第9話 除霊士の本領


 将人に抑え込まれたタクヤの表情が失われ、力を失い倒れ伏す。

 途端、ナオキとユカが起き上がる。二人はまだ気が触れたままの表情で再び将人に襲いかかるが、彼は二人の間をすり抜けるようにかわした。さらにすれ違い様に手に持つ包みを回転させ、軽く薙ぎ払う。まるで洗練された曲芸のような、一瞬にして綺麗な動作だった。

 瑠那の目の前に、二人が体を投げ出す形になる。しかし今度は二人も、起き上がらない。将人が叩きつけた長い包みにまさか、そんな不思議な力があるのか。

「ひッ、ちょっ、これ大丈夫なの!? なんか変だったけど!? 」

 瑠那はもう取りつくろう余裕もなくそう訴える。将人は変わらない調子で言った。

「何となくわかんないか? 三人ともここの悪霊の支配下にいた。それを俺が今、解いたのさ」

 彼は続けて、包みの中身を解いた。

――重厚な作り、意匠の施された鞘が見える。どうやら、日本刀のようだ。

 彼は配信が始まるまで、ずっとその中身について教えてくれなかった。中身を見せもせず、しかし肌身離さず持ち歩いていた。

「覚悟しろよ望月。支配していた手駒の三人でどうにもできなかったんだ。ついに奴らが、姿を見せるぞ」

 ふと、配信画面に目をやると、コメントは膨大な量になっていた。


『今のは流石に仕込みだろwwwwww』『いや演技じゃないっしょ、マジモンだって』『何でもいいから早く人間以外のもの映せよ』『嘘かも知らんけど見応えはある』


 リスナーの中には既に次の展開を求めている人もいる。

――勝手な人たちだ、と瑠那は思う。

 配信を始めたのは確かに瑠那たちだ。でも画面の向こう側で見ている彼らは、このトンネルの中の空気や、恐怖を肌で感じているわけではない。

 きっと、現実だなんて思っていない。

 だからこそ、映すしかない。本当にそこにあるものを。

 将人がそれを指し示してくれる。

「見上げてみろよ、望月。君の大好きな撮れ高だ」



 ちょうどその時、瑠那たちが来た入り口方向から、走行音を伴って光が差す――第二陣が到着したのだ。

 トンネルの天井が照らされるのと、瑠那が上へとカメラを向けるのがほぼ同時だった。

「ふざけないでよ……何なのよこの数!! 」

 瑠那は大声を噛み殺し、うめくような悲鳴をあげた。


びっしりと、人が張り付いている。

 亡者、という言葉がぴったりだろう。痩せてほとんど骨のようになった白い肌の亡霊が、四つ足でびっしりと天井に張り付き、口をパクパクとさせている。

 しかもそれらは、スマートフォンのカメラ越しにも、はっきりと瑠那の目に映っていた。

――配信上のコメントが爆発した。


『いやCGじゃねぇの!? 』『思ったよりやべーのが出てきたな』『いざお出しされると引いちゃう』『マジリアルタイムで映ってるってこと? すげぇ!! 』『え、てか、落ちてこない? 』


 瑠那は流し見ていたコメントに思わず「え? 落ちてくる? 」と聞き返した。

――亡者が手を離し、瑠那たちめがけて降ってきた。

 ちょうど向けていた、カメラの真上だ。

 瑠那は恐怖に飲まれ叫び声を上げた。


「いやあああああああああああああああああッ!? 」


 しかし棒立ちのままの瑠那を、将人がすんでのところで背後へ引っ張ってくれた。掠めるように亡霊が着地するも、即座に将人が日本刀を振るう。手慣れた手つきで、下から亡者の首を跳ね飛ばすように。

 切られた亡者は黒いチリのようになって霧散する。そこに至るまでの一部始終を、瑠那のカメラははっきり捉えていた。

 慌ててお礼を言おうと将人を見ると、彼は嬉しそうな表情で笑っていた。

「いいリアクションするじゃん」

 余裕たっぷりなその表情に、瑠那は涙を滲ませながら怒鳴りつけてしまう。

「他人事じゃないでしょ何とかしてよぉッ!!! 」

 すると将人は、さらにその余裕そうな笑みを深めて瑠那の手を取る。

「仰せのままに」

 

 亡者の群れが襲いかかってくる。

――上から降って、真正面から距離を詰め、足元を掬うように。

 その全ての脅威が前もって予定されていた仕込みであったかのように、将人は動きを予見し渡り合う。

 瑠那を強く引き寄せ、背後に迫っていた気配を切り捨てる。真横から手を伸ばす影に逆の袈裟斬りを見舞う。そこで瑠那は将人の後ろに、さらに迫る亡者を見たが。

「うううううう後ろ来てる!! 」

「知ってる」

将人は答えるより先に、右手に掴んだ刀を背後で軽く放り投げていた。左の手でキャッチ、しっかり柄を握り込み、鋭く体を反転。飛び上がって勢いのまま真一文字に、

「背後の視線には敏感なんだ」

 切り裂いた。

――亡者の影がまとめて三つ。黒いチリになって空間に溶ける。

「ちゃんと今の立ち回り撮ってた? 」

 お気楽なものだ。将人はまだ笑っている。対して、瑠那はもはや配信どころではない。

「ご、ごめん。マジでパニクってて、全部は収められなかった……」

「まぁいいよ。次回への教訓ってことで。ほら、彼らも撮ってるし」

 そう気にもしていない様子で彼が指差すのは、真向かいで、車両から降りカメラを構える第二陣メンバーたちだ。彼らも動揺しているようだが、ちゃんと配信し続けている。


 そこで何故か彼は急に日本刀を鞘にしまう。さらに鞘に包まれた先を、トンネルの床につける。

「ちょっと、何してるの!? まだたくさんいるって!! 」

「立ち回りは十分撮っただろ。こっからはストレートに攻める。除霊士の王道でな」

 同時に叫び声が響いた。

「た、たす、助けて!! もう嫌だ俺は降りる!! 」

 あの、大柄で金髪の元テレビマンだ。カメラを構えたスタッフも尻目に、トンネルの入り口の方へ戻ろうとし大きく転倒した。そんな彼の目の前に、亡者が迫る。

 その場の、将人と瑠那を除く全員に、危険が迫っていた。大勢の悪霊の魔の手が。

 将人が静かに呟いた。

「オッケー、助けてやるよ……さぁ、出番だ」


 瑠那は、絶望的な気分になる。

(あぁ、また、あれが来る)

 カフェで彼が瑠那に見せたもの。パーキングエリアでカメラマンを黙らせたもの。

――彼に取り憑く、尋常ならざる悪霊の気配だ。


瑞螭みずち


 将人の囁くような呼びかけで、それが姿を現す。

彼の背後から、ヌッと巨大な影が現れる。まるで急成長した大木のようなそれは、人一人なら飲み込めそうなほどの大きさの大蛇だ。その口が、将人の背後で、大きく開かれる。

――中から無数の、人の腕が這い出した。


 まるで邪悪な花が咲いたようだ。

 無数の腕が将人に縋り付くように、ベタベタと触れ、飲み込まれた蛇の口の中から逃れようとしている。

 初めてあったカフェテラスで、将人は瑠那にこれを見せて、こう言っていた。

『俺に取り憑く瑞螭は、悪霊を飲み込んで支配する』

 強烈な悪霊の集合体、それを見て、全ての亡者が動きを止める。


 直後、瑞螭が頭を上向け悪霊たちを再度飲みこみ、そのまま地面へと突っ込んだ。しかもその巨体が、細長く無数の蛇に分かれていく――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る