第四章 木枯らし
ショパンの木枯らしが流れている。人が一人死んでも変わらず、空はきらきらと日差しを降らせた。
朝早くから講堂に集められた高等部の全校生徒の表情は様々だ。朝食から始業までの休息時間を奪われ不満げな者、これから何が始まるのかと不安そうな者、我関せずというように単語帳をめくる者、非日常に胸を高鳴らせる者。
劇場のような造りの講堂には、クラスごと出席番号順に横一列に座席が用意されている。
緑一の座席の一番左は、ぽっかりと空席がある。寮生活である分、欠席や遅刻がほぼないこの学園での空席は目立つ。ここが、有栖川藍の席なのだと誰もが察しただろう。噂話をするようにそちらにちらちらと目を向ける生徒たちは肩をすくめて怯えた風を装うが、口元や目の奥に好奇心が宿っているのが見て取れる。
一瞬の反響音のあと、副学園長の咳払いが講堂内に響いた。生徒たちは談笑を止め、舞台に目を下す。
「生徒の皆さん。この度は始業前にもかかわらず、集まっていただきありがとうございます。我が学園で起こってしまった悲しい出来事に関して、学園長先生からお話がございます」
副学園長の一礼を受け、学園長は舞台の中央に設置されている演説台に踏み出した。恰幅のいいスーツの男が、大きな背を丸め白い眉を顰め、頭を下げた。
「このような出来事が起こってしまい、突如の悲劇に我々も驚嘆と悲しみを隠せません」
いつもの貫禄は見えず、意気消沈したような学園長の姿に生徒たちは事の重大さを改めて知らされた。生徒たちの前に立ち、震える手で原稿を握りしめながら言葉を紡ぐ彼はいつもよりも小さく見える。
「・・・まだ若い、未来ある一つの命が、この世を去ってしまいました。生徒を失った我々教師も、仲間を失った生徒の皆さんも、彼女のことを忘れず、彼女の分までこの先を生き抜くと、心の中で誓ってください」
一筋の涙が、前のほうの座席に座る一年生には見えただろう。壇上の脇に並んだパイプ椅子に座る教師たちは、ハンカチを目下に当てながら黙とうのように目を閉じた。生徒たちのほとんどが、同じように。
三十分ほどの集会が終わり、三年生から順に講堂を後にする。緑一の退場は最後から数えた方が早いため、生徒たちは俯きながらその時を待った。
「結局、事故なのか事件なのか、自殺なのか言及しなかったね」
「命を大切に、とか言ったら自殺かなとか推測できるのに」
背後を通る上級生の会話が、緑一の生徒たちの耳にも入った。昨日停学になった成瀬満里奈が犯人なのではと噂もある。上級生たちは近くに緑一の座席があることに気が付くとハッと口をつむぎ目配せをしてそそくさとその場を去った。
「誰?誰が書いたの」
教室に戻ると、黒板消しを手に持った橋本真那が目を吊り上げていた。黒板には乱暴に消されたような跡が残っており、何かがそこに書かれていたことが推測できる。
「なにかあったの?」
遅れて戻った千原由愛が真那に問いかけた。扉の近くにいた江藤レミが返答する。
「黒板に書いてあったの。『内部生は人殺し』ってね」
なにそれ、と由愛は蔑みと興味の混ざったような声を上げる。由愛の隣にいた深谷舞は怪訝な顔で黒板を見る。
四条菫がパッと佐々木実音を見た。何かを咎めるような、確認するような鋭い視線を向けられた実音は上目遣いで首を振った。
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