第二章:崩れる静寂

青白い光が消え、祠の中には再び静寂が訪れた。しかし、その静けさは不気味だった。空気は異様な冷たさを帯び、何かが近づいてくるような感覚が辺りに漂っていた。

「母さん、さっきのあれは……一体何だったんだよ!」

優真は息を切らしながら、地面に倒れ込んだ美紀に駆け寄った。彼女は額から汗を滲ませながらも必死に立ち上がり、優真の腕を掴んだ。

「すぐにここを離れるのよ。……あれは、鏡を封じるためにずっと祠に閉じ込めていたもの。封印が解けた今、この村に……いや、この土地全体に何が起こるか分からない。」

美紀の声は震えていた。彼女の目は祠の奥に向けられ、今にも何かがそこから飛び出してくるのではないかという恐怖に満ちていた。

「何が起こるって……鏡の力で、あの怪物は消えたんだろ?」

優真は自分の手を見下ろした。先ほどまで光を放っていた腕は、今は何の変化もなく、ただ冷たさだけが残っている。だがその感触は、まるで体の中に別の存在が入り込んだような違和感を伴っていた。

「……違う。」

美紀は短く答えた。そして、祠の扉が開いたままになっていることに気づくと、その表情はさらに険しくなった。

「封印が一度解けた以上、鏡の力はもう一つの存在を引き寄せる。優真、あなたはあの鏡に触れてしまった……その代償が何なのか、これから思い知ることになるわ。」

その時、遠くの村の方角から不気味な轟音が聞こえてきた。それは地面を引き裂くような重い音で、振動が足元まで伝わってきた。

「……村だ!」

優真は反射的に叫び、神社の階段を駆け下りた。美紀は一瞬止めようとしたが、追いかけるしかなかった。

八坂村は赤い月の光に照らされ、静寂を保っているはずだった。しかし、その光景はすでに異常なものに変わり果てていた。

空には赤黒い霧が漂い、地面には無数の裂け目が走っていた。裂け目からは黒い煙のようなものが立ち上り、そこから這い出してくるように異形の影が現れ始めていた。

「なんだよ、これ……!」

優真は息を呑んだ。影の中から現れたのは、祠で見た怪物によく似た存在だった。それらは地を這うように移動し、赤い目を輝かせながら村の家々に向かって進んでいた。

「村人たちが……!」

遠くの家からは、悲鳴や叫び声が聞こえてくる。人々が怪物に襲われ、家々が次々と壊されていく光景が広がっていた。

「優真、戻りなさい!あなたでは太刀打ちできない!」

美紀の声が背後から響いたが、優真の体は動かなかった。祠での出来事がまだ鮮明に頭に残り、体が反応しない。

その時、一匹の怪物が優真の方に気づき、こちらに向かってきた。それは地を這うように動きながらも、異常な速度で接近してきた。

「来る……!」

優真は反射的に後ずさる。しかし、怪物はすぐ目の前に迫り、鋭い爪を振り上げた。その瞬間、彼の体から再び青白い光が放たれた。

「――!」

光は怪物の攻撃を弾き返し、その体を焼き尽くした。怪物は黒い霧となり、消え去った。

「……今の、俺の力……?」

優真は震える手を見つめた。再び体の中に鏡の力が満ちていく感覚を覚えた。それは確かに力強いものだったが、同時に自分の一部が少しずつ削り取られるような感覚も伴っていた。

「優真!」

美紀が駆け寄り、彼の手を掴んだ。彼女の目には恐怖と焦りが混じっていた。

「これ以上、その力を使わないで!鏡の力は代償を要求する……あなたの命を削ってしまう!」

「でも、母さん……あの村人たちを見捨てろって言うのかよ!」

優真は美紀の手を振り払おうとしたが、彼女の握る手は強かった。

「……見捨てるつもりなんてない。だけど、あなた一人でこの力に挑むのは危険すぎる。まだ、その力を完全に理解していないのだから。」

美紀は優真を睨むように見つめ、その目には覚悟が宿っていた。

「まずは、神社に戻るわよ。これ以上この場に留まれば、あなたは……鏡の力に飲み込まれるわ。」

静かだった村は、もはや地獄と化していた。赤い月の下、裂け目から無数の怪物が現れ、人々を次々と襲っている。優真はその光景を見ながら、胸が引き裂かれるような思いで立ち尽くしていた。

「母さん……俺には何ができるんだ?」

美紀は優真の肩に手を置き、静かに言った。

「あなたがこれからできることは、まず生き延びること。そして、鏡が何を求めているのか、その意味を知ること。」

その言葉に答える余裕もないまま、優真は母に手を引かれ、神社へと戻った。その背後では、村全体が黒い霧と赤い光に包まれ、無数の悲鳴が響いていた。

「……俺は、このままでいいのか……?」

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