4-③ シナリオ

月丘 杏珠   出席番号十番

       弓道部   初等部入学


辺りに広がるむせ返るような強いローズの香り。私の香りだ。

「よかった・・・!」「アンじゃなかったのね」

切羽詰まったような表情の友人たちに縋りつかれて混乱する。倉庫に近づこうとする人に向かって、手招きするように火がうねった。

「何?誰か中にいるの?」

真っ暗な庭にそぐわない、煌々と燃える炎。あたりの草木に火花をぶつけながら燃え広がるその紅は、冬の始まりを感じさせるの寒空を熱していた。もしも中に人がいるのだとしたら、もう。

「杏珠もいたのかと思った、本当に、怖かった」

嗚咽しながら慧が私を包むように抱き締める。酷く震える身体を落ち着かせるように背中をさする。木造の倉庫が燃える焦げ臭い匂いと薔薇の香りが混ざり合い吐き気がする。さっきお風呂に入ったばかりだというのに。

先生たちが生徒を火から遠ざけようと必死で叫んでいる。他クラスや他学年の生徒が寮舎から顔を覗かせている。

「文加・・・?」

隣にいた真那が呟いた。瞳が火に魅入られたように真っ赤に染まり揺れている。煙に視界が曇るが、彼女の目がはっきりと見開かれていることはわかる。

「文加・・・?田口さん?」

田口文加。真那の同室の彼女がこの中に居ると言うのか。

「どうして田口さん?何故そう思うの?」

真那の瞳からつっと零れ落ちる雫。同じタイミングで目の前の炎がうねりながら更に勢いを増した。小さく悲鳴を上げ、炎の周りの人集りは数歩後ずさった。真那はまだそこに留まったままだ。

このまま真那が呑み込まれてしまいそうで、私は彼女の腕を引く。思った以上に熱を持ったその腕は、頼りなく私に引かれるままこちらへ。

真那と目が合った。

「これはアン、あなたに憧れた文加の香りだ。」

ローズの香りが少しずつ焦げ臭さに掻き消されていく。シャワーを浴びてしまった今の私からはしないはずのその香り。

「どういう意味?」

理解が追いつかない私の代わりに、涙声で慧が問う。

「皆さん寮に戻って!」

悲鳴のような教師の叫び声が、ゴオゴオと唸って燃える炎の隙間から聞こえている。慧が私の腕を引き、今だ虚空を眺めながら佇む真那も抱え込むように連れ出す。

紅が少しずつ遠ざかる。


寮のロビーまで覗きに来ていた上級生たちの野次馬を掻き分け部屋へ向かう。

「次は誰が?」「またなの?恐ろしいわ」

他人事の彼女たちは、まるでサスペンスドラマの感想を言い合うかのように嬉々とした声で怯えた風を装っている。こっちの気も知らないで。当事者でない人に同じ気持ちを想像しろと言っても、無理な話なのはわかっている。彼女たちにとっては、実家に戻って話せるトピックスがひとつ増えただけに過ぎないのだから。

そして次に紡ぎだされるのは

「あの子達、例のクラスでしょう」「本当だわ、怖いわね。あの子たちの中に殺人犯がいるかもしれないのよ」

歯を食いしばり、心で耳に栓をして、聞きたくない言葉を拾わないようにその場をすり抜ける。繋いだ手のひらに力が入った。私自身も、私の大切な友人たちにも、心無いその言葉たちを聞かせたくなかった。いつもよりも廊下が長く、階段が高く感じる。

「アン!」

カードキーをかざしてクラスブースに入ると、舞が力強く抱きしめてきた。舞の肩越しの由愛ちゃんとくみちゃんも呆然としている。

「慧、火傷してるやん」

舞が慧の右手を指して言った。慧は眉を下げ、パッと後ろに手を隠した。慧も私があそこにいると思って取り乱していたのだ。怪我までして・・・私には何も起きていないのに。

「アンちゃんじゃなかったのね!」

 外から戻ってきたクラスメイトが私を見て安堵の表情を浮かべる。私には、何も起きていない。なんだか、恥ずかしさのような申し訳なさのような、みんなの期待、予想、それを裏切ってしまったようないたたまれない気持ちになった。無事に越したことはないし、私も死にたいわけじゃないけれど。なんとなく、全くあの火事に私が関与していないことへの罪悪感。

 どうしたんだろう私。こんなネガティブ思考だったっけ。さっきの火事があまりに強烈で精神的にやられちゃったのかもしれない。人をも焼き殺してしまうあの火はとても恐ろしかった。

「怖かった、本当に怖かった」

 先ほどまで心ここにあらずだった真那の瞳から堰を切ったように涙が溢れ出ている。

「アンが、アンが殺されたんだと思った」

 もうやめてよ、それ以上私の死を期待しないで。違うけど、私に死んでほしいわけじゃないのはわかってるけど、なんだろう。

「立花春華の次の呪いだって」

「それってどういう意味?」

 ぼそりと苦しげに呟いた真那の言葉に、近くにいたレミちゃんが反応する。それは、外部生の子たちには黙っておくっていう約束だったのに。真那が我に返って自分の口を塞いだ。

「呪いって?立花春華ってあの?何を知ってるの?なんでうちらには教えてくれないの?」

 レミちゃんが真那を揺さぶりながら私や慧、舞などの内部生を睨みつける。

「そうだよ、なんで内部生だけで内緒にするの?すごく気分悪い。部外者扱いしないでよ!」

 後ろで黙っていた由愛ちゃんが突然大きな声を上げた。クラスブースの廊下に一瞬の静寂が流れる。恐る恐る他のクラスメイトが覗いている。居心地の悪い空気だ。

「由愛もレミちゃんもそんな怒らんとってよ」

 舞がいつもののんびりとした笑顔で言った。

「仲間外れにしたわけじゃないからさ。でも舞たちだけで話していいかは決められへんから、菫と蘭と田口さんも呼んでくる」

「・・・」

 真那が何か言いたげな顔をした。『あなたに憧れた文加の香りだ』先ほど庭で聞いた真那の言葉が蘇った。つまり、田口さんはもう・・・。

「全員の前で話してよ、私もみんな呼んでくるから」

「そうやね、談話室で話そう」


「で?立花春華が何なの?」

 レミちゃんが舞に聞いた。談話室にはクラスメイトが集まっている。昼間に集まった時より、一人少ない。田口さんと仲の良かった子たちが泣いているのを見るに、真那の推測は当たっていたようだ。

「うん・・・」

 舞は内部生の面々の表情を伺い、目で許可を取った。こうなったら仕方がない。

「中等部の時、立花春華さんっていう芸能やってる子が入学して来てん」

「それは知ってるよ、有名な話だったし」

「あの子が今この学園におらんこと、テレビにも戻ってないこと、それは、中等部で彼女が死んじゃったから」

「え?」

 息が詰まる。周りのざわめきが責める声に聞こえる。あのことは思い出したくない。頭がくらくらする。

「死んだって?どういうこと?」

 由愛ちゃんの問いに、舞は一つ頷き再度口を開く。

「大前提として、あの子は自殺。それは断言できる」

「なんで断言できるの?黒板に書いてあった、『内部生は人殺し』って、あれ事実なんじゃないの?」

「それは違う。だってここにいる内部生のほとんどがその場面を目撃したから」

 暗い夜の校庭、冷たい風、そこを飛ぶ白い鳥、身の毛もよだつような静寂。

「あの子は私たちに見せつけるように、自ら命を絶った」

 あの時のような静寂が流れる。ああやめて。全身の筋肉が緊張する。

「なんで自殺なんか」

 その問いに舞は言い淀んだ。彼女が自殺を図った理由なんて、私たちには想像しかねる。自殺する人間の気持ちなんて、私にはわからない。でも、彼女は。

「『あなたたちのせい』って、そう言ってた」

 真那が代わりに言った。全員が一斉に真那を見る。

「なにそれ。立花春華に何かしたの?」

「逆。彼女はとっても傲慢で酷い人間だった。いろんな生徒に嫌がらせをしてた。二年生になるころには完全に浮きっぱなしで、友達もいなかったと思う。それが私たちのせいだって言ってるの。彼女はわざわざみんなを呼び出して、目の前で屋上から飛び降りた。彼女が落ちた先が、藍の死んだあの池」

「・・・だからって、これが復讐なわけないでしょ。呪いとか、そんなわけないじゃん」

「もちろん、呪いなんて超常的なことまともに信じてるわけじゃない。でも、噂で藍の死に姿を聞いた時、どうしても立花春華を思い出してしまう。白いドレス型のルームウェアに血がたっぷり滲んでたって」

「それのどこが立花春華なの?池で亡くなったってことだけじゃない」

「中等部二年のクリスマスパーティーの日。その時、白いドレスを着た藍の頭から、立花春華がノンアルコールの赤ワインを零したの。とっても高価なもので、結構重大な事件だった。まるでそれみたいだ、って」

 その場面を見たわけじゃないのに鮮明に、真っ赤に染まったドレスと横たわる藍ちゃんが思い浮かんだ。

「有栖川藍の死に方が、嫌がらせの内容と似ていたから呪いだっていうの?そんなはずないじゃん!じゃあ今回は?今回は田口文加でしょ?あの子もなにか関係するの?」

「・・・そうなんだよね、文加が立花春華と話しているところなんて見たことないから、だから呪いなんて馬鹿げてるって」

 呪いじゃないにしても、人が二人死んでしまったのは事実で、呪いじゃないなら何か他の現実的な何かがこの連続死を呼び起こしていることになる。だとしたら、何だろう。

「私は、立花春華さんの関係者がこの中にいるんじゃないかって思ってるわ。立花春華さんの死はこの学園がもみ消して、外部には出ていない。そんな学園や内部生に恨みのある誰かが、順番に殺してるんだって、そう思う」

 菫ちゃんが震えた小さな声で言った。この学園の尊厳のために、彼女の死はもみ消された。今回の藍さんのように、そしてきっと田口さんも同じように。

「それって、うちらを疑ってるってこと?ひどい」

 そんなこと言ったって、レミちゃんもさっきみんなを疑ってたじゃない。言われた菫ちゃんは申し訳なさそうに俯いている。実音ちゃんがたしなめるようにレミちゃんの腕を引いた。

「実音だって、満里奈が冤罪で停学させられたのになんでそんなに冷静なの?友達じゃなかったの?」

 矛先が身内に向いた。今のレミちゃんは暴走状態だ。でも、確かに満里奈ちゃんがいなくなってから事件が起きたからには満里奈ちゃんは冤罪だったと考えるのが自然だろう。

「そういえばさ、アンはあったよね、火のトラブル」

 蘭ちゃんが突然言った。

「春華ちゃんにお母様からのお手紙焼かれてしまったことあったよね」

 突然みんなの視線が集まった。注目が怖くて足がすくむ。

「そうなの?」

 由愛ちゃんが私に聞く。落ち着いて、落ち着いて話せば大丈夫。ここで焦るのは私らしくない。

「そうね。ご存じの方もいらっしゃるかもだけど、私の母は女優で、春華さんは、私の母と親子の役で共演していたの。それで・・・実の娘に嫉妬したのかもしれないわね」

 酷い。そういった声が聞こえた。でも、今の話は半分嘘だ。

『あなたよりもよっぽど私の方が娘扱いされているわ』

 彼女はそう言った。初等部から緑風での寮生活を送っている私は、両親との〝普通の家庭〟をほとんど経験したことがなかった。初等部五年生の時、主演に抜擢された赤毛のアンの舞台は、春華さんとの共演作である『幸せのほころび』の撮影のために観に来てはもらえなかった。立花春華は、嫉妬などしていない。むしろ境遇を愚弄し、あろうことか自分こそが娘にふさわしいとまでのたまった。

「もしかして・・・」

 由愛ちゃんが推理を披露するように人差し指を立てた。

 やめて。

「田口が持っていた香水の香りで、アンだと勘違いしたんじゃない?」

 やめて、やめてよ。そんなこと、私が一番最初に気づいている。


 会議はお開きになり、急いで部屋に駆け戻る。

 忘れよう、一旦落ち着こう。そう思い本を開くが焦点が定まらない。文字が見えない。本をめくる自分の指先を見る。肌色に赤を少し足したような血色のいい指。生きているなと俯瞰的に思う。明日、この指の肌色に混ざって見える色が赤ではなく青白い色になるのではないかと想像する。指を少し動かす。ああ、生きている。でも、明日にはぴくりとも動かないただの物体になっているのを想像する。この本は最後まで読み終えられるのだろうか。

『アンだと勘違いしたんじゃない?』

 頭の中で反芻される。間違えて?本当は私が死ぬ番だった?田口さんが死んだのは私の身代わり?田口さんが死んだのは・・・私のせい?

 煌々と火柱をあげる倉庫が思いこされる。その中でもがき苦しむ田口さんを想像する。

 私が死ぬシナリオだったんだ。私が今生きているのは間違いで、シナリオ通りじゃなくて、間違えている恥ずかしいことで、私が生きているのは望まれる展開じゃない。

 

 世間には、数え切れないほどの目がある。それらに晒されている時、私はどこか自分自身を偽りながら、〝正解の私〟のシナリオを模索し、演じる。

 産まれた時には決まっていた、あるいは産まれる前から不特定多数の中で決められていた私という人間の立場。月丘文庫の代表取締役社長である月丘誠と、子役時代から天才ともてはやされた甘野ほまれの結婚が報道された時、世間はそれを大きく報道した。そしてその数ヵ月後、二人の間に宿った新しいいのちを祝福した。「きっと幸せなんでしょう」「彼らの子に産まれてみたかった」「美しいお子さんの誕生を心待ちに」そう言った言葉が世間を賑わせた。

 初春のうららかな日差しの中、待ち望まれた幸せな子供は誕生した。しかし、その子供は平均的な体重を大きく下回る未熟児だった。三十路を迎えてなお人気女優として名を馳せる甘野ほまれは、子を宿した体でも忙しく活動を続けていた。それが影響したのかは不明だが、バッシングを人生の糧としている人間に餌を与えるような真似を避けようと、関係各所は私の出生を一時的に隠蔽した。『豊かな感性を磨くため、子供は表舞台に見せない』という名目上。両親や世間の求めるシナリオ通りには私は生まれることはできなかった。

 平均より小さい身体なのは変わらずとも、私は着実に成長した。他の子よりも上手と言われる絵や工作物を、母はネットにアップし、その幸せを世間に公表する。幼稚園の先生は、迎えに来た他人である家政婦に私の作品の良さを熱弁する。そこに垣間見えるのは、私と家政婦の向こう側の父母に対する媚び。甘野ほまれのSNSにアップロードされたその作品に、自分が手を加えた一部や自分の痕跡が少しでも入れば彼女は周囲に自慢し悦に浸るのだろう。

 私に関わることは、自分の価値をあげるという手段のひとつでしかなく、誰も私自身を見ていないこと。父母のディスブランディングになりかねないものは隠蔽しなくてはいけないこと。他人の目に晒される時は気を引き締めて求められるとおりのシナリオを演じること。教えられずとも、身についた処世術。

 

コン、コン、コン

白い扉が、音を立てた。菫ちゃんだろうか。いや、菫ちゃんならノックなどせず入ってくるはずだ。ここは彼女の部屋でもある。

コン、コン、コン

頭が理解するより先に、心臓が激しく脈打った。その薄っぺらな一枚の扉は、鍵もかかっていない。

息を殺し、気配を消す。私はここにいないわ。この部屋は無人なの。だからどこか違う場所に行ってちょうだい。心の中で念じる。扉を開けないで。鍵を閉めるために扉に近づくことさえできない。一歩近づいた途端にそのドアノブが捻られる気がする。

ノックの音が止んだ。枕を抱きしめうずくまるように菫ちゃんの帰室を待つ。

 視界の隅で、何かが動いた。扉が、ゆっくりと開いていく。廊下からは誰の声も聞こえない。キィと小さな音を立てて徐々に徐々に何かが侵入しようとしている。

 脱線したシナリオを再び元に戻しに来たのだ。手違いで田口さんを殺害してしまったうっかり者の犯人が。

 鼓動がうるさい。数時間長生きできたと思えば大儲けだけど、やっぱり怖くてたまらない。

 思わず近くに何か武器になるものがないか探してしまった。シナリオ通りに生きるのが私のルールなのに、ここで舞台から降りるのが私に課せられた役割なのに、でも、自分の意志が抵抗しようとしている。いけない。抗ってはいけない。なのに。

「杏珠」

 扉を開けたのは顔面蒼白で目を泣き腫らした慧だった。全身の力がフッと抜ける。震えと冷や汗が収まる。代わりに涙が滲む。

「慧、びっくりした」

「ごめん、ごめんね」

 弓道部エースがそんな弱い姿でどうするの。あなたは活き活きとかっこよく振る舞うのが一番似合うわ。そう声をかけたかったが、そんなことができるほどの余裕は私にもなかった。

「私は大丈夫よ。こうして生きているから、安心して?」

 慧は少し前から私とお付き合いをしている。同性愛なんて、父や母が知ったらどう思うだろう。両親は慧のことを知っているが、友人と恋人は別だ。まだまだマイノリティには厳しい世の中で、甘野ほまれの娘がそれだとバレて世間が黙っているはずがない。顔のない不特定多数の人間が賛否を議論し、その中の一部に私も慧も両親も傷つけられる。

 そっか、私何回もシナリオを破り捨てている。生まれたときからの小さな体。幼いころから全てを悟ってしまったこと。中等部で春華さんに嫌がらせを受けたこと。慧と恋に落ちたこと。死ぬべきだった場面で死ななかったこと。全部、世間の期待通りじゃない。そもそもシナリオなんてなかったんじゃないか。

「慧?」

 慧は部屋に来てからずっと黙ったままだ。元々心の強い方じゃない慧だから、よっぽどダメージを受けているのだろう。扉の前に立ったままの慧の手を引き、ベッドに座らせる。慧の暖かい手に触れ、生を実感した。私も、慧も、ちゃんと生きている。

「杏珠、聞いてほしいことがある」

 深刻な、そして泣きそうな言い方。私が頷くと、慧は立ち上がり半開きの扉を閉め、鍵をかけた。


月丘 杏珠 Fin.


「なんでぶんちゃんが死んじゃうの?!」

 談話室の隣にある正田弥生の部屋で、糸井すずめが涙声で叫ぶ。

「ぶんちゃんが犯人だと思ったのに・・・」

「それって、どういう意味?なんでぶんちゃんが犯人なの?」

 西田桃乃の呟きに、正田弥生は食いつく。

「さっき図書館で見つけちゃってさ。マーチにも話そうと思ってたんだけど」

 すずめが図書館で見つけた本の内容のこと、山吹色の手紙のこと、そこから導き出された田口文加犯人説について話した。

「だから、ぶんちゃんに直接聞こうと思って寮に戻ったら、そしたら倉庫が燃えてたの」

「私、直前までぶんちゃんと一緒にいたんだけど、やることがあるってぶんちゃんが一人で校舎の方に行っちゃったの。あんなことになるなら私も一緒に行けばよかった」

 そう言いながら静かに涙を流す。

「マーチのせいじゃないよ」

 その言葉の後も、沈黙は続いた。桃乃とすずめは気遣うように部屋に戻っていった。


「菫、本気で思ってるの?」

 談話室には、橋本真那、深谷舞、四条菫、矢代蘭の四人が残っている。先ほどの、『学園や内部生に恨みのある誰かが、順番に殺してる』という推測に関して、真那が菫に問いかけていた。

「だって、それ以外考えられないもの。春華さんの親族とか、そういった人がきっといるのよ。あの子みたいに普通じゃない感性を持っている誰かが、代わりに復讐に来たんだわ」

 泣きながら菫が言う。三人も言い返せず黙ってしまった。

「・・・だとしたら、うちらも危ないな」

 舞が呟いた。

「早くその犯人を特定しないと、次は誰が殺されるかわからんやん」

「菫は誰だと思うの?」

「そこまではわからないけれど・・・」

「一番可能性あるのは実音ちゃんじゃない?」

 菫の言葉を遮るように蘭が言った。

「え、なんで?」

「だってさ、春ちゃんは名前が左右対称だったでしょ?私や菫と一緒で」

 ああ、と真那が呟いた。

「実音ちゃんだけ、外部生の中で名前が左右対称だから」

 ニコニコしながら蘭は言った。

「違うわ!実音さんは違う!」

 菫が少し声を荒げながら立った。

「菫、落ち着いて」

「だって、実音さんはそんな人じゃないわ!優しい人よ!」

「わからんやん、内部生に近づくために菫ちゃんと仲良くし始めたんかも」

「でもっ」

「実際、藍が死んだのって菫ちゃんと実音ちゃんが仲良くなった直後ちゃうかった?これって偶然?」

 菫の真っ赤になった顔がみるみるうちに青ざめていく。彼女の脳裏には思い当たる節がいくつかあったのか。

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