第十二章:鏡が映す未来

青白い光が導いた道を進む優真の胸には、疑念と疲労が混じり合い、重くのしかかっていた。鏡を握る手に感じる微かな振動が、彼の心を不安と覚悟の間で揺らしている。


「これで本当に終わるのか……。」


独り言のように呟いた言葉は、青白い光の空間に吸い込まれて消えていった。目の前に広がるのは、まるで無限の水面のような空間だった。


足を踏み出すたびに、水面に広がる波紋のような光が足元から延び、彼が通った道筋を描いていく。その波紋は次第に消え去り、跡形もなく消えてしまう。


「ここは……どこなんだ?」


優真は見上げた。頭上には、異様に大きな赤い月が浮かんでいる。それは無数の星々を従え、冷たく光る眼のように見える。


そして、その月の光が差し込む先には、巨大な鏡が浮かんでいた。


「……これは、俺が持ってる鏡と同じか?」


優真は慎重に鏡へと歩み寄った。鏡の表面は静かに波打つように揺らぎ、その奥には無数の映像が映し出されていた。最初は八坂村の平和な風景、神社で祈る人々の姿――しかし、その映像は急速に変化し、異なる光景を描き始めた。


村が燃え上がり、黒い霧が全てを覆い尽くしている。地面には倒れた人々の姿があり、その中心には、赤い瞳を持つ巨大な異形が立ち塞がっている。


「……これが、俺の村の未来なのか?」


優真は息を呑んだ。映像に映る破壊と絶望の光景が、あまりにも現実的で、彼の胸を冷たく締め付けるようだった。


「こんな未来になるって……誰が決めたんだよ!」


彼が叫ぶと、その声は空間に反響し、再び虚無の中へと消えた。


「その未来を変えることができる。」


突然、低い声が背後から響いた。静かだが、まるで周囲の空気を支配するような力を持っていた。


「……お前!」


優真は驚いて振り向いた。そこには黒い仮面をつけた男が立っていた。彼の姿は冷たく静かで、どこか威圧感を伴っていた。


「またお前かよ!どこにでも出てくるな!」

優真は鏡を握りしめながら眉をひそめた。

「俺を見張るのがそんなに楽しいか?」


男は冷静な口調で答えた。

「私はお前を見張るためにいるのではない。この鏡が映し出した未来――それを理解させるために来た。」


「理解?」

優真は苛立ちを隠せず、鏡を振り返った。その表面には燃え盛る村と倒れた人々、そして赤い瞳の異形が映り続けている。


「鏡は未来を映すだけではない。その未来を変える力を持っている。」

男は静かに語った。


「未来を変える……どうやって?」

優真は疑念を抱えながら男を睨みつけた。


「お前が鏡の力を完全に解放すれば、それは可能だ。」


「解放して、力を使えってか?」

優真は少し希望を抱いたように見えたが、男の次の言葉がその胸を深く抉った。


「ただし、その代償はお前の命だ。」


「……何だと?」


優真の目が大きく見開かれ、体が硬直する。その言葉の意味が理解できた瞬間、全身に冷たい汗が滲み出た。


「ふざけんなよ!」

彼は鏡を強く握りしめた。

「俺に命を差し出せって?そんなの、守るって言えるかよ!」


「守るためには選択をしなければならない。それがこの力の本質だ。」


男の冷静な声が空間に響く。優真の苛立ちは頂点に達していた。


「そんなの……守るって言えないだろ!」

優真は怒りを爆発させ、地面を踏み鳴らした。

「俺が死んでどうやって村を守るんだよ!」


男は彼の怒りに動じることなく答える。

「選択肢は二つだ。一つは、このまま何も選ばず、未来を受け入れること。それならば、お前の村も、この世界も終わりを迎える。」


「……選ばなければ滅びる?」


「そうだ。」


優真は言葉を失い、鏡を見下ろした。映像はなおも絶望的な未来を映し出している。


「選べ、優真。」

男の言葉は鋭く冷たかったが、その裏にはどこか悲哀の響きがあった。


しばらくの間、優真は何も言わなかった。鏡を見つめる目には、苦悩と葛藤が浮かんでいた。そして、彼は静かに顔を上げ、男を睨みつけた。


「……俺は死ぬつもりなんてねえ。」


彼の声には僅かな震えがあったが、その中には強い意志も感じられた。


「けど……この鏡を信じてやるよ。」

優真は鏡を掲げ、鋭い目で続けた。

「俺が命を張るんじゃなく、この力で全部守る。絶対にな!」


その言葉に呼応するように、鏡が強烈な光を放ち始めた。その光は空間全体を包み込み、優真の体に流れ込んでいく。それは彼と鏡が完全に一体化する瞬間だった。


男はそれを見届けるように佇み、最後に静かに言った。

「進め。お前の選んだ道の先に、全てが待っている。」


霧の中に男の姿が消える。優真は深く息をつき、鏡をしっかりと握り直した。


「……全部終わらせてやる。」


彼は真っ直ぐと新たな道の先を見据え、静かに歩き出した。その瞳には、確固たる決意と覚悟が宿っていた。

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