第3話小さな幸せ
華はそれからずっと黙っており、俺の家の前に到着するまで会話は一度も無かった。
「ねえ亮太」
けど家に到着したところで、華の方から話しかけてきた。
「どうした、華」
「さっきはありがとう。何も言わないで私の言う通りにしてくれて」
「別に礼を言われるようなことはしていないよ。華が帰りたいって言ったから、俺はそれに従っただけだし」
「それでも、お礼を言わせて。ありがとう」
そう言う華の表情は、学校で見せるあの表情と同じもので、だけどどこか無茶をしているようなそんな彼女を抱きしめたい衝動に駆られる。
(我慢しろ俺。いくら偽物カップルとはいえ、その先の一線を越えるのは駄目だ)
「理由とかは聞かないの?」
「無理矢理聞くような趣味はないよ俺には。華にだって事情はあるだろうし、俺にはそこまで踏み込めるような資格はないよ」
「ごめんなさい、でもありがとう。そうやって言ってくれるのは亮太くらいだから」
少しだけ微笑みながら言う華を見て、俺の胸が少しチクリと痛む。本当の彼女を知っている自分だからこそ出来ることがあるはずなのに、今の俺にはそれができる度胸も資格もない。
(分かっているんだ、自分がした罪はどれだけ時が経っても消えないって)
だから彼女がふと見せるその表情を見ると、俺の胸が苦しくなる。
「じゃあまた明日学校で」
これ以上いても気まずいと思ったのか、華はそう話しを切り上げて、俺に背を向ける。
「なあ華」
「どうしたの?」
「俺達明日からも......偽カップルを続けていくんだよな?」
「うん、そのつもりだけど」
「なら明日から一緒に、登下校するか?」
「......うん。でも私が部活がある日は?」
「勿論終わるまで待っているよ。それの方がらしいだろ?」
「そうね......。そのくらいはしても、いいのかな」
「じゃあ明日から俺が迎えに行くから」
「うん、ありがとう」
華は一度だけ振り返ると、本当の彼女の表情で笑ってくれた。
「今度こそまた明日ね、亮太」
「あ、ああ。また明日」
俺は華の背中が見えなくなるまで、彼女を見送った。
(本当可愛いすぎるって)
ー残された俺は、しばらくその場を動くことができなかった。
こうして偽カップルの初日は終了した。突然の話が多すぎて俺自身追いつけていない部分が多いけれど、最後に彼女が見せてくれた表情は、間違いなく今日一番の笑顔で、俺の一番の報酬となった。
2
翌日。
俺は約束した通り華を迎えに行くために、いつもより早起きした。
「おはよう亮太ぁ。今日は随分と早いわね」
学校へ向かう支度をしていると、寝室から大きなあくびをしながら母親の天野良子が出てきた。
「今日も朝帰りだったのか、母さん。身体を壊さないでくれよ」
「もう何年この生活していると思っているのよ。息子に心配されるほど母さんは落ちぶれていないわ」
「こっちは本気で心配しているんだけどな」
俺の両親はバリバリの仕事人間なので、家にいることはほぼない。帰ってきたとしても俺が学校に行く時間は眠っている事の方が多い。
そんな生活を続けている両親を、俺は本気で心配しているのだが本人がこうなんだから多分この生活が変わることもないのだろう。
「それで何でこんなに早くに起きているのかしら。何か用事でもあるの?」
「用事っていうか、その......彼女が出来たんだよ」
「え?」
「だーかーら、彼女ができたんだって!」
別に隠す必要はないと華との間で決めておいたので、まずは母親にだけは報告する。
「亮太に彼女? 本当に?」
「本当に本当だよ」
「相手は誰なの?」
「華だよ」
「華ちゃん?! 嘘でしょ?!」
俺の報告に母さんは驚きのあまり口をあんぐりとさせている。
「そんなに驚くことかよ」
「当たり前でしょ? 生まれてから昨日までそんな様子を見せなかったのに、いきなり付き合うなんて言い出したら、誰だってビックリするわよ!」
「それは、まあ、その通りだけどさ」
「これは非常事態よ。あとで挨拶しに行かないと駄目ね」
「挨拶って気が早いから! それに俺は今から学校だからな!」
俺の報告のせいで、我が家は朝から大騒ぎの朝になってしまった。
「というわけなんだ」
「私の家と一緒ね」
通学中、華にその報告をすると疲れた顔で彼女はため息をついた。
「そっちもだったか。エイナさん、大騒ぎするようなタイプには見えないんだけどな」
「お母さんじゃなくて、お父さんがね」
「ああ、納得」
エイナさんというのは華の母親で、とても温厚で優しい人だ。それとは正反対の性格をしているのが、華の父親の方が問題で重度のレベルで溺愛している。
その娘と俺が付き合うことになったなんて知ったら、どんな目に合わされるか考えただけでゾッとする。
「俺命を奪われたりしないよな?」
「そ、そこまでしないと思うけど、直接会うのはしばらく避けた方がいいかも」
「そ、そうか」
娘にそこまで言わせる父親もどうかと思うのだが、彼女の言うとおりにはした方が賢明なのかもしれない。
「偽装とはいえ、前途多難だなこれは」
「でもそれが醍醐味みたいなものでしょ?」
「そんな醍醐味嫌なんだけど」
こんな調子で学校生活を送れるかも不安で俺は仕方がなかった。
「そうだ亮太。手を出して」
「え? あ、うん」
俺は言われるがまま手を差し出すと、華がその手を優しく繋いでくれた。
「これくらいはカップルらしいことしないと」
「そ、そうだな。これくらいは、な」
でもそんな前途多難でも、こういう小さな事でも幸せに感じられるのなら、それでいいかもしれないって俺は思った。
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