【12】レックス殿下の誕生日パーティ(4)

その後、誕生日パーティはお開きになった。


俺達4人は医者に診てもらい、無事が確認できたものの、帰りの馬車が来るまでベッドで待機することになった。


休憩室から人気ひとけがなくなったタイミングを見計らい、俺はカタリーナのもとへ向かった。


「カタリーナさん、少し、いいですか?」

「あっ、フレイくん!無事だった?」

「はい。カタリーナさんも無事で何よりです。それより....」

あの質問の真意が知りたい。

でないと、あの頓珍漢な質問が気になって、頭から離れない。


「実は僕、カタリーナさんと宮藤迅さんの話を、聞いていたんです。」

一応、ウソではない。


「えっ、じゃああの時、起きていたの?」

「はい。怖くて飛び出せずにいました。すみません。」

「いいのよいいのよ。それが普通よ。」


「それで、聞きたいことがあるのですが。」

「なに?」

「カタリーナさんが宮藤迅さんにしていた質問って、どういう意味だったのですか?」


「あぁ、アレ?えっと〜、そのぉ〜。」

あからさまに目が泳いでいる。

もしかして、はぐらかそうとしているのか?


「ホールで『宮藤迅さんが異世界人かもしれない』って言っていたのは、日本人云々と関係があるのですか?」

「っ!分かったわ。言ったところで信じてもらえないと思うけど。」

するとカタリーナは観念して口を開いた。


「実は私、前世....要するに生まれる前は、この世界とは違う世界の人間だったの。その世界にある国が日本で、私と宮藤くんはその国の人間、つまり日本人だったの。分かった?」

「はい。」

さっき聞いたしな。


「『はい』って.....本当に、分かった上で言ってる?自分で言うのも何だけど、私、かなり突拍子もないことを言ってるんだけど?」

「そうですか?宮藤迅さんとの会話のやり取り的に、そういうことなんじゃないかなって思っていましたが。」

むしろ突拍子もないのは、その後の質問だ。


「あら、そう?話は戻すけど、私は生まれ変わる前、推し活が生き甲斐のアラサーが迫っている独身OLだったの。えっと、つまり....日本では女性も仕事をしていて、私は趣味を満喫しながら仕事も頑張る享年25歳の独身女性だったワケ。ここまでOK?」

「はい、理解しました。」

そこは別に興味がない。

それから日本についての説明が続いたが、俺は適当に話を流した。


「それで、私が宮藤くんを見て日本人だって思ったのは、彼の容姿と服装が日本人そのものだったからなの。日本人は黒目・黒髪で彫りの浅い顔立ちが特徴なの。まぁ正確に言えばアジア人の特徴なんだけど、それは置いといて。服装も、ヤンキーか半グレかチンピラか反社かは分からないけど、そんな感じだったし。」


「そうなのですね。だからカタリーナさんは、何度も『宮藤迅さんの容姿は変わっている』って言っていたのですね。」

「そういうこと!」

もうそろそろ本題へ移りたい。

痺れを切らした俺は、話題をその話へと持っていくことにした。


「ところで、この世界に似た作品が〜と言っていましたが、アレは何だったのですか?」

「あぁ、アレ?説明するのが難しいし、今よりもっと理解できないような話だと思うけど、それでも聞く?」

「はい、聞きたいです。」

むしろ、最初から聞きたかったのはコレだけだ。


「分かったわ。実は、日本では『転生したら乙女ゲームの悪役令嬢だった』っていう設定の小説が流行っているの。」

へぇ。そんな小説が流行っていたのか。

小説を読まないから知らないが、そんな変な設定が流行っているのは何故なんだ?


というか、『乙女ゲーム』とか『悪役令嬢』って、何?

日本人だったけど初めて聞いたぞ、その単語。

カタリーナは乙女ゲームと悪役令嬢について説明していたが、あまり理解できなかった。

要するに、『女向けのゲーム』の『敵キャラ』ってことか?

.....そもそもこの話って、今、関係ある?


「説明が長くなったけど、本題に戻るね。私は、今説明した小説の主人公達みたいに、乙女ゲームの悪役令嬢に転生したんじゃないか?って思っているの。ここまで良い?」


ここまで良い?

いや、良くないだろ!

ツッコミどころのオンパレードだ。

まず、なぜ自分がゲームの世界にいると思える?

仮にそういう小説が流行っていたとしても、ゲームの世界に行けると思わねーだろ、普通。


そもそもゲームの世界が存在すると考えている時点で、頭おかしいだろ、コイツ。

ただでさえ異世界に転生するってだけで、普通はありえないのに。

それに『ゲームの世界の敵キャラになってた』ってのは、設定盛りすぎだろ。


あまりにも馬鹿馬鹿しい話に、思わず吹き出しそうになる。

俺はリアクションを悟られないように、手で顔を覆って俯いた。


「あぁ〜、やっぱり難しかった?」

「いえ、ちゃんと理解できています。話を続けてください。」

「そう?それでね、多分私は何かしらの乙女ゲームの悪役令嬢に転生したんだと思うんだけど.....実は、こんな世界設定の乙女ゲーム、知らないのよね。」


は?

知らない?

じゃあ今まで、何の根拠もなく乙女ゲームに転生云々の話をしていたのか?

ダメだコイツ、アホすぎて笑いを堪え切れない。


「......この、世界が。乙女ゲームの世界ではない、という可能性は、ないのでしょうか?」

俺は何とか笑い声を抑えて、話を振った。


「それはあり得ないわ!だって、見て!この毒々しい紫色の髪。美形だけども人殺しのように鋭い目。公爵令嬢で、王子様の婚約者というポジション。極め付けは私の名前!ここまで揃っていたら役満よ。これで悪役令嬢じゃなかったら、一体何だっていうのよ!」

知らんがな。


「とにかく、私はこの世界が舞台となっている乙女ゲームを全然知らないの。だから、この後に待ち受けているであろう破滅フラグを回避する方法が、全然わからないの。このまま何の対策も立てられずに、物語スタート時点になっちゃったら、手遅れだわ!」

手遅れなのはお前の頭だ、と言いたい。


「だから彼にも知っているか聞いたんだけど.....案の定、『知らない』って。まぁ、到底乙女ゲームしそうなタイプには見えないし、当然か。」

何か小馬鹿にされたような気がするが、まぁいいか。


「もしかして、殿下と結婚したくないと言っていた理由も、乙女ゲームと関係があるのですか?」

「そうなの。もしヒロインが殿下と結婚したがっていた場合、婚約者わたしって邪魔な存在でしょ?そうなると『ヒロインに対して悪質な嫌がらせをした』ってことにして、私がヒロインに消されるのよ。それを回避するには、殿下と結婚しないのが一番じゃない?」


こんな、ありもしない妄想に、俺は今まで振り回されていたのか?

やっぱり、コイツに付き合って思い人とやらになる義理はない。


......ん?

待てよ?

もし俺が、前世の姿で嘘の乙女ゲームを教えたら、コイツはそれを信じ込むんじゃないか?

ありもしない乙女ゲームの話を信じて、見当違いな対策を練り、その結果アホみたいな行動を起こすカタリーナ。

想像しただけで面白そうだ。


誕生日パーティを終えてライトニング邸に戻ると、俺は早速、嘘の乙女ゲームの設定を考え始めた。


待ってろよ、カタリーナ。

絶対に乙女ゲームのを教えてやるからな。


◆◆◆


「弟君が倒れました」


弟のいない宮殿で、僕はその報告を受けた。

どうやら、今日は弟の8歳の誕生日で、弟が住んでいる宮殿ではパーティが開かれていたらしい。

....異母兄弟とはいえ、弟の誕生日すら知らなかった自分を恥ずかしく感じた。


「ショーン!」


僕の部屋に訪れた母上は、優しく僕を抱きしめた。


「貴方は無事で良かった。アイリーン嬢の子が倒れたと聞いて、『もしかして貴方も狙われているのか』と不安に駆られたけど、杞憂だったみたいで嬉しいわ。」


母は珍しく、アイリーン様の名前を口にした。

きっと内心では嫌っている筈だが、母上は微塵もソレを態度に表さない。

だからこそ、周りはアイリーン様と弟のレックスを目の敵にする。

そんな環境で『本当は、普通の兄弟のように弟と仲良くしたい』などど、口が裂けても言えるわけがない。


「貴方に何かあったら、取り返しがつかないものね。なんせ貴方は、由緒正しいディシュメイン王族の血と、キョウシュー皇族の血を受け継ぐ、唯一の子なのですから。」

父上の血と、母上の血、か。

僕はなぜ、お二人の血を受け継いでいるのに、こうなってしまったのだろうか。

父上も、母上も、人混みにいても一目で気づけるくらい、かなり高身長だ。

弟のレックスや、従兄弟のレオンですら、同世代と比較すると高身長な部類だ。


「それに貴方は、次期国王なのですから。」

「次期、国王。」


....本当に、そうだろうか?

母上は、僕のこの姿を見て、本当に僕が国王になれると思っているのか?


僕の姿は、お世辞にも10歳には見えない。

僕の身長は、歩きたての赤子とさほど変わらないのだ。

生まれて間もない頃は、「ヒトより成長が遅いだけ」とよく言われたが、今では僕の身長に言及する者はいなくなった。


....ただの勘でしかないが、僕の身体はきっと、大人にはならない。

だから仮に、王になれたとしても、子は成せない。

そんな人間が、本当に王に相応しいのだろうか?


「....心配しなくて良いのよ。貴方は私がお腹を痛めて産んだ、大事な子だから。きっと、全てうまくいく。」


母上は、僕のそんな気持ちに気づいたのか、儚さを感じる笑顔を向けながら、そう答えた。


「はい。母上。」

これ以上、母上に心労をかけたくない僕は、力強く、笑って返事をした。


僕の姿を揶揄する噂は、きっと母上にも届いているだろう。

中には「母体が悪いから異常な子供が産まれた」などという無礼な輩もいる。

ただでさえ僕のこの姿と、醜聞のせいで、母上は年々弱々しくなっているのを感じているから、少しでも母上を安心させたい。


だからこそ僕は、自分自身について調べている。

なぜ身体が成長しないのか。

同様の事例が過去にも存在するのか?

過去事例がある場合、その後、彼らの身体はどのような変化を遂げたのか。

身体を成長させられる方法は存在するのか。


気休めにしか、ならないが。

それでも。

可能性を信じて。

僕は、今日も調べる。

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