第5話:レックス殿下の誕生日パーティ

【9】レックス殿下の誕生日パーティ(1)

「はぁ、疲れた。」


宮殿の中庭にあるベンチに座って、休憩する。

カッチリとした服装を着せられて、ずっと令息令嬢達のところへ行っては挨拶回りをするだけで、こんなに疲れるとは思わなかった。

戦闘で動き回るのとは、また別の疲労感だ。


なぜ、俺が宮殿で挨拶回りなんかしているのか?

それは今日が、レックス殿下の8歳の誕生日だからだ。


ライトニング家はエセヴィラン公爵の派閥に入ったため、派閥が推してるレックス殿下の誕生日パーティに招待された。

レックス殿下の誕生日パーティは毎年、エセヴィラン派閥の貴族だけが集まる。

そのパーティでライトニング家は、派閥に入った新入りとして、挨拶して回っていた。


ライトニング家がエセヴィラン派閥に入った以上、毎年このパーティに呼ばれるようになるんだろうなぁ.....。

何なら、俺はレックス殿下と同い年だから、学校に入ったら毎日殿下に気を遣わないといけなくなる。

嗚呼、派閥のしがらみなんか無かったあの頃が懐かしい。



「フレイくん、お疲れ様。」

「あっ、カタリーナさん。」

後ろから突然現れたカタリーナは隣に来て、俺が腰掛けていたベンチに座った。


「とりあえず、挨拶はひととおり終わりました。皆さんに嫌われてなければいいのですが.....」

「全然、大丈夫よ!ちゃんと挨拶できていたし、むしろ好印象だったよ!」

「本当ですか?」


「本当、本当!それに、ライトニング公爵はウチの派閥にとって特別だから、むしろ、みんな仲良くなりたがっているわ。」

「『特別』ですか?........確かに、爵位だけで言えばウチより下位の方が多かったですが、所詮は派閥に入ったばかりの新参者ですよ?」


「新参者は新参者でも、超大型ルーキーだからね?なんせ、ライトニング公爵は国内一の財力を持つ家なんだから。その上、伝説の聖女・セージャ様の生家ともなれば、貴族社会での影響力はかなり強いわ。一時期、ウチの派閥内でも『ライトニング派閥ができるんじゃないか?』って噂になるくらいだったのよ?」


うわぁ。ライトニング家って、そんな微妙な立ち位置だったのか。

ライトニング派閥ができていたら、さらに貴族社会での立ち振る舞いが面倒なことになっていそうだ。

そう考えると、エセヴィラン派に入っただけマシだったのか?


「ホント、ライトニング公爵がウチの派閥に入って良かったわ。これ以上レオンに調子に乗られたらウザいもの。」

「すみません、『レオン』とは、どなたのことですか?」


「ウチと対立しているコーキナル公爵家の長男よ。レックス殿下の従兄弟なだけあって、顔がレックス殿下にそっくりなのよ。」

「レックス殿下にそっくり、ということは、カタリーナさんはレオンさんのことも『好き』ってことなのですか?」


「いやいや、無理だから!あんな奴!親と同じで選民思想で、いつもヒトを見下しているし、暴言吐くし、ナルシストで俺様で.....とにかく生理的に無理だから。」

「ですが、顔は殿下と瓜二つなんですよね?」

「顔はね!....フレイくん、人間はね、顔だけじゃないのよ?」


前回あれだけ『綺麗な目』だとか『美しい髪』だとか言ってレックス殿下をベタ褒めしていたヤツが言うセリフか?


「思えば、初対面で『ジロジロ見んなブス』って言ってきた時点で、『あっ、この子無理』ってなった私の勘は正しかったわ。会えば会う程、嫌悪感が増すのよ、アイツ。」

「そんなに人格的に問題がある方なのですね。」


「そうなのよ!人格的に終わってるのよアイツ!何より『平民の側室との子』ってだけで、レックス殿下のことを『王族の恥』とかこき下ろすのよ?まぁ、それに関してはコーキナル派閥の貴族全員がそんな感じだけど。とにかく、美しくて完璧なレックス殿下を侮辱するって時点で、万死に値するの!」


カタリーナのレオンとやらに対する思いは、レックス殿下の時と同じくらい凄いな。ベクトルは違うが。

このままだと延々とレオンの愚痴を聞かされそうだ。


「そういえばコーキナル派閥って、なぜかライトニング家を嫌っているフシがあったんですよね。さっきの話を聞いていたら、何となく理由がわかりました。」

俺は無理矢理話題を変えた。


「あぁ、確かフレイ君のお父さんって、確かアーロン男爵のご子息だったのよね?だったらコーキナル派閥が嫌うのも納得だわ」


アーロン男爵は父方の祖父だ。

祖父は平民から成り上がって、男爵位を買った。

そんな平民上がりのアーロン男爵の息子が、ライトニング家の当主になったから、平民を嫌う選民思想なコーキナル派閥が嫌うワケだ。


「アーロン男爵はコーキナル派閥の天敵みたいな存在だからね。なんせ、平民上がりの男爵なのに、下手な公爵以上に財力があるんだから。」

「へぇ。僕のお爺ちゃんって、実は凄い人なのですね。」

「そうそう、凄い人なのよ。」

そんな雑談をしていると、後ろに人の気配を感じた。


「おや?こちらで座って会話されているのは、カタリーナ嬢とフレイ卿でしょうか?」

声がした方を振り向くと、そこにはアイマスクを被った穏やかな紳士がいた。

確か、フォージー侯爵だっけ?

フォージー侯爵は生まれつき全盲で、目元を隠すためにアイマスクをしているらしい。


「フォージー侯爵。再びお会いできて光栄です。」

俺達は慌てて立ち上がり、会釈をした。

フォージー侯爵も、俺達に合わせて一礼する。


「どうして、僕達が座って話していると分かったのでしょうか?」

「フフ。簡単なことですよ。音の大きさや方向で、誰が何をしているか推測できるのですよ。」

音だけでそこまで分かるって凄ぇ。


「そう言えばフレイくんに言ってなかったわね。私の代わりにレックス殿下の婚約者になってもいいって言ってくれてるのが、フォージー侯爵のご令嬢のアリーシャ様なの。」

「へぇ、そうなのですね。」

アリーシャって確か、歳の割に背が高い女のことか?

あまりにも背が高いから、最初に見た時は兄さんと同じ年くらいかと思った記憶がある。

実際には、俺の2コ上だと聞いた時は吃驚した。


「カタリーナ嬢から事情は聞いています。我が娘・アリーシャが、殿下と婚約することに異論はありません。しかし、私からエセヴィラン公爵への説得は致しかねます。公爵に離反と思われかねませんので。」

「そうですよね。フォージー侯爵、少しでも私のお願いを聞いてくださって、ありがとうございます。」


「....カタリーナさん、もう諦めて殿下と結婚したらどうですか?」

そうしてくれた方が、これ以上付き纏われなくて助かる。


「駄目よ!そしたら私、本格的に殺されちゃうじゃない!」

『殺される』という言葉が引っかかったのか、フォージー侯爵は急に真剣な面持ちになった。


「失礼。カタリーナ嬢、それはどういう事ですか?」

「えっと...『どういう事』とは?」

「カタリーナ嬢は......誰かに、命を狙われているのですか?」


フォージー侯爵の鬼気迫る勢いに、カタリーナはたじろぐ。


「確証があるわけではありませんが......あっ、そう言えばフォージー侯爵に報告していないことがありました!実は先日、私とフレイ君が乗る馬車が、悪漢に襲われたのです。」

「っ!?」

フォージー侯爵は、カタリーナの話に驚いて言葉を失う。


「それは....大変なご災難でしたね。」

「はい。幸い、通りすがりの方に助けてもらったお陰で、私達は無事でした。」

「犯人は、捕まったのでしょうか?」

「いえ。あの後、ライトニング公爵に依頼して犯人を捜索したのですが、それらしき人物は焼死体として発見されました。」


そういえばあの後、馬車の襲撃について父さん達に質問されたな。

どうやって俺が悪漢から逃げれたのか?とか、悪漢とカタリーナを助けた人物について何か覚えていることはないか?とか根掘り葉掘り聞かれて、危うくボロが出るところだった。


「.....そうですか。」

フォージー侯爵は、落胆したようにそう言い放った。


「カタリーナ嬢は、悪漢に襲われた理由について、何か心当たりがあるのでしょうか?」

「はい。確証はありませんが。恐らく、私と殿下の婚約を快く思わない勢力が、私を消そうとしたのだと思います。」


「......その、勢力、とは?」

「今のところ、憶測でしかないのですが、コーキナル派閥の誰かだと思います。」

「コーキナル派閥の誰か、ですか。確かに、コーキナル派閥の貴族であれば、やりかねませんね。」

フォージ―侯爵は口元に手を当てると、うつむきながら考え込む。


「だからこそ!早急に殿下と婚約破棄しないと、私の命が危ないのです!」

「あのー。カタリーナさん?」

「何?フレイくん。」


「それですと、カタリーナさんの代わりに殿下の婚約者となられた令嬢が、命を狙われるようになるのではないのでしょうか?」

要するに『フォージ―侯爵の前で、アリーシャ嬢を生け贄こんやくしゃにする話をして大丈夫か?』という忠告である。


「あ!確かに。これじゃ、アリーシャ様の身が危うくなるかも......。」

「心配には及びません。フォージー侯爵家の警備は万全ですので、アリーシャの身に危険が及ぶことはないでしょう。それに『レックス殿下の婚約者であれば無条件で標的になる』ということでもないと思います。」

「それを聞いて安心しました。」


「逆に、レックス殿下と関係なく、カタリーナさんだけが狙われている可能性もありそうですね。」

「ちょっとフレイくん、水を差さないでよ!」

「ははは。カタリーナ嬢とフレイ卿は仲が良いのですね。」

うわっ。『仲が良い』という単語に虫唾が走る。

カタリーナはただの知り合いだ。気持ち悪い勘違いをしないでくれ。


「はい!なんせ、これでも一応、思い人ですから。」

いつまで続くんだ、その設定。

「そうですか、思い人ですか。可愛らしいですね。」


「そういえば、フォージ―侯爵。アリーシャ様の居場所をご存じでしょうか?」

「アリーシャなら、先程ホールで殿下と会話をしていましたよ。」

「本当ですか?フレイくん、早速二人の様子をチェックしに行きましょう!二人が結ばれるように応援するわよ!」


「えぇ....。折角二人で話しているのでしたら、放っておきましょうよ。」

「何言ってるの!二人の会話が盛り上がっていなかった場合、誰がその雰囲気を変えるっていうのよ。行きましょう!」


カタリーナはフォージー侯爵に挨拶した後、強引に俺を連れてホールへと向かった。

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