第8話 廃トンネルの闇の中で


 進む足が重くなるのを、瑠那は強く自覚する。将人の教えてくれた新事実が、恐怖に拍車をかけている。

 隣を歩く将人に縋るように、様々な話題で無理に会話を続ける。


「刃向威くんはさ、いつからこの仕事……除霊士やってるの? 」

「ずっと子供の頃からかな。うち、除霊士の家系なんだよ。だから物心ついた時にはそういうのが見えたし、除霊の心得を叩き込まれた」

「へ、へぇ〜! 漫画みたいな設定だね」

「設定って酷いな。俺にとっては紛れもない現実だってのに」


 互いに軽口を叩きながらも、瑠那の心が弱っていく。正直この場から今すぐ逃げ出したい。

 将人の話に集中し、何とか気を紛らわせる。


「でも、そんな話聞いたことないし」

「そりゃ、表立って活動はしてないから」

「じゃあそれこそ、なんで私の除霊配信に協力してくれたの? 」

表向きは、そう言うことになっているが、実際に配信を持ちかけてきたのは将人だ。

 するとそこで、急に将人が感情を見せた。


「腐りきってるんだよ。除霊士の世界ってのは」

 ふと瑠那は、大人びていながら怒りの滲む彼の表情に惹きつけられる。


「除霊士は悪霊を倒すために、悪霊を従えて武器にしてるのさ。だから俺たちは悪霊を熟知してる。どんな弱点を持っているか、どんな力を有しているか。除霊士の世界は、そんな事実をひた隠しにしている……本気で、世界を平和にするつもりなんてないからだ」

 世界平和、だなんて。大それたことを言う将人にようやく瑠那は理解した。

――将人は瑠那を利用した。

「俺は、この配信を通じて悪霊の存在を知らしめ、証明する。そしていずれ倒し尽くす。あらゆる人に害を及ぼす悪霊も、それを利用する除霊士も、いない方がいいからな」


 この除霊配信という状況。全て、将人が瑠那を利用し生み出したもの。その本心を、この場でようやく将人は曝け出した。

 瑠那は直感的に、まずいと思った。

 ただ利用する目的ならまだいい。しかし将人の言う通りなら。このままではこのチャンネルは、瑠那のものではなくなってしまう。

 将人の「悪霊と除霊士をこの世にさらけ出す」ための配信になってしまう。

――配信における主導権を取り戻したい。けれど瑠那にはもはや、そんな余裕はなかった。諦めかけていたその時。


 急に将人が足を止め、振り返ってこう言った。

「どうだ、そろそろ腹が減ってきたんじゃないか? 」

 思わず瑠那は振り向いて、その異様な光景に息を呑んだ。



 ゴトン、と音を立てて、ユカの手から懐中電灯が落ちた。将人と瑠那をのぞく、前回配信参加者の三名全員が……両手と顔をダラリと下ろして、カメラも懐中電灯もまともに構えず立ち止まっていた。

「どう……したの、みんな」

 瑠那は癖でインカメから切り替え、彼らに向けて映し出す。一斉に、全員が顔を上げる。

――口元からヨダレをダラダラと垂らしながら、気が触れたような表情で。

「ちょっ、何!? 」

 全く訳がわからない。三人とも何をふざけているのだろう、大事な配信中に――

 パニックに陥り、思考が止まる。友人のはずの彼らが、今までに見たことがない表情で、瞳を爛々と光らせ一斉に、瑠那を狙うように身を屈めた。

 ふと、将人が瑠那を追い抜いて、庇うように間に立つ。

「始まったな」

 そう言う彼の表情は、好戦的な笑顔。

――直後、予備動作も何もなく、三人が襲いかかってきた。

 歯を剥き出しに、噛みつこうとするように。しかもその身のこなしは、人のものと覚えないほど素早かった。

 瑠那の構える画面越しに、将人への距離を一瞬に詰める三人。しかし。

「甘い甘い」

 呟いた将人の上半身がクンッと軽く沈み、真正面に来ていたナオキの懐に入る。そのまま胴を掴み、右後背のユカへと放り投げた。

 すかさず、最後になったタクヤが無防備な体勢の将人へと飛びかかる。だがやはり、将人は凄まじい速さで反応した。素早く、肩にかけていた長い包みを掴み上げた動作のまま飛び上がり、向かってくる相手の肩に着地と共に叩きつける。

――全てが一瞬の出来事だった。

 将人は左手で押さえ込んだまま、右耳のインカムを操作し呟いた。

「除霊開始だ――第二陣、入ってくれ」

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