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 サラは少し休憩を取ることにする。

 キッチンで水分を取ってから部屋に戻る途中、ハンナの部屋の中がちらりと見える。パソコンでゲームをしているようだ。サラはゲームをしないが、ハンナは結構ゲーマーだ。

 サラはノックしてから部屋に入る。

「何やってるの?」

「『クォンタムブレイク』っていうゲーム。何年か前に出たやつだけど」

 ハンナはゲームを設定画面にしてから答える。

「面白い?」

「うん、アクションも、ストーリーも。ムービーの部分は実写になってるんだ。本当、インタラクティブなドラマって感じ」

 それからハンナはゲームの内容を説明する。タイムマシンの実験に関わったのを契機に、時を操る超能力を手に入れた主人公が世界を救う話だ。

「ハンナってSF好きだよね」

「うん、超好き」

 そういえば、私も超能力使えるんだけど質問ある?――とか言ってみたらどうなるだろうか、とサラは想像する。言わないけど。

 ハンナはコントローラーで器用に主人公を操り、ステージを進めていく。高速移動して、シールドを張り、敵の周囲の時間を遅らせて銃弾を撃ち込む。映画のアクションシーンみたいだ。

「上手だね」

「大分慣れてきたから」ハンナは操作しながら答える。「最初は一つ一つボタンを操作するんだけど、だんだん意識しなくても指が動くようになるんだよね。それに、“これはこう動かす”とか、“これはこうやって切り抜ける”とかも、なんか分かってくるよ」

 へえ、とサラはつぶやく。スクリーンを見ても、順調そうだな、ということくらいしか分からないが、ハンナはもっと多くの情報を読み取っているらしい。これも一種、“環境から教わってる”ってことなのだろうか。

「実際、どんな感じなんだろうね」

 ハンナが言う。

「何が?」

「つまり、実際に超能力で物を動かしたり、時間を操作したりするのって、どんな感覚だろうってこと」

「それは確かに気になる」

 サラは頷く。まさにここ最近、気になっていたことだ。“認識する”ことと、その対象に“働きかける”ことの差は決して小さくない。自分以外の何かを操るとき、どんな感じ方をするんだろうか。

「前に本で読んだんだけど」ハンナはゲームのムービーを一時停止して話し始める。「道具を使うときの脳の活動を調べたら、その道具の分だけ身体が延長したような反応をするんだって」

「それってつまり、脳の中では、道具は身体の一部として認識されてるってこと?」

「そういうこと。びっくりだよね。だってさ、私たちは普通、自分の身体は一つに定まったものだって考えるじゃない。でも実際は、脳が描く身体の“イメージ”って、膨らんだり形を変えたりするんだ。それってすごく面白いと思うな」

「それじゃあ」サラは腕を組む。「超能力で何か物を動かすときは、それも身体として認識されるのかな」

「かもしれないね」

「時間を操作するときは?」

「……さすがに想像できないかな」

 ハンナは笑ってから、続ける。

「でも――もし操作できるとしたら、直感的にできるんじゃないかな、手を動かすくらい」

「どうだろう」

 サラはそう答えて少し考え込む。やがて、自分でもそんな気がしてくる。

「確かに――手を動かす時、どの神経がどれくらい興奮してるかなんて認識できない」

 サラはアユミと話したことを思い出しながら言う。

「逆に、どの神経をどのくらい興奮させるか調節できても、それを全部計算しながら自然に手を動かすのって、きっと相当難しいよね」

「そうそう、だからさ」ハンナが話を受けて続ける。「きっと超能力を使う時も、計算とか使わずに感覚的にやるんだよ――フンッ、て感じで」

 ハンナはそう言って首を横に短く振る。サラはそれが『ストレンジャー・シングス』に出てくる超能力少女、イレブンの物真似だとすぐに理解する。

「鼻血出てない?」

 サラはそういってハンナの顔を覗き込む――イレブンは超能力を使うと鼻血を垂らす、という共通の前提知識があって初めて成立する冗談だ。

「おっと」

 ハンナが鼻を拭うふりをして、二人で笑う。



 部屋に戻ったサラは、再びベッドの上に座ると、目を閉じて〈空間認識〉による感覚に浸る。

 直感的に動かす、か。結局それ以外にアプローチの方法はないのかな。取り付く島もない感じだけど、仕方がないか。

 サラは何気なしに〈認識〉で自分の全身を感じる。この身体だって、初めて自分で動かせた瞬間はあるんだよな。まだ生母のお腹の中にいた時だろうし、全く記憶はないけど。

 きっと、最初は訳がわからなかったんだろう。例えば自分の手を見ても、それが何かわからなかっただろうし、自分がそれを動かしてることもわからなかっただろう。それから少しずつ、自分の手を目で見たり、触ったり掴んだりしたものの触り心地を確かめたりしていく。そうやって、手の感覚――これは自分の手で、自分が動かすものだという感覚が磨かれる。そして、何に対して何ができるかも、分かるようになっていく。

 習った訳じゃないけど、多分そんな感じじゃないかとサラは想像する。すると、今感じているこの肉体を自分で動かせるということ自体が摩訶不思議なことに感じられる。

 心なしか、自分の身体が持つ重さが鮮明になる。身体が強い引力を持って、周囲の物体と引っ張りあっているような感覚を覚える。もちろん人間の体重で強い引力が発生するはずはないのだが、例えるならそんな感覚だ。

 ――おや?

 サラはそれが新しい感覚だと気づく。

 周囲と引っ張りあう感覚。

 試しに、右手に感覚を集中する。

 そして、右手と引き寄せあう物――正面にあるキャスター付きの椅子に集中する。

 右手を使って椅子を手繰り寄せると――椅子はサラの方に向かって動き、ベッドに当たって止まる。

 できた。

 手で触れずに、物を動かせた。

 やった!

 サラは枕を引っ掴むと顔に押し付け、声が漏れないようにして歓喜の叫びを上げる。

 それでも興奮が醒めず、部屋の中を歩き回る。顔が綻ぶのが止められない。もしこの瞬間を誰かに見られたら、かなり気持ち悪い奴だと思われるだろう。

 何かの偶然かもしれないと思い、もう何回か別の物で試してみたが、上手くいった。手前に引き寄せるだけではなく、色んな方向に動かせた。空中に持ち上げることもできた。

 サラ自身、驚きを隠せない。こんなに呆気なく〈念動力〉が使えるようになるんだ。初めてバク転に成功した瞬間を思い出す。一度できてしまうと、できなかった時のことが信じられなくなる。

 アユミに報告しようと思い、スマートフォンを取り出すが、考え直す。そういえば、一人で使うなって言われてたっけ。

 それなら、こっそり練習しておくのはどうだ。それで、アユミの前で“初めて挑戦しました”みたいな感じを出しつつ〈念動力〉を披露するんだ。

 アユミにはドッキリを仕掛けられて遊ばれたので、こっちからも驚かせてやりたい。「えっ、初めてなのにそんなに使いこなせるの?!」とか言わせるんだ。

 ふっふっふ。待ってろよ。

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