど、流石に放っておく選択肢はない。
「ねぇ、大丈夫? 小嵐さん? 小嵐さん!?」
気を失っているのか、ただ苦しそうに身を丸めるだけ。顔が紅潮しているのは気のせいか。
硬いフローリングの床に寝転がったままは体力を奪われるだろう。悪いと思いながらもお姫様抱っこをしてベッドを探す。幸い、少し落ち着いたように見えた。
小さなベッドの上に寝かせてやると、一息つく。異様なほど軽かった。中学生に上がったばかりの妹と相対差ない体重。栄養失調とか貧血とかだろう。
「はーい、油断したっ」
––––––––っ? まずいっ。
ボフッってベッドが鳴く。状況を飲み込む暇もなく、流れるような動作で押し倒される。今、仰向けの俺に小嵐さんが乗っかっている状態だ。
「つばき君優しい……。やっぱりつばき君がいい」
ヤバい、ヤバい、ヤバい。これは拉致だ。明らかに監禁拘束の類。何がヤバいって俺の貞操がヤバい。
「好きにしていい?」
「ダメ、ダメ、ダメっ!」
「うーん……訊き方を変えるね。好きにするから」
「はぁっ!?」
捕えられた両腕を引っ張り出して、迫り来る彼女の白い手を握る。手は無力化した。このまま力でねじ伏せっ––––––––!?
ピンクの唇が、桜の花びらのように降ってきた。その光景は先ほどのパンツを彷彿とさせる。首を動かす暇もなく、唇を奪われて声も出せない。
力は解け、舌は結ばれる。熱い鼻息はそのまま身体を焼き切る勢い。手を握りながら、体に乗られながら、舌を絡める。逃げ場はなくて、たまに聞こえる吐息と淫らな声だけが鼓動を急かす。
何分こうしていたのか、やっと頭が追いついて、小嵐さんをベッドの外に投げ飛ばした。
違うだろ、違うだろ、違うだろ。こんなのじゃない。絶対におかしい。忘れろ忘れろ。気持ちの悪い夢だ。
変に浅い息を吸いながら、部屋を飛び出す。何が家族だ。気持ち悪い、あんなの性犯罪だ。そうだ、警察を呼ぼう。もう世間体とか知るか。あんなの……どう考えたって間違ってる。
逃げるように彼女の家から出て、顔を上げる。すると、そこに黒髪靡かせる女性が1人。
「君、少し話がしたい。私を助けると思って、頼まれてくれないか?」
鋭く睨んで、彼女の悲しそうな瞳を眼光に映す。
パンツが降った日、俺は美少女姉妹に拉致られた。 赤目 @akame55194
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