第四章:赤い月の旅立ち

境内を覆っていた黒い霧は、裂け目から溢れ続けていた。裂け目の向こうにいた母が消えていった光景は、優真の心に深い傷を残していた。しかし、悲しみに浸る余裕はない。霧の中から新たな怪物たちの影が次々と現れ、低い唸り声を上げながら優真に迫っていた。


「……こんなところで終わるわけにはいかない。」


優真は立ち上がり、拳を握りしめた。全身にはまだ鏡の力が残っているのを感じる。それは恐怖を打ち消すように彼の体を温め、前へ進む力を与えてくれた。


裂け目の周囲を包む怪物たちは、どれも鋭い牙と爪を持ち、赤く光る目を優真に向けている。優真の足は震えていたが、彼の体は勝手に動き出し、祠を背にしてゆっくりと後退し始めた。


「まず……ここを抜けるんだ。」


その瞬間、最も大きな怪物が低い咆哮を上げ、一直線に優真へと突進してきた。その速さは尋常ではなく、地面を裂きながら迫ってくる。


「……くそっ!」


優真は咄嗟に手を突き出した。すると、再び鏡の力が呼応し、青白い光が彼の手のひらから放たれた。その光は刃のように怪物を貫き、霧の中に消え去った。


「これが……鏡の力か。」


優真は息を整える間もなく、次の怪物たちが一斉に襲いかかってきた。


村の中心部に向かう道は、瓦礫と裂け目で埋め尽くされていた。優真は裂け目を飛び越えながら、次々と襲いかかる怪物を倒していった。鏡の力が彼の動きを支配するように導き、その攻撃は正確で、怪物たちを次々と消し去っていく。


しかし、鏡を使うたびに全身に重い疲労感が押し寄せる。まるで彼の命を代償にして力を引き出しているかのようだった。


「このままじゃ、いつか……。」


息を切らしながらも、優真は赤い月を見上げた。月の光は村全体を不気味に照らし、その下では怪物たちが次々と現れている。


「……村は、もうダメかもしれない。」


彼は心の中で呟いた。母の言葉が脳裏をよぎる――「生き延びなさい。そして、この力の意味を知るのよ。」


優真はその言葉を胸に刻み、村の出口へと足を向けた。


村の外れにたどり着いた時、彼の足は限界に近づいていた。鏡を使いすぎたことで体中が重くなり、視界もぼやけている。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。


村を囲む山道には、濃い霧が立ち込めていた。その霧は先ほどの怪物たちが発していたものと同じ性質を持っているように感じられた。


「……これが、神域に繋がる道なのか?」


優真は息を整えながら、その霧の中へと一歩足を踏み入れた。すると、霧の中から声が聞こえてきた。


「……来たか、鏡の継承者よ。」


優真はその声の方向を睨みつけた。そこには、人影が立っていた。黒い衣を纏い、仮面をつけたその人物は、まるで霧そのもののように静かに立っていた。


「お前は誰だ……!」


「我らは『月見の会』……鏡の力を正しい主へと返す者。」


その声は冷たく響き、優真の胸に不安を呼び起こした。その仮面の男はゆっくりと手を伸ばし、優真に向けて鋭い刃を振り下ろした。


「……正しい主だと?鏡は、俺に……!」


優真は再び鏡の力を呼び起こし、青白い光を放った。その光は仮面の男の刃とぶつかり、激しい衝撃を生み出した。


「なるほど……その力を継承するに相応しいかどうか、試させてもらおう。」


男は微笑み、優真に向かってさらに強烈な攻撃を仕掛けてきた。


霧の中での戦いは、激しさを増していった。仮面の男は驚くほどの速さで動き、優真の動きを読み取るかのように攻撃をかわしていた。


「くそっ……どうして、俺の動きが全部読まれてるんだ!」


優真は焦りを感じながらも、鏡の力を全開にして攻撃を続けた。しかし、男の冷静な動きは一切乱れず、優真の攻撃を的確に受け流していた。


「鏡の力を操るには、代償が必要だ。その重さをお前はまだ理解していない。」


仮面の男がそう言った瞬間、優真の体に激しい痛みが走った。鏡を使いすぎた影響が、ついに彼の体に現れ始めたのだ。


「まだ……終わってない……!」


優真は力を振り絞り、最後の一撃を放った。青白い光が激しく輝き、仮面の男を包み込んだ。


「……見事だ。」


男はそう呟き、霧の中へと消えていった。


戦いが終わり、霧が徐々に晴れ始めた。優真はその場に膝をつき、荒い息を整えた。全身は痛みでいっぱいだったが、彼の胸には一つの決意が宿っていた。


「母さん……俺、この鏡の力を使ってみせるよ。」


彼は赤い月を見上げながら、再び立ち上がった。

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