第3話:自称悪役令嬢、登場

【4】自称悪役令嬢、登場(1)

「アニス、フレイ。今日は大事なお客様が来る。エセヴィラン公爵様だ。失礼のないように。」

「「はい」」

父さんは、俺と兄さんにそう忠告すると、客間に俺たち二人を残してエセヴィラン公爵を迎えに行った。



エセヴィラン公爵は、ディシュメイン王国の宰相を務めている、いわば超・超・お偉いさんである。

同じ公爵でもど田舎公爵のライトニング家うちとは大違いだ。

何故そんな重要なお客様が来るのか?

それは、ライトニング家がエセヴィラン公爵の派閥に入ることになったからだ。


この国の貴族社会には2つの派閥がある。

コーキナル公爵の派閥とエセヴィラン公爵の派閥だ。


元々、ライトニング家はどちらの派閥にも属さず、中立の立場を守ってきた。

でも聖女サマ叔母さんの活躍によって公爵へ陞爵したからか、ライトニング家は貴族社会への影響力が強くなった。

そのせいで、前々から好かれてはいなかったコーキナル派閥からは、露骨に煙たがれるようになった。

一方、かねてからウチを勧誘していたエセヴィラン派閥は、陞爵後、ウチへの勧誘が過激になった。


そんな状況で、力不足な父さんでは中立を保つのが難しくなったようだ。



しばらくすると扉が開いて、父さんが戻ってきた。

俺と兄さんはソファから立ち上がって、父さんの方を向いた。

父さんの後から、険しい顔つきでキリっとしたおっさんと、兄さんと同じ年くらいの少年、俺と同じ年くらいの少女が現れた。


「エセヴィラン公爵、こちらが愚息の長男・アニスと、次男・フレイです。年は、長男はクラウス卿と、次男はカタリーナ嬢と同じです。」


俺と兄さんと同じってことは、7歳と13歳か。

兄弟揃って年が同じなんて珍しい。

...いや、案外珍しくもないのか?

今まで兄弟がいたことないから、珍しいのかどうかもわからない。



「はじめまして、長男のアニスです。今日はエセヴィラン公爵様とお会いできて光栄です。よろしくお願いします。」

「次男のフレイです。よろしくお願いします。」

俺は兄さんの真似をするように、エセヴィラン公爵に自己紹介をした後、軽く会釈をした。


「はじめまして、アニス君、フレイ君。私はこの国で宰相を務めるニコール・エセヴィランです。こちらは長男のクラウスと、長女のカタリーナです。歳は二人と同じとのことなので、是非とも仲良くしてください。」

公爵のお願いは、顔がいかついからか、無駄に圧を感じる。


「はじめまして、長男のクラウスです。よろしくお願いします。」

「妹のカタリーナです。よろしくお願いします。」

公爵の子どもたちも、礼儀正しく挨拶をした。

彼らは美男美女の類なのだろう。

それに加えて父親譲りの鋭い目つきのせいで眼力が強く、いちど目があったら、色んな意味で目が離せなくなりそうだ。


そんなことを考えていると、突然、カタリーナが俺に抱きついてきた。

「お父様!私、フレイ様と結婚したい!フレイ様に一目惚れしたの。だからお願い!フレイ様の婚約者にして!」

カタリーナは、エセヴィラン公爵の目を見つめて、媚びるようにお願いした。


は?婚約者?

コイツは一体なにを言っているんだ?

突然の爆弾発言に、俺はもちろん、父さんも、兄さんも、エセヴィラン公爵も目が点になった。


「し、失礼しました、ライトニング公爵。とんだご無礼を。」

「いえいえ、ご息女が愚息を気に入ったとおっしゃるのであれば、ライトニング家は歓迎いたします。」

おい。俺の了承なく勝手に決めるな。


「それには及びません。このには既に、レックス殿下という婚約者がおります。ただ、娘はその婚約に納得していないようで、それでこのような奇行を......」


「そ、そんなことないわ!だってフレイ様って、素敵でしょ?」


と、言う割には、目は完全に泳いでいる。

その動揺ぶりから、エセヴィラン公爵の指摘が図星であることが伺えた。


「そ、そうよ。フレイ様。私、フレイ様のことが知りたいわ!二人きりでお話ししたいの。お父様、それなら良い?」


「全く、困った娘だ。ライトニング公爵、ご子息を少しお借りしてもよろしいでしょうか?」


「はい、構いません。」


俺の了承なく勝手に決めるな。Part2。

そんな流れで、俺は珍獣カタリーナの相手を押し付けられた。




◆◆◆



客間から俺とカタリーナ以外が出ていった後、カタリーナはほっと胸を撫で下ろしでソファに座った。

それに合わせるように、俺も腰を下ろす。


「ごめんね、フレイくん。面倒なことに巻き込んじゃって。」

全くだ。

カタリーナの都合は知らないが、俺に迷惑がかからない範囲でやってくれ。


「そして、迷惑承知でお願い!レックス殿下と婚約破棄になるまででいいから、仮の婚約者になって欲しいの!」

「すみません。カタリーナさんは、なぜそんなにレックス殿下か嫌いなのですか?」


「レックス殿下が嫌い?!そんなことないわよ!!あのサファイアのようにキラキラとした綺麗な青い瞳、シルクのように触り心地が良さそうなふわふわとした金髪、一見存在感が無さそうだけどシュッと形の整った鼻、薄くても、ふんわりしてて思わず触りたくなる唇、透き通るような白い肌.......」

あっ、コレ長くなるやつだ。

俺は途中で真面目に聞くのをやめた。


「.....以上が、レックス殿下の魅力のごく一部です。何か反論ありますか?」

小一時間後、俺はようやくカタリーナの殿下語りから解放された。

聞いているフリをするだけでも疲れた。

だけど一つ、疑問が湧いた。


「殿下が嫌いじゃないのでしたら、なぜカタリーナさんは殿下と結婚したくないのですか?」


「だって、最悪な展開を回避するには、殿下と婚約破棄するのが確実じゃない!それに世界一と言っても過言ではないくらい麗しい殿下と結婚だなんて、心臓がいくつあっても持たないわ!」


......なんの話だ?

最悪な展開を回避したいから婚約破棄?

麗しい殿下と結婚したら心臓が持たない?

話が飛躍しすぎて、何が言いたいのかわからない。


「えっと…カタリーナさん、つまり、どういうことですか?」

「え?あぁ、そうね。ごめんね、変なこと言っちゃって。」

とりあえず冷静さを取り戻したカタリーナは、俺に分かるように事情を語り出した。


「確かに私はレックス殿下が嫌いじゃないわ。むしろ好き。大好き。でも、好きな人と一緒にいると緊張して胸がドキドキしちゃうじゃない?それが毎日続いたら、緊張で胸が張り裂けそうでしょ?」


「すみません、まだ言っている意味がよくわかりません。」

「えぇ?!なんでよ!」


何で?って、こっちが聞きたいくらいだ。

『好き』とかいうメルヘンチックで痛い単語が出てきた時点で頭が痛くなりそうだ。

.....まぁ、コイツはまだ7歳だし、サンタクロースや白馬の王子様を信じたくなる年頃だから、それも仕方ないか。


そもそも、緊張して胸がドキドキするのは『恐怖』だ。

もしかしてコイツ、『恐怖』を『好き』だと勘違いしているのか?

だから本能的に危険を察知して結婚を避けているとか?

そうだとしたら、一応、辻褄は合う。


「…まぁ、いいわ。殿下と結婚したくない理由は他にもあるの。というか、こっちが重要だわ。第二王子とはいえ、レックス殿下と結婚したら、最悪、王妃になるかもしれないじゃない。」


「いいじゃないですか。王妃様。」


「よくないわよ!王妃様になるってことは、それだけ重要な責務があるってことよ?それに私が王妃になることに反対する人が殺しにくるかもしれないわ。もしレックス殿下に好きな人ができたら、その女性と争うことになるだろうし、負けたら最終的に国外追放されるかもしれないわね。どのみち、王妃への道は荊の道よ。」


「なるほど、よくわかりました。」


確かに、王妃という役割は面倒臭そうだ。

公爵とうさんですら、毎日プレッシャーに頭を抱えながら仕事をしている。

それが王妃となると、ストレスは計り知れない。


「ところで、王妃様になるのは大変そうなのは分かったのですが、なぜそれをお父上に説明しないのでしょうか?」


「言ったわよ。でも聞いてもらえなかったの。エセヴィラン公爵家って、コーキナル公爵家と対立しているって話は知ってる?」


「はい、父から聞きました。」


「そのコーキナル公爵のご令嬢が、第一王子のショーン殿下の婚約者なの。」


「えっと....つまり、どういうことですか?」


「相手が派閥争いで一歩リードしているってこと!このままショーン殿下が彼女と結婚して、次期国王になったら、コーキナル派閥の天下になっちゃうの。だからお父様は、意地でも私をレックス殿下とくっつけて、殿下を次期国王に仕立て上げようとしているの。」


なるほど。複雑な大人の事情に利用されているワケか。

コイツもコイツで、苦労してんだな。

まぁ、俺には関係ないけど。


「そういう事情でしたら、応援しますよ。」

「本当に?!…って、え?応援?」

「はい。立派な王妃様になれるように、陰ながら応援します。」


一応、ライトニング家ウチもエセヴィラン派閥に入るワケだから、派閥の勢力が強くなるに越したことはない。

となると、カタリーナがレックス殿下と結婚して、殿下が国王になれば万々歳だ。

だから、コイツの手伝いをするメリットは一切ない。


「そんな殺生な!ここまで事情を説明したんだから、そこは『手伝います!』って言ってよ!」

カタリーナは立ち上がって俺の肩を掴み、ブンブンと大きく降って俺に懇願した。


「そう言われましても、僕には手伝う理由がないですし。」

「確かに、そうかもしれないけど...。でもこのままじゃ、私、死ぬかもしれないんだよ?!いいの?」

「それは....」


『はい』と言いたいところだが、そんなことを言ったらライトニング家ウチが派閥から追い出されるかもしれない。


「それに、ウチの派閥で他にレックス殿下の婚約者なれそうな令嬢がいるの。彼女の家はOKだって言ってくれてるから、後はテキトーに理由をつけて婚約解消すればいいだけなの。派閥にも迷惑かけないし、あなたは少し手伝ってくれるだけでいいの。だからお願い!この通り!」


カタリーナは両手を合わせて、頭を下げた。

…断るとコイツ、また面倒なことを言ってきそうな気がする。

カタリーナを手伝う理由は一切ないが、コイツを納得させられるだけの断る理由もない。


「...わかりました。ただし、僕は基本的に何もしませんよ?カタリーナさんが勝手に、僕のことを婚約者だって、言いまわってください。僕は否定も肯定もしませんから。」

「それで十分よ!フレイくん、ありがとう!」

俺が承諾した途端、カタリーナの表情はパァっと明るくなった。


あーあ。

面倒なこと引き受けちまった。

どうなっても、俺は知らないからな。

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