第十五章:裂け目の核心

静寂が戻った空間は、先ほどまでの戦いの痕跡を微塵も残していなかった。赤い月が消え去った後、空は澄んだ青白い光に包まれ、どこか神秘的な静けさが漂っている。


優真は鏡を見つめながら、その冷たい光がじわりと手のひらに伝わるのを感じていた。


「これで、本当に全部終わったのか……。」


彼の声はかすかに震えていた。戦いの疲労と安堵が入り混じり、胸の内で嵐のように渦巻いている。


その時、鏡が再び淡く輝き、彼の意識の中に静かな囁きが流れ込んできた。


「……まだだ。」


突然、空間全体が再び震え始めた。足元の大地が割れ、青白い光が空中に舞い上がっていく。その光が徐々に集まり、優真の目の前に一つの巨大な門を作り出した。


その門はこれまで目にしたどの扉よりも荘厳で、美しい細工が施されていた。青白い光の文様が動き回り、門全体が脈動している。


「またかよ……まだ何かあるのか?」


優真は鏡を握りしめながら、その扉にゆっくりと近づいた。


扉の前に立つと、その表面に鏡と同じ文様が浮かび上がり、淡い光を放った。その光が優真の持つ鏡に呼応するように輝きを増していく。


「お前は……何を見せる気だ。」


優真が鏡を掲げると、扉が静かに開き始めた。その隙間から溢れ出す光が彼の体を包み込み、視界が一瞬で白く染まる。


目を開けると、そこに広がっていたのは、八坂村の風景だった。


「……村?」


彼は戸惑いながら辺りを見渡した。そこには彼が生まれ育った村の景色があり、家々の明かりが温かく灯っている。そして、祠の前には人々が集まり、笑顔で談笑している姿が見えた。


「これは……俺の村が無事だったらっていう未来か?」


優真は一歩前に踏み出し、近くの人々の顔をじっと見た。母親の姿もあった。彼女は笑顔を浮かべ、近所の人々と楽しげに会話をしている。


「……母さん……。」


彼の胸に熱いものが込み上げてきた。


しかし、その幸せな光景が次第に変化を見せた。赤い霧がゆっくりと空を覆い始め、村全体が暗闇に包まれていく。人々の笑顔は恐怖に変わり、次々と姿を消していく。


「待てよ……!」


優真が叫ぶと、鏡が強く振動し、彼の体をその場に縫い止めるような力を放った。


「これは……何なんだ!」


その時、彼の前に再び黒い仮面をつけた男が現れた。


「お前が守ろうとしている未来と、失われる未来。その全てだ。」


「どういうことだよ!」

優真は怒りを滲ませながら、男を睨みつけた。


男は淡々とした口調で答える。

「鏡は未来を変えることができる。しかし、その代償はお前自身の選択だ。」


「俺は……選択なんて!」


「全ての未来を救うには、全てを犠牲にしなければならない。お前が選ばない限り、未来は確定する。」


「そんなこと……できるわけないだろ!」


男は静かに彼を見つめながら続けた。

「お前の力はここまで試されてきた。そして、この鏡を完全に解放することで、お前は全てを繋げることができる。」


「解放……だと?」


男が手を伸ばし、優真の持つ鏡を示した。

「お前自身がその力を受け入れた時、鏡は完全となる。」


優真は鏡を見つめながら、拳を握りしめた。


「本当にそれしか方法がないのかよ……!」


彼の声は痛みと怒りが入り混じったものだった。


「選択はお前自身だ。」


優真は深い息をつき、静かに鏡を持ち上げた。

「俺が選べば……村を救えるって言うんだな。」


男は頷き、何も言わずに彼を見守った。


「いいさ……やってやるよ。」


彼は強く鏡を握りしめ、目を閉じた。その瞬間、鏡が眩い光を放ち始め、空間全体が再び震え始めた。


「……これで全部、終わらせる!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る