第2話

 ピシッ……パンッ……キィー……


 本当に家鳴りは頻繁にしていたけれど、ハナちゃんも父も、お化けや妖怪の仕業じゃないよって言ったので、怖くもなく、すぐ慣れて気にならなくなった。



 ところが、である。


 ミシッ……ミシッ……ミシッ……ミシッ……


 眠りから覚めそうになった時に、音が近づいてくるようになった。

 怖くてバッと起きると、音はピタッと止んだ。

 が、そこから、またウトウトしてしまうと、


 ミシッ……ミシッ……ミシッ……ミシッ……


 また足音のように、家鳴りが近づいてくる。

 そして、起きてしまうと、その音は全く鳴らなくなり、いつもと同じくらいの音だけになるのだ。 



「気持ち悪いんだよね。何回もあってさあ」

 学校で、翔太しょうたに相談した。翔太は、高1の秋からつきあっている。私の彼氏だ。

「それ、美月みつきが寝ぼけてるだけじゃない?」

「私もそう思ったの。でも、こんなにしょっちゅう? って思って」

「うーん」


 二人して、スマホで調べてみる。


「あ、ねえ、美月、これかもよ?」

「どれ?」

「『睡眠関連幻覚すいみんかんれんげんかく』って書いてある」


 睡眠関連幻覚とは、寝始めるときや、睡眠から覚醒するときに幻覚が生じる睡眠障害のことを言う。医学的には「睡眠時随伴症すいみんじずいはんしょう」に分類されている病気である。

 主として「幻視」、「幻聴」、何かに触られるような「幻触」などの幻覚を発症し、とても現実的で怖い思いをすることが多い。


「ホントだ……。これかも」

「ちょっと早めに寝たほうがいいかもよ?」

「そうかも〜。でも、家鳴りが幻覚で聞こえるのって、厄介だよね?」

「うーん。普通に時々聞こえるものだからなあ」

「睡眠不足なのかな、私?」

「うーん……10時以降のLINEとネトゲーは、やめるようにしようか」

「う、うん」

「それで試してみて治るんだったらいいじゃん」


 翔太は簡単そうに言うけれど、自分がそうなった時に、同じようにできる? と思う。翔太と話せなかったら、結実ゆみ日菜子ひなこと話しちゃったりするよなあ……。ゲームだって、別にオンラインじゃなくてもできるしさあ……。



 実際、一日目から、早寝することはできなかった。翔太とゲームをするのが日常になってしまっていたので、10時からは何もせず寝る、なんて不可能だ。

 結局、ゴロゴロと、一人でゲームをしたり、漫画を読んだり。寝るのは、いつも通り12時を回ってしまっていた。



 翔太には内緒で、結局睡眠不足を引きずっていたある日曜日の午後。

 私は、ベッドに寝転んでスマホを弄っているうちに、寝てしまったらしい。


 ミシッ……パキッ……ピシッ……ミシッ……


 近づいてくる音で目が覚めた。

 体はまだ寝ているのか動かない。


 ミシッ……パキッ……キィー……


 待って、待って、もう私、目は覚めてるんだけど!!

 次の瞬間、バッ! と何かが上に覆い被さった。


「!!」


 怖くて声が出ない。体が動かない。どうしよう、どうしよう!!


 その時、私の上に乗っている「何か」の声がした。 


「約束の時間なんですけど?」


 飛び起きると翔太が笑っていた。


「……もう! もう!!……馬鹿翔太ぁ!!」

 涙がポロポロこぼれる。

「ホントに心臓が止まるかと思ったんだからあ!!」


 ごめんごめんと謝りながら、翔太が言う。

「俺、ピンポン鳴らしたよ? 鍵開いてたし。ハナちゃん、いたんじゃないの?」

「ハナちゃん、今日デイサービスだよ。あー、びっくりした」



 ピシッ……コンッ……ミシッ

 

 また家鳴りだ。今度は本物。


「あ、ホントだ」

「ね? びっくりするくらい鳴るのよ」

「家、リフォームした方がよくない?」

「古い家だからねえ」


「だけど、寝ている時に近づいてくる感覚があるのは、やっぱり、その『睡眠関連幻覚』とやらではないの?」

 と、翔太。

 私もそう思う。結局ちゃんと眠れてないのだし。



 やっぱり、こんなに家鳴りがするのは、一度業者さんに見てもらったほうがいいかもしれない。


 ネットで調べて、親や祖母、曾祖母に提案してみた。

「そうだねえ、この家も、そこの団地より年寄りだし」

「団地も所々メンテナンスが入ってるらしいぞ」

「うちもリフォームを考えないといけないのかもねえ」


 大人たちは、揃って、「はぁ」とため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る