第1章#02 魔者による惨劇


 晴人たち家族は程なくして目的地のショッピングモールに到着した。そこは本館と別館のある建物で出店舗も多く全て回ると数時間が掛かる程の広さであり、この地域では一番の大きな建物だった。


「母さん、俺たち色々と見たい物があるんでレイカさんと他の場所を見てくるね」

「そうね、私はアヤと衣類や雑貨を見てくるから二人とも他の場所を好きに見てくるといいわ」


 こうして家族は早速二手に分かれて移動することになるのだが実はこの行動、晴人とレイカが上京する彩花に二人で贈り物をすることを決め、母親にも事前に知らせての別行動である。

 これは朝食後に互いのメールのやり取りで密かに計画したもので、晴人たちが一見好きに行動してるように見えてはいるが、本当のところは後で驚かせるためのサプライズであった。

 そして二人は贈り物を購入するため別館のアクセサリー売り場へと向かう。その選択は女性向けのプレゼントという理由からレイカに品定めして貰うという理由もあった。

 以前にいた国での立場は魔術研究員であり、同時に開発者でもあったので魔術と関わりが深い貴金属と宝石の類いは仕事柄利用する事が多かったのである。晴人たちに初めて会った時も宝石を多く所持しており、普段もセンスの良いネックレスや指輪を身につけていた。

 現在の働き口もそれに関わる仕事をしている程で、つまり彼女の得意分野と言っていい。

 その理由から別館へ行くのであったが、そこへ行くまでの途中で晴人は少し困った表情でレイカに付いて行く事になる。


(まいったなぁ、二人で外を歩く時は視線が集まるんだよ。特に男から向けられるのは良い気分じゃないな)


 一緒に歩くと周囲の人たちからチラチラ見られているのを晴人はイヤでも感じていた。それというのもレイカの顔立ちの良さが外に出ると目立ち、今のように周囲から注目されるからだ。

 特に男の視線が多く、側にいる男に対しての妬みが混じった突き刺すような視線で、晴人にしてみるとこの気分は鼻が高いと感じるよりもイヤな気分の方が勝った。


(「何でお前が隣りにいるんだよ」と言われている気分だ。向こうにいる男二人なんか横目で俺のことをジッと睨んでいるじゃないか)


 晴人の顔立ちもどちらかと言えば良い方だが男たちにしてみればそんな事は一切関係なく、容赦無く負の感情が交じった眼差しをぶつけてくる。

 ただレイカも流石に周囲のその様子には気付いたのか晴人に疑問を投げかける。


「ねえ、前から思っていたのだけど私って町を歩くと周りから一度目を向けられるのは何でなのかしら。この近辺だと外国の人ってそんなに珍しいの?」

「まあそうですね。県庁であるN潟市だとこの町と違って外国人の観光客も多いですから、そこに行けばこんなこともあまりないでしょう」


 不可解に思ったレイカの質問に適当に誤魔化す事を言い、内心では「本当は違うんだけどな」と思いながら目的地へと向かうと、程なく売り場に到着する。


「レイカさんが言っていたお店って確かここですよね」

「そうよ。以前にも来た事があるのだけど品揃えが豊富なの」


 二人は品を色々見て回る。店はシルバーアクセサリーがメインの小物店でそれほど高価な品があるわけではなかったが数は多く陳列されていた。

 この手のセンスにはイマイチ疎い晴人は品定めを始めたレイカの後ろに付いて歩くだけで、少しきまりの悪さを感じながら買い物に付き合った。


「この国はシルバー貴金属が安価でいいわね、ゴールドと比べるとこんなに安いんですもの」

「あれ?貴金属相場は万国共通だって聞いたけど」

「えーと、そうだったわね、私の勘違いね。それはそうと彩花ちゃんにはどんなアクセサリーが好みかしらね?私のセンスを押しつけても悪いし……」

「それなら多分大丈夫だと思いますよ、前々からレイカさんの身につけている物は綺麗で私も欲しいって言ってましたから、見立てた品ならどれを選んでも喜んでくれると思います」

「そお?なら私の判断で選ばせてもらうわね」


 そう言うとまた品定めを始めて見栄えの良い波模様の円形ペンダントを見つけると二人で金額を出し合ってプレゼントを購入した。

 用事も済んでまた合流するため本館に戻る途中、晴人は車の中で見たレイカの姿が頭をよぎったのか立ち止まり、周りに誰も人がいないことも考慮しながら少し躊躇いがちに話しかける。


「……ねえレイカさん、車での話だけど此処に住んでいれば余程のことが無い限り命の危険にさらされることは無いから安心してよ」


 話しかけられたレイカは歩みを止めて振り返る。


「そんなに私、不安そうに見えていた?」

「ええ、まあ……」

「そう、だからあの時急に話題を変えたのね。ほんとにもう大丈夫だから。ごめんね、余計な心配かけちゃって」


 少し申し訳なく感じながら笑顔で答えた。


「晴人君、本当にここは、この国は良い所ね。私の生まれ育った国とは違って物があふれて町の人たちの表情も活き活きしてるもの。以前にいた世界では昨日まで普通に話してた人が突然いなくなったり、親しかった人が実は悪人だったり、そして段々全てが壊れて無くなっていく酷い所だったわ」


 かつての事をふとしたことでフラッシュバックすることは時々あったが今まで表に出さないようにしていたつもりだった。しかし今回つい見られてしまったことで少しぐらいなら話しても良いのではと思うようになった。

 それは彼やその家族に対しての親しみや信頼からくるものである。


「私ね、4歳年上の姉様がいたの。何をやっても非の打ち所がない優秀な人でそれでいて優しい人だった。挫けそうになっても励ましてくれて、あの国から脱出するときも自分の身を犠牲にして私を助けてくれたわ。この宝石を私に渡してね」


 そう言うとレイカは自身の首元から今まで見せたことのないペンダントを出し手に取って見つめだす。それは楕円の形にカットされた赤い小さな宝石で、あの時にマリアが最後の別れに渡した物である。それを肌身離さず持つためにシルバー金具でペンダント状に手を加えられ固定されていた。

 晴人は思っていた以上に過酷な話をただ黙って聞くしかなかった。折を見て尋ねてみようと思っていた自分が間違っていたと気づかされる。


「姉様あの時私に言ってたわ、どんなに辛くても生きることを諦めてはいけないって。だからこれからは多少の事があっても怯えたり挫けてなんかいられないわ、姉様の為にも長生きしなきゃ。……あら、なんか暗い話になっちゃったわね」

「いいお姉さんだったんですね。そのお姉さんの言葉、俺もその通りだと思います」


 お互いに笑顔で返すと二人はまた歩き出し、本館でまだ買い物をしている家族のもとへと向かった。




 二人は本館に戻るとちょうど有里子や彩花も買い物を済ませて雑貨店から出てきたところだった。


「ちょうどよかった、彩花たちも買い物終わったんだ」

「ハルもレイカさんも買い物は済んだみたいね」

「それにしても母さん荷物そんなにぶら下げて量多くない?どんだけ買ったの?」

「私もそんなにいらないって言ったのに」

「何言ってんのよ、女の子の一人暮らしは結構物入りなのよ。これでも足りないくらいよ」

「しょうがないな、俺が半分持つよ」


 そういって荷物を受け取ろうと手を差し出し屈んだ晴人だが、上着の内ポケットから細長いプレゼント包装の品が床に落ちた。


「あ……れ?」

「兄さんそれってもしかして……」

「晴人君、後で渡すハズだったのにバレちゃったじゃない……」

「ハル、あんた詰めが甘いわねー」


 プレゼントを拾い上げる彩花。苦笑交じりのレイカと片手で顔を抑えうつむく有里子の姿にきまりが悪くなり微妙な空気がその場に流れる。


「ええっと、その、レイカさんと二人で探したんだ、入学祝い……。まあ、受け取ってくれ」


 少し恥ずかしそうに答える晴人に彩花は嬉しそうに受け取ると笑顔で答えた。


「兄さん、レイカさん、ありがとう。……私ちょっと忘れ物があったから取りに行ってくるね」


 恥ずかしそうにそう言うと小走りでその場から離れた。


「彩花ちゃん感謝してたわよ、まさか東京の名門大学に行かせてくれるなんて思ってもいなかったって」

「せっかく受かったんだから行かせてやりたかったんです。あいつは俺と違って勉強できるから」

「色々言い合ってるけど良いお兄さんね」

「このくらい普通です。ああそうだ、母さん俺荷物車に積んどくね」


 八神家は三人家族だが、かつては父親も存在した。だが四年前の雪の日に交通事故に巻き込まれ他界してしまった。

 当時晴人は17歳の高校生で彩花はまだ14歳の中学生だった。家は貧困ではなかったものの大黒柱が突然いなくなったことから晴人は高校を卒業して大学に行くと部活動は一切やらなくなった。

 空手の才能を惜しむ声が多かったがそちらは家の合気道道場で日々鍛錬する程度で済ませ、普段は講義に真面目に出てはバイトにも精を出していた。そのせいか晴人は同年代の学生よりは少し自立した大人なところがあった。

 一方の彩花は学級委員を任される程に成績優秀だったことから試しに東京の有名大学を薦められ受けたところ合格してしまう。

 本人は地元で進学する予定だったが母や兄から東京へ行く事を進められた。特に晴人からは「俺はもうすぐ社会人になるから学費も仕送りも気にしなくていい」と言われて強く進められていた。

 普段お互いに軽口をたたき合う仲であってもこういった所は流石に兄であり、彩花も内心は尊敬と感謝はしていた。そして今回入学祝いまで貰ってしまいとても嬉しく思い、感涙からつい恥ずかしくなってその場から逃げ出してしまった。

 彩花は先ほどまで買い物していた場所に戻って少したたずんでいた。忘れ物など当然ウソである。


「もう、普段はあんなだけど時々気を利かせるんだもん……」


 涙目を拭って気を取り直すがまだ顔を合わせづらいと思いその場に佇んでいるとすぐ近くに5~6歳ぐらいの男の子が辺りを見回して困った顔をしていた。

 迷子かと思い放っておけなくなりその子の目線と同じになるように屈んで声をかけてみる。


「ねえ、どうしたのかな?ママとはぐれちゃった?」

「……えっと……お手洗い」


 もじもじしながら小声で答えると赤くなりうつむいてしまった。


「ああ、そうなんだ、お手洗いならすぐそばの通路を真っ直ぐ行って突き当たりを左に行けばあるわよ」

「ありがとうお姉ちゃん」

「お姉ちゃんもついて行こうか?」

「一人で行けるから大丈夫」


 笑顔で答えるがやはり恥ずかしいのか駆け足でその場を去って行った。そのとき男の子の上着から可愛い模様の入った手袋が落ちた。


「あ、ちょっと、手袋落ちたよー」


 声をかけるが子供には聞こえもせず夢中で走って行く。しょうがないなと苦笑交じりに歩きながら後をついて行き事が済んでからお手洗いの入り口で渡す予定だった。

 だが、お手洗いの中からその子供の小さな悲鳴が聞こえてきた。


「……今の何?」


 気になり恐る恐るドアを開けて中をのぞいた時、そこには清掃員の男が子供を自分の身体に取り込んでいる姿を目撃した。子供はすでに下半身だけとなり、上半身はその男の腹部にめり込むような状態となっている。

 子供の身体は段々と飲み込まれて遂には完全に無くなってしまった。


(え……、ウソ……何これ……)


 突然のことで数秒の間固まってしまった彩花だったが、直ぐに身の危険を感じたのか静かにその場を立ち去ろうとするが足がすくんで尻餅をついてしまう。


「そこに誰かいるのか!?」


 清掃員はその音に気づき叫びながらドアを開いた。慌ててその場から逃げ去ろうとする彩花の姿にしまったといった顔で舌打ちをすると即座に襲いかかる。


「見やがったな」


 その声と同時に彩花の背中が引き裂かれた。激しい痛みを感じながら倒れて恐る恐る振り返るとそこには先ほどまで清掃員だった男が額から大小の角を生やした青い肌の姿に変貌している。

 それは謁見の間でレイカたちに襲いかかった鉤爪の男の姿だった。右手は爪が伸びたような鉤爪となっており、これで背中を引き裂かれた事は彩花には理解できた。だが悪魔のようなその姿にはただならぬ恐怖を感じつつもまだ何者なのか理解が及ばなかった。


「……な、何なのよ一体。……まさか子供が次々いなくなった事件って!?」

「勘のいいメスガキだな。そうだよお前が思った通りだよ、オレがやったんだ」


 その言葉で凶悪な存在だと理解するとすくんだ足に力を入れながら慌ててその場を立ち去ろうとフロアに出るが、相手はそれを容赦なく追いかけてくる。

 這々の体で逃げていく彩花にすぐ近くにいたお客さんや店員が何事かと近寄り心配そうに声を掛ける。


「あら、そんな怪我をしてどうしたの!?」

「だめ、みんな逃げて!」


 その言葉も言い終わらないうちに駆け寄った人たちを鉤爪は切り刻んで行く。断末魔の悲鳴が次々と聞こえてその場はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図といっていい。

 その光景を青ざめながら目の当たりにすると、どうにか助かろうとその場を這うように逃げて行く。


「ハハハハッ!どこまで逃げられるかな」


 鉤爪は久しぶりの殺戮が嬉しいのだろう、必死で逃げていく姿を見ては笑みが漏れている。

 必死で逃げるこの状況の中、彩花の視界の先には気になって様子を見に来た有里子とレイカの姿が数メートル前に目に入った。


「アヤちょっと遅いわね……」


 辺りを見回している姿を見かけると彩花は慌てて叫んだ。


「母さん!レイカさん!逃げて!!!」


 その言葉が彩花の最後の言葉だった。直後に鉤爪が彼女の心臓をドンと強く貫いた。同時にプレゼントのペンダントの箱も血で汚れながら宙を舞った。

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