第2話
肉体のない肉体とやらは、なるほど便利なものである。
草むらに腰を下ろし、両手を地面に当てながら、夏海は空を見上げた。悔しそうな表情を浮かべる子供たちが見える。夏海より一回り、二回り、いや何十倍も背が高い。
自分よりも大きな彼ら彼女らの遊び相手になるのが、夏海の仕事だった。
大型商業施設の二階にある遊技場――幻想の森。その中央に位置する筐体「機関砲の夏」が、夏海の仕事場所だ。
千円で二百枚の、星が刻印された専用硬貨。それを「機関砲の夏」に投下すれば、夏海は目を覚ます。機関砲を携えて、ところ構わず発射する。何かを撃ち抜けば、当たりの抽選が始まる。当選すれば、一枚の硬貨が、十枚、いや百枚になって返ってくる。
また、当たりをも凌駕する大当たりが存在した。得られる硬貨は、百枚や千枚のそこらではない。三・四千枚は確実。運が良ければ、一万枚に到達することさえある。
無論、当たりよりも確率は低い。事実、幻想の森で大当たりを引き当てた人間は、誰一人として存在しなかった。「機関砲の夏」が設置されてから一ヶ月が経った今でもなお、だ。
青色が基調の、煌びやかな照明。幻想の森の中心に位置する筐体。数々の子供が挑んでは、硬貨を全て溶かしていった。必ずといっていいほど当たらないその筐体は、しかし多大なる見返りを求めて、実装当時は、それなりの客が集まった。
大当たりは、やはり誰にも引き当てられなかった。
あまりにも当たらないため、幻想の森に苦情が殺到したことがある。しかし、機械に故障は見られないし、幻想の森以外に設置された「機関砲の夏」では、ちゃんと大当たりが確認された。それも一週間に四回の頻度で。
開発会社に問い合わせたが、原因は分からずじまいだった。
外の状況はつゆ知らず。夏海は寝転がり、ぼうっと空を眺めている。今は日曜日の午前十時。子供のはしゃぐ声が、液晶越しからでも聞こえてくる。
ふいに機関砲が発射された。誰かが硬貨を入れたのだ。夏海は飛び起きて、機関砲を握る。そして空を仰ぐ。険しい表情の男性が見えた。
誰にも聞こえないように、夏海はため息をついた。待ち望んでいたあの少年ではなかった。硬貨を増やすことだけを目的とした、ただのお客様だ。その証拠に、あの人は自分のことを一度たりとも見ていない。落ちてくる硬貨にだけ興味を示している。
損益だけに囚われた硬貨の亡者に、大当たりを渡すわけにはいかない。夏海は、頭いっぱいに「外れ」の字を浮かべる。念じる。そうすれば、機械は思い通りに動いてくれる。
夏海の思惑通り、大当たりはおろか、当たりさえも発生せずに、男性の硬貨は底を尽きた。そのとき、彼はようやく夏海を一瞥した。針のように鋭く睨み、悪態をつきながら離れていった。
慣れっこだった。当たれば自分のおかげで、外れれば内部設定のせい。ありもしない偶像――夏海に責任を押しつけて、鬱憤を晴らす。人間なんて、その程度の低俗な行為しかしない。そんな下劣な人間に、大当たりは似合わない。
結局のところ、一ヶ月間も大当たりが出ないのは、内部設定――夏海が大当たりを拒否しているからに他ならなかった。機械は故障していない。だが、正常な状態だからといって、思い通りの動作を実行するとも限らない。
もはや主回路も制御回路も意味をなさない。「機関砲の夏」に存在するのは、寄生された回路。ただそれだけ。
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