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 未だかつて、これほど一つのことに夢中になったことがあっただろうかと、サラは思う。

 アユミからレッスンを受けた――まあ、教科書でいえば前書き程度しか進まなかったけど――その翌日も、気がつけば超能力を使うことばかり考えている。

 学校でも上の空で、テスラの自動車じゃないけど、まるでオートパイロット機能に任せているような感覚だった。元々サラは学業優秀で社交的な方なので、授業には問題なくついていけるし、休み時間の雑談も自然にこなせる。ただ、クラスで発表しているときも、友人の話にリアクションを取っているときも、脳内では“力”を使いこなすことを空想していた。

 サラの変化に感づいたのは、姉のハンナだけだった。

「今日どうしたの? 何かぼんやりしてたけど」

 学校からの帰り道、ハンナはサラの顔を覗く。

「そうかな?」

 サラは首をかしげる。さすがに超能力のことを話すわけにいかないので、誤魔化さないといけない。

「何か考え事?」

「いやー、何ていうか、まだ休暇モードから切り替わってない感じ」

「まあ確かに、楽しかったしね」

「うん。心を宮古島のビーチに置いてきちゃったかも」

 実際、沖縄離島の旅は素敵だった。青く澄んだ海で泳いだり、カヤックやスタンドアップ・パドルボートに乗るのは心地良かったし、島と島を繋ぐ数キロメートルある橋を車で渡るのも、まるで海の上を走っているような感覚を味わえた。家族みんな、旅行を楽しんでいた。

「あのバーテンダーさん――アユミだっけ?――とは連絡取ってるの?」

 ハンナに訊かれてサラは内心どきりとする。昨日会ったことは言ってないし、超能力つながりだってことも当然秘密だ。

「旅行中はメッセージのやり取りしてたけど、帰ってからはしてないな。またあのお店行ってみる?」

「そうね」

 やがて二人の会話はいつものような他愛のないものになる。



 日課を全て終えたサラは自分のベッドの上に座る。

 ここからは――むしろここからが本番かも?――アユミに出された宿題に取り組む時間だ。

 彼女は厳しかった。もちろん、扱っている内容や置かれた状況から考えて、厳しくなるのは当然だけど、正直、少し傷ついた。

 アユミは言った。私は弱くて、何も知らない、と。

 自分自身、完璧じゃないのは分かっている。失敗したことも、叱られたこともある。でも、あそこまではっきりと自分のことを否定されたのは初めてだった。アユミと一緒に超能力を使いたいと思っていたのに、アユミからは“一般人プラス”程度にしか認識されていなかった。

 そうだ、傷ついたのは言われた内容のせいだけじゃない。

 仲良くなりたい、認めてもらいたいと思っていた相手に言われたからだ。

 ――いや、もうそんなこと考えるのはやめにしよう。サラは両手で頭を押さえ、ネガティブな考えをデトックスするように、軽くマッサージする。これから頑張って実力をつけていけばいいんだ。ドクター・ストレンジだって、最初から魔術を使えたわけじゃない。


 サラはベッドの上であぐらを組み、目を閉じる。

 暗闇に目が慣れるように、空間を〈認識〉する感覚が立ち上がる。部屋を仕切る壁、テーブルに椅子、自分の下にあるベッド――形を持つものが、“濃く”感じられる。

 いつからこの“感覚”が備わっていたのかはわからない。でも最初にはっきり気づいたのは、あの男と戦っている時だった。

 それ以降――アユミに宿題を出される前から――一人になれる時間を見つけては〈空間認識〉を発動させていた。旅先のホテルで、家族が寝静まった後にも試してみた。

 そうしていく中で、少しずつこの超能力の性能がわかってきた。

 まず、〈認識〉できる対象。これはどうやら、“密度”を捉えているらしい。“比重”というべきか。多分それで、金属や陶器でできたものの方がプラスチック製のものよりも濃く感じる。空気はほとんど感じないが、空調のそばなど、流れのあるところは濃淡がわかる。物体の大雑把な形状は捉えられるが、その表面の肌理や色などは感じられない。

 そして、〈認識〉できる範囲。自分に近いほどはっきり感じ、遠いほどぼやける。測ったわけではないけど、多分10メートルくらいが限界だ。

 方向は360度知覚できる。その点では、聴覚に似ているのかもしれない。前後左右、そして上下、感じ方に大きな差はない。ある方向に意識を集中させれば――例えていうなら、目を凝らせば――その方向がより鮮明になる。

 それから、障壁の向こう側の存在も不明瞭ながら知覚できる。自分の部屋に座っていながら、壁の向こう側の構造や人の動きが朧げながらわかる。

 こんな感じかな。視覚や聴覚と似ているところはあるけど、ほとんどの点で全く異なる感覚だ。


 サラは目を開ける。すると、〈空間認識〉で得られる感覚が急に薄らいでいく。視覚を用いているときは、そっちが優先になるようだ。

 ふーむ、とサラは独りごちる。これで合ってるんだろうか?

 確かに、五感を超えた感覚を手に入れた。でも、自分が〈認識〉できるのはこれだけなんだろうか? どういう状態が正解なのか、何ができるようになればいいのか。全てが手探りすぎる。

 アユミは言ってた――大事なことは、環境が教えてくれる、と。

 〈空間認識〉を使えば、全く新しい“見え方”が得られる。でも、今はそれだけだ。多分だけど、まだ環境から教えてもらってないことがたくさんある気がする。

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