第7話 配信開始

夜二〇時。瑠那はいつもの自然体で、自らのライブ配信をスタートする。

 配信用のスマートフォンを、固定用のジンバルに取り付け調整。インカメにして、開始をタップ。


「こんるなでーす。今日は事前告知通り「ホラーライブ配信スペシャル」でっす! 今私たちは、旧S村トンネルに来ていまーす」


 人気の配信アプリ「リブリアクト」上での配信。瑠那は事前に告知していた内容や、前回のお蔵入りになったエピソードについて触れる。

 瑠那の画面にはリアルタイムでリスナーのコメントがポップアップされる。


『こんるな〜』『今回だいぶ期待値高いぞ』『確定でオバケ出るってマジ!? 』などなど。


続けて、将人の紹介に移る。

「そして今回、ただ心霊映像を撮るだけじゃないんです! 現れた悪霊を、彼がやっつける除霊配信です! じゃん! 」

 スマートフォンのカメラの画角に素早く将人を入れる。

「初めまして。除霊士の刃向威 将人です」

 将人が現れると、さらに多くのコメントが追加された。


『誰だこのイケメン』『いや胡散臭いなwwwwwww』『肌白くない!? 』『スキンケア何使ってますか』『思ったより若い』『インチキだろ』


 いつも通り丁寧な自己紹介を終えた将人とトンネルに向かう。

道中、台本通りに瑠那は進行する。

「除霊士って、どんな仕事なの? 想像できないんだよね! オバケやっつけるって」

 将人は軽やかに笑った。

「やることは単純だよ。悪さする人を取り締まる警察と一緒さ。ただ話が通じないのと、しくじると簡単に命を落としかねないから、そのくらいかな」

「やばーい、尚更想像できない! 」

 序盤は将人に意味深な発言をさせ、引きを作る手筈だ。

「まぁ実際どう除霊するのは、見てのお楽しみってことで」


 将人がどんな人柄か、そんなことも視聴者に印象付けつつ、徐々にトンネルへと歩を進める。

 この時点で同接数は五〇〇人を超えている。コメントの内容も大層賑やかだ。事前告知と大規模な宣伝の成果が出たのだろう。いつもの瑠那からすると驚異的な数字。しかし、将人の基準で言うとまだまだだ。


――トンネルの前まで来て、一旦足を止める。

 そのトンネルは、トラック一台くらいなら通れるだろうという幅と高さがある。ぽっかり口を開けた巨大な怪物のようだ。闇の中からは呼吸音のような不気味な風の音が断続的に響いている。


「やっぱさ……行くのやめねぇ? 」


 ふざけ半分といった様子でそう言ったのは、前回も参加したメンバーの男子、ナオキ。前回の配信から体調を崩し気味で、今も顔面蒼白だった。瑠那を前回誘ってくれた女子、ユカの、懐中電灯を持つ手が震えている。最も後ろでカメラを構える男子、タクヤも表情の恐怖を隠しきれていない。

将人だけが、にこやかな声で言った。

「大丈夫。とりあえず俺の後ろからついてきて」

 そう言って「お邪魔します」と付け加えてトンネルの中へ踏み入る。頼り甲斐のある背中がトンネルの闇に呑まれていくようで、不安になって瑠那は後を追った。


「望月、このトンネルについてどこまで知ってる? 」

 踏み込むと、事前の打ち合わせ通り、将人がそう話を振ってくる。瑠那は恐怖が混じらないよう、心を励ましながら声を出す。

「うーん、正直、あまり知らないんだよね。有名な心霊スポットってくらいで」

 すると将人は、この配信以前に調べた情報を教えてくれる。

「そもそも、このトンネルは今や廃村となった旧S村に続く、唯一の一般道だ。現在は廃道だけどね」

 将人の静かだがはっきり通る声は、どこか人の心を落ち着かせてくれるものがある。不気味な場所にいると命綱のようだと瑠那は思う。

「そしてそのS村は、五年前老人の大量孤独死がニュースにもなった村だ。過疎化が進み、村という共同体が立ち行かなくなった結果、ついに滅んだ、ってわけだ」

「え、ちょっと、何その話」

 瑠那が出したその言葉は、演技ではなかった。想定なら、前回瑠那たちの身に起こったことを説明してくれるはずだった。思わず、コメントの反応を見るのを忘れてしまう。今将人が話しているのは、事前の打ち合わせでは教えてくれなかった事実。彼は、悪戯っぽく笑い先を続けた。


「さらに歴史をさかのぼると、S村は大正以前に飢饉が起きた場所でもある。最近だと、この山を降りてすぐの町では、飢えによる死亡事件・事故が相次いでいる。はっきり言って異常だ。地元の警察が動いた記録もある」


 瑠那は何とか言葉を返す。

「うわぁ、全然知らなかった……って、じゃあここ、そんなにヤバい場所ってこと? 」

 冗談抜きでそう思っていた。そんな、不自然な死の多い地域だったなんて。

「危険度で言えば、あまねく心霊スポットの中でも上位一〇パーセントには入るね。知らずに行くのははっきり言って、自殺行為だ」

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