【3】勇者の子ども達(2)
その日、俺たちは風が吹き抜けるライトニング領の山の頂を目指した。
2年前、母さんを襲った魔物を倒してから、いつもの山道には強い魔物は出なくなっていた。
今は弱い魔物くらいしか出てこないから、ガキの冒険には丁度いい。
自称勇者のタクトは、適当な棒を剣に見立て腰に突っ込み、想像上の敵を倒しながら笑い声を響かせて山を目指した。
ライラは僧侶だからか、棒を杖に見立てて持ち歩いていた。
そして俺は一応格闘家....ってことになっているが、武術は習ったことがない。
まぁ、それでも自分より一回りデカい奴ら数人を素手で倒したことがあるから、格闘家を名乗れるくらいには強いんじゃねーか?
どのみち、俺が圧倒的に強いことには変わりない。
タクトが先頭で歩き、時折俺が道を教えながら、俺達は山頂を目指した。
道中、小さな川を渡ったり、草が生い茂る獣道を進んだりもした。
しばらく歩くと、山の中腹の標識が立っている分岐点まで辿り着いた。
「あれ?なぁ、フレイ!こっちの道ってなんだ?」
タクトはもう一つの道に気づくと、不思議そうに尋ねてきた。
「あぁ、そっちの道は廃村へと繋がっています。『厄介な魔物が住み着いているから近づくな』って父さんが言ってました。」
「へぇ~。面白そうじゃん!こっちの道行こうぜ!」
俺が説明してやると、タクトは興味深々に廃村への道へと進み出した。
「えぇ!嫌だよお兄ちゃん!怖いよ...」
「安心しろ。勇者タクト様が魔物を倒してやるから!」
タクトはそう息巻くと、そそくさと廃村へと続く道を走っていった。
「あっ!お兄ちゃん待って!」
ライラは慌てて、タクトの後を追う。
まったく、困ったガキだ。
俺も渋々、二人について行った。
タクトの後を追って道を進むと、草木が生い茂り、不気味で小汚い家が並んだ廃村にたどり着いた。
建物の壁には、魔物の爪痕や激しい戦闘の痕跡が残っている。
かつてそれなりに人が住んでいた筈の村は、今では無残な光景が広がるだけだった。
しかし、気味の悪い廃村を前に、タクトは目を輝かせて村内を見回していた。
一方のライラは、恐怖で足を振るわせながら、挙動不審に見えるくらい周囲をキョロキョロと警戒していた。
「お兄ちゃん、魔物が出る前に早く帰ろうよ...」
「何言ってんだ!せっかく魔物を倒して、勇者としての第一歩を踏み出そうって時に。フレイもライラも、魔物を見つけたら俺に教えろよ!」
タクトは持っている木の棒をブンブン振り回しながら、自信満々に息巻く。
コイツの分不相応な自信は一体、どこから来ているんだ?
すると突然、村に甲高い女のような声が響いた。
声は上から聞こえる。
見上げると、猿のような魔物が複数、廃墟の上を歩き回っていた。
それに気づいたタクトは、興奮気味に指さす。
「うわあ、見てみろよ二人とも!絶対、あれが噂の魔物だって!」
「あの魔物、絵本で見たことある!きっと、クレイジーモンキーだよ!」
村内に響き渡る2人の声に反応して、クレイジーモンキー達の視線が俺達に集まった。
奴らのキーキーと威嚇する声が
そして奴らは、廃墟から飛び降りてこちらに近づいてきた。
「お、お兄ちゃん.....」
恐怖で肩を振るわせながら、ライラはタクトを盾にして後ずさりをする。
一方タクトは、近づいてきた猿どもに怯むどころか、両手で棒を握りしめて果敢に立ち向かった。
だがクレイジーモンキー達は攻撃をもろともせず、逆にタクトに対して素早く突進し、嚙みついた。
猿どもに噛みつかれたタクトは、抵抗虚しく、あっけなく倒れた。
そして奴らは、タクトだけでは飽き足らず、俺やライラにも飛びかかってきた。
いくら群がったところで雑魚は雑魚。俺は襲ってきた猿どもを得意の爆発魔法で片っ端から追い払う。
だが、とろくさいライラは気づいた時には猿どもの餌食になっていた。
あーあ。あっという間にタクトもライラも死にやがった。
情けねぇ奴らだ。
「仕方ねぇ」
俺は爆発魔法で、サクサクっとクレイジーモンキー達を全滅させた。
ついでに爆発魔法の影響で、廃村もほぼ跡形もなく崩壊した。
「さて、こいつらの後始末をどうすっか。」
このまま放置するのもいいが、あの勇者サマの子供だ。
折角会ったんだし、こいつらを利用しないのは、もったいない気がする。
何か面白い使い道はねぇかな。
...そうだ!
俺は
案の定、念じただけで、すんなりと姿を変えることができた。
...この世界の魔法って、何でもアリかよ。
そして、タクトとライラを魔法で蘇生した。
息を吹き返した二人は、眠りから覚めるようにゆっくり目を開け、上半身を起こした。
「...ってえ。...って、あれ?」
「......え?私達、生きてる??」
状況が呑み込めていない二人は、身体に負った傷がなくなっていることを確認すると、きょとんとした顔で辺りを見渡した。
「あっ!?」
そして俺を見るなり、顔をこわばらせて、こちらをにらんできた。
「お前っ......!お前はっ...!」
タクトは俺を見るなり、震えた声でそう話しかけてきた。
自称・勇者サマも、いざ魔王を目の前にすると、立ち向かう勇気が出ないようだ。
「何者なんだ?!」
って、おい?!
知らないのかよ!!
折角『宿命の出会い』を演出してやったのに、台無しじゃねぇか。
「あなたは、魔物?それとも獣人?」
「あぁ?見りゃ分かんだろ!俺はあの『厄災の魔王』だ!」
「魔王!?お前が?」
『魔王』という言葉を聞いた瞬間、タクトはこわばらせた顔を引き締めて、俺を睨みつける。
「うそ...。だって、魔王って、お父さん達が倒したんじゃないの?」
「俺があんな雑魚どもにヤられるワケねーだろ」
「父さん達をバカにするなっ!」
タクトはいっちょまえに、木の棒を俺に突き付けて威嚇した。
「おぅおぅ。流石は勇者サマの息子。勇ましいね。」
俺は突き付けられた木の棒ごと、タクトを投げ飛ばした。
「あ、あなたは...」
ライラは、声を震わせながら俺に質問する。
「あなたの、目的は何?なんでここにいるの?」
「目的?それはなぁ、お前らを絶望のどん底に叩き落とすことだ」
ライラとタクトは、俺の言葉に息を呑んだ。
「でもそれは今じゃねぇ。お前らが成長して、勇者サマくらい強くなって、色んなヤツにちやほやされて...『幸せの絶頂』ってときに、俺がお前らの人生をぐっちゃぐちゃにしてやんの。
だからこんな雑魚に手こずってないで、さっさと強くなって俺を倒しに来いよ。」
タクトは投げ飛ばされたにも関わらず、俺への敵意は揺らいでいなかった。
一方のライラは、戸惑いながらまた俺に問いかけてきた。
「じゃあ......もしかして、あなたが私達を助けてくれたの?」
「はぁ?」
助ける?
俺が?
お前らを??
「魔物に襲われたハズなのに傷がないのは、あなたが治してくれたから?」
「まぁ、今お前らに死なれたらつまんねーからな。」
「!?...あ、ありがとう、ございます!」
「ん?」
「助けてくれて、ありがとうございます!」
アリガトウゴザイマス?
今こいつ、そう言ったか?
俺の人生とは無縁といっても過言ではない言葉。
一瞬、その言葉が俺に対して投げかけられていると気づかなかった。
「ハハッ!お前、
「だって、魔王さんが助けてくれたんだよね?だったらお礼するのは当然だよ。」
「別に俺だって好きでお前らを蘇生したわけじゃねーよ。勘違いすんな。」
「蘇生って...私達、死んでたの?」
「あぁ、間抜けな
「ウソ!...ホントに、本当に、ありがとうございます!魔王さん!」
俺が蘇生したと知ったや否や、ライラは深々と頭を下げてそう言った。
タクトに比べたらまともなヤツかと思っていたが、どうやらライラも相当変なヤツだった。
「おいライラ!お前どっちの味方なんだよ!」
ライラの言動があまりにも変なせいで、タクトは今日イチのまともなツッコミをした。
「だって、どんな理由にせよ、魔王さんが生き返らせてくれたのには変わりないよ!お兄ちゃんこそ、魔王さんにお礼を言わなきゃ!」
「やだね!俺は死んでも魔王にお礼なんか言わねーよ!」
「もう!お兄ちゃん!...魔王さん、こんなお兄ちゃんでごめんね。」
しまいには、兄の代わりに謝るという謎行動に出るライラ。
......どうでもいいが、さっきから「魔王さん」「魔王さん」って、呼ばれるのが小恥ずかしくなってきた。
「おいお前。自分で『厄災の魔王』と名乗っておきながら言うのもなんだけど、もう『魔王』呼びはやめろ」
「えっ。じゃあ、あなたのこと何て呼べばいいの?」
「俺?俺は...」
おっと危ねぇ。うっかり今の名前を名乗ってしまうところだった。
俺のことを何て呼べばいいか?
何て呼ばせる?
...。
「宮藤迅だ。」
とっさに思いついたのは、前世の名前だった。
「クドージン?それが、あなたの名前?」
「クドージンってなんだよ!ヒトの名前に変なイントネーションつけんな!宮藤迅だ!」
「クドゥジェン?」
「違う!く・ど・う・じ・ん!」
「クゥ・ドァ・ウー・ジィ・ン?」
「あ゛~~~~っ!」
なんで単調な発音の5文字が言えないんだよ、コイツは!
「......もうクドージンでいいや。」
「はい、クドージンさん。ところでクドージンさん、フレイくんがどこにいるか知ってる?」
「あっ!そういやアイツがいない!一体どこ行ったんだ?」
やべぇ。
コイツらが
「さ、さぁ。知らねー。お前らの他に誰かいんのか?」
「お前も知らないの?フレイのやつ、どこに消えたんだ?」
「もしかして、どこかに逃げたのかも!」
「....ったく、心配かけさせやがって。探すぞ、ライラ。」
適当なウソで誤魔化したが、何とか乗り切れたようだ。
今のうちに元の姿に戻って、コイツらと合流しよう。
俺は「じゃあな」と立ち去った後、物陰に隠れて元の姿に戻った。
......今更だが、
変な魔物のパーツが色々くっついているせいで、未だにどこをどう動かせばいいのかわからない。
そして無駄に幅を取るせいで、物陰に隠れるのもひと苦労だ。
わざわざ変身したけど殆ど意味がなかったし、ただ面倒なだけだった。
「タクトくん。ライラちゃん。」
俺は物陰から出て二人の元へ駆け寄った。
「フレイくん!無事でよかった!」
「お前、俺達を置いてどこ行ってたんだよ!」
「す、すみません。」
「でもよく無事だったね!クレイジーモンキーに襲われなかったの?」
「えぇーっと.....逃げるのに必死で、よく覚えていません。」
「ま、生きてたから別にいっか。」
ひとまずは、消えたことについては誤魔化せたようだ。
深く追求されなくて良かった。
「そうだね。私とお兄ちゃんは、クドージンさんがいなかったら今頃....」
「おい、ライラ!またアイツの味方すんのかよ!」
「アイツって、誰のことですか?」
スルーするのも変だし、白々しくも一応聞いてみる。
「そっか、フレイはアイツと会ってないのか。実はな、さっき、出たんだよ。『厄災の魔王』が!」
「厄災の魔王、ですか?」
「そうだよ!父さん達が倒したはずの魔王が復活したんだ!」
タクトは心なしか、目をキラキラと輝かせていた。
....コイツは
「え!本当ですか?!」
「うん!大きくて、見たことのないような種類の獣人だったよ。あっ、でも、もしかしたら魔物なのかも?それでね、蘇生魔法で私たちを生き返らせてくれたの!」
「それは良かったですね。」
「良くねーよ!あんな奴に借りを作るなんて.....。いつかこの借りは絶対返す。だからライラ、フレイ。今日から特訓だ!俺達、新・勇者パーティでアイツをぶっ倒すぞ!」
「えぇ〜!お兄ちゃん、まだ続けるの?さっき痛い目にあったばっかりなのに.....」
「だからだよ!.....悔しいけど今のままじゃ、魔王どころかクレイジーモンキーにも勝てねぇ。だから特訓して、強くならなきゃいけねーんだ!」
「そうなんですね。それじゃあタクトくん、一人で頑張ってください。タクトくんが強くなれるように、陰で応援してますよ。」
「私もお兄ちゃんの特訓、応援してるよ。ガンバレ〜」
「お前ら勝手に抜けるな!」
そんな他愛もない会話をしながら、この日、俺たちは山を降りて家へと帰った。
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