第6話 配信当日

 二週間の準備期間を終え、ライブ配信の当日。


 当たり前だが、準備期間が最も大変だった。

――ライブ配信する以上、段取りと根回しをきっちり行う必要があった。

 まずは、以前の参加メンバー全員の説得。

 次に、配信時の計画立案と、追加で参加するチャンネルの募集。

 各チャンネルのメンバーとの折衝と、事前告知。


「本当、久々にしんどかったんだけど……これで失敗したらガチで凹むから」

「大丈夫。こっからは主に俺の仕事だから。任せてくれよ」


 現在時刻一九時。瑠那は前回の配信メンバーに将人を加え、トンネルへ向かう中途のパーキングエリアで休憩していた。瑠那と将人は最後まで細かい確認をしていて夕食を食べ損ねており、この後摂ることになっている。夕食を終えたら、今回新たに参加するチャンネルのメンバーと合流し、ついに本番だ。


 外はもうすっかり陽が落ちている。二人はパーキングエリア備え付けのダイニングを選んだ。瑠那はハンバーガーセットがオススメとあったのでそれにしたが、何故か将人はやたらと量の多いチョップドサラダだけを頼んだ。

 届いたハンバーガーに、たまらず瑠那はかぶりつく。


「んー!? 美味っし!! ねぇ刃向威くん、本当に良かったわけ? サラダだけじゃお腹すくんじゃなーい? 」


 すると将人は目を細めて言った。


「今は、生臭物なまぐさものは避けているんだ」


 そう言って、スプーンとフォークを使い、器用に口元にサラダを運ぶ。豪快に、しかし下品にならない所作で咀嚼する。動く白い喉仏に、つい視線が引き寄せられてしまう。

瑠那は思わず聞き返す。


「ナマグサ? 何? 臭いってこと? 」


 ハンバーガーから漂ってくるのは空腹を刺激するバーベキューソースと肉の焼ける匂いだ。臭い匂いなんて一切しない。


「肉、魚のこと。お坊さんなんかと同じでな。除霊士は大事な仕事の前には殺生したものを口にしないようにするんだよ」

「へぇ〜、大変だね? 」


 そういって優越感たっぷりに、瑠那はハンバーガーにかぶりつく。目を細める将人を見てつい笑い、口元のソースを舐めとる。


「ねぇ刃向威くん、ちょっと怒ってる? 」

「俺だって二十代前半の男子だぞ。そりゃ肉だって口にしたいさ。特にそんなに美味そうに食べられるとね」


 そういって苦笑する彼は「けれど」と付け加える。


「自分ルールってのは大事だ。目的のために正しく自分を縛ることこそ、成功の秘訣さ」


 そういって将人は邪念をはらうように口元にサラダを持っていく。


「じゃあさ、配信上手くいったら一緒に焼肉でも食べに行かない? 打ち上げ! 」

「あぁわかった。付き合うよ」


 そう言う彼のささやかな笑顔に瑠那は思う。

――絶対に上手くいく。

 将人は、思っていた以上に有能だった。配信計画の立案や、瑠那以外のメンバーとの打ち合わせでも的確な意見を発し、存在感を示して上手くまとめ上げた。お世辞なしに、とても頼りになった。


 将人が自分を選んでくれて、良かったと思う。

 今日の配信は前回と違い、彼がいる。

 きっと簡単に終わると、心のどこかでやはり、油断していた。


*************************************


 食事を終えて駐車場に向かえば、既に新規参加のチャンネルのメンバーまで集合していた。

 瑠那の友人グループを除いて新規二組。そのうち一つはスタッフ十数名体制にして、テレビ局顔負けの高価な機材を持ち込んでいる。元テレビマンの集まりだという、今最も勢いのあるライバー集団だった。


「へぇ、君が発案者の瑠那ちゃんね。よろしくぅ」

「よろしくお願いしまーす! 」


 代表だという褪せた金髪の男が前に出る。年齢は三十代半ばだろうか。瑠那も頭を下げる。

――すぐに、最終打ち合わせの流れになった。

 事前にプランは共有しているが、基本的にライブ配信も、コツさえ押さえればやることは自由だ。全てをきっちり厳密にやる意味はないし、むしろ面白みを削ぐ。

 だから、最低限のポイントに絞って、将人から釘を刺すことになっている。


「今回、瑠那さんにご依頼いただいて参加いたします。除霊士の刃向威 将人と言います」


 長身、夜の暗がりに浮くような白い肌。溶け込むような黒髪と黒衣。モノクロの少年が輪の中から一歩出ると、少し空気がどよめいた。


「まず、各チャンネル様へのお願いとしまして、どのように、どの場面を配信するかは自由ですが、各メンバーの現場への移動タイミングは、事前共有の通り守っていただきたい」


 今回の除霊配信の流れはこうだ。

 まず第一陣として、瑠那たち前回の参加チャンネルと将人がトンネルに入り、可能な場所まで進む。そして将人の合図を受けて、第二陣が同様に車両に乗ってトンネルへ侵入する。


「俺が悪霊を炙り出します。奴が姿を見せたら合図をしますので、そのタイミングで入ってきて、撮影開始をお願いいたします。トンネルの前後から映し出し、死角をなくします」


――その意図は撮れ高を逃さないため、そして将人の目的である悪霊の弱体化のためだ。

 将人の声が闇夜に染み渡る。大人びた声音に誰も異論を挟まないかと思いきや。


「いや兄ちゃん、それ、君が決めることじゃないんじゃないかな」


 前に出たのは、あの褪せた金髪の元テレビマンだった。


「今回の立案者は瑠那ちゃんなんだし。そもそも納得いってないね。そっちのチームに俺らの班も分けて、頭から撮らせてよ。ねぇいいよね、瑠那ちゃん」


おそらく、撮れ高を独占したいのだ。

 今回の件、チャンネルを集めるために仕方なく、将人が今まで除霊する際に撮影したという映像をいくつかサンプルで提供してある。「確実に撮れる」と触れ込んだ以上、頭から最後までカメラに収めたいと思うのは当然のこと。

――しかし、そんな勝手はさせられない。

 瑠那が意を決して口を開こうとしたその時、将人が庇うように立ち塞がった。


「除霊士の観点から、それはできません」

「なんだって? 」


 立ち塞がる将人に、小馬鹿にするように笑う。男の身長は将人よりも高い。一八〇cmの大柄だ。しかし将人は一切怯まず、言い返す。


「前回のメンバーは霊障を受けています。いわばトンネルに居着いた悪霊の管理下……俺が彼らを人質に取るような形で侵入するのが最も合理的だ。逆にあなた達が先行してトンネルに入ったら、強烈な霊障を受けて配信が最初から、失敗しかねない。それは避けたい」


 これも事前に伝えておいた事項だ。しかし男はただ苛立っただけだった。


「訳わかんねぇ。思春期の妄想も大概にしろよ、オイ」


 そう言って、将人の肩を唐突に押した。

――将人はビクともしなかった。

 代わりに男の方が、反動を受けて後ずさった。


「クソが、舐めんなよお前……ッ!?!? 」


 怯まず食ってかかろうとした男は、将人の背後に何を見たのか、動きを止めた。


「おま、な、なんだよ、それ、な……」


 怯えるように後ずさる彼に、将人は言った。


「皆さんの安全を思って言っているんです。わかって、くれますね? 」


 そう朗らかに、にこやかに言う将人に、男は恐怖に蒼白になりながら頷いた。

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