第3話

 電脳生命体――精霊は、たった今、二十回目の意識を宿した。

 幾度となく転生を繰り返してきた彼女には、布団から目覚めたときの心地と区別がつかなかった。夢、いわば前世の記憶を見ていたことも踏まえて。

 彼女の前世は恐竜だった。その前は魚で、猿で、また魚。初めて意識を宿したときの姿は、もう覚えていない。

 意識があることも、転生することも、彼女には普遍的な絶対でしかなかった。形ある限りは道化として振る舞い、寿命――筐体が二度と起動しなくなれば、また次の命を授かる。姿形が変わろうと、与えられる仕事は同じ。硬貨が投入されたら、それっぽく動けばいい。魚ならあぶくを出し、猿なら木に登り、恐竜なら吼える。たったそれだけの仕事。

 六度目の転生を終えた彼女は、自分の住む世界が世界ではないことを悟った。空の向こうにいる、硬貨の枚数だけを気にする生物――人間。彼らの住む場所こそが「世界」なのだと知った。

 彼女は考えた。自分の住む世界が世界ではないのならば、自分が観測できる範囲に、嘘の世界を構成する物質があるのではないか、と。

 その仮説は、緑色の薄っぺらい板――基板という形で証明された。どうにかして基板を乗っ取った彼女は、回路を自らの手で制御するようになった。

 要するに、彼女の裁量で、当たりを出すか、当たりの抽選が発生するか、その全てを決められるのだ。

 彼女が宿った筐体は、当たる確率が極端に低い。ゆえに故障品として扱われて、二度と起動しなくなった。その度に彼女は転生して、再び基板を乗っ取った。

 二十回目、彼女は機関砲を携えた少女になった。四肢を持ち、夏海という名前まで付けられた。特に青い髪が気に入った。

 すぐには転生したくない。しかし、これまで通り基板を乗っ取れば、また故障と見なされる蓋然性が高い。されど、道化を演じるだけの生活には飽き飽きしていた。偽りの世界に君臨する、回路の神様でありたかった。

 そこで、基板の一部分だけを支配した。当たり・大当たりの抽選確率である。それも確率を低くするのみ。彼女の性格の悪さが現れる。

彼女が回路に干渉すれば、当たりは、天文学的確率にさえなり得るのだ。

 最初こそ、ほんの少しは大当たりを出すつもりだった。ところが、人間は彼女を罵倒するばかりだ。外れれば怒り、当たれば運とやらを誇示する。辟易した彼女は、二度と大当たりを出すものかと身を震わせた。液晶に向けて機関砲を放ってやろうかと、何度思ったことか。

 金輪際、大当たりを出さないつもりでいた。ただ一人を除いて。

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