第三章:逃れられない宿命

優真は母の手に引かれながら、神社の境内へと駆け戻っていた。背後からは、村の方角から上がる絶え間ない悲鳴と轟音が追いかけてくる。赤い月の光はますます強くなり、周囲の木々の影が不気味に伸びていた。

「母さん!これじゃ村の人たちを……!」

優真は母の手を振りほどこうとしたが、美紀の目は冷徹な決意に満ちていた。

「優真、あなた一人で村を救うことなんてできない!鏡の力をもっと知る必要があるの!」

その言葉に反論する余地もなく、美紀は再び祠を指差した。

「まず祠の封印を戻す。その後で――」

彼女が言葉を言い終える前に、再び地鳴りが響いた。境内の地面が揺れ、木々の枝が折れる音があたりに鳴り響く。優真はその場で膝をつき、恐る恐る振り返った。

そこには、先ほど村で見た怪物とは桁違いの存在感を持つ巨影が立っていた。

それは、全身を炎のような黒い霧に包み、異様に長い腕と脚を持っていた。目は燃えるように赤く、口元からは鋭い牙が覗いている。その姿は神話に出てくる鬼のようでもあり、何かもっと禍々しいものでもあった。

「これは……!」

美紀が息を呑む間もなく、その巨影が低い咆哮を上げた。その声は境内全体に響き渡り、地面に立っていた石灯籠が一瞬で崩れ落ちた。

「鏡を……解放した者……貴様だな……!」

その巨影が優真に向かってゆっくりと歩み寄る。その足音だけで地面が割れ、境内の木々が音を立てて崩れ落ちていく。

「逃げなさい、優真!」

美紀が優真を突き飛ばすように叫んだ。その言葉に反射的に優真は後退るが、体は恐怖で震え、まともに動けなかった。

「母さん、無理だよ……こんな化け物相手に……!」

美紀は震える手で祠の方を指差し、静かに言った。

「祠に戻るのよ。鏡はあなたの中にある。それを……信じなさい。」

その瞬間、巨影が腕を振り上げた。鋭い爪を持つその腕が、稲妻のような速度で美紀に向かって振り下ろされる。

「母さん――!!!」

優真の叫び声が響き渡る。彼は無我夢中で手を伸ばし、再びその体から青白い光が放たれた。光は巨大な刃となり、巨影の腕を弾き返した。

「貴様……その力……!」

巨影が驚いたように声を上げ、目を光らせた。その隙をついて、美紀は優真を再び抱き寄せ、囁いた。

「逃げなさい。ここにいると、鏡が……あなたを支配する。」

しかし、優真はその場から動けなかった。鏡から流れ込んでくる力は確かに強大だったが、それは彼自身を蝕むような感覚も伴っていた。

「俺には……まだ分からない……この力で何をすればいいのか……!」

「分からなくてもいい。今はただ、生き延びなさい。」

美紀の声が響いた直後、巨影が再び腕を振り下ろした。その力は境内全体を揺るがし、美紀と優真の間に大きな裂け目を生んだ。

「母さん!」

優真が手を伸ばした時にはすでに遅かった。裂け目の向こう側で美紀は優真に最後の言葉を残した。

「あなたなら、きっと……。」

次の瞬間、巨影が咆哮を上げ、美紀を飲み込んだ。

優真はその場で立ち尽くし、ただ赤い月を見上げることしかできなかった。

裂け目から吹き出す黒い霧は、境内全体を包み始めた。その中で優真は一人、震える体を抱えながら立ち上がった。

「……俺一人じゃ、何もできない……?」

その時、彼の頭の中に再び鏡の声が響いた。

「お前の運命は、ここから始まる……。」

優真はその声に応えるように拳を握りしめ、祠の方へと向き直った。赤い月が空に浮かぶ中、彼の瞳には決意の光が宿っていた。

「……分かったよ。この力を使ってやる。全部を終わらせるために。」

優真は裂け目を飛び越え、祠の扉を勢いよく閉じた。その中で再び青白い光が輝き始め、彼の中に眠る力が目覚めようとしていた。

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